お嬢様のわんこ

第二章・わんこ、お嬢様への愛を叫ぶ・7

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 爺さんとパトリスは、言葉通りに何度も俺に会いに来た。
 滞在する街を変えても、一週間も経たないうちに居場所を突き止めて追ってくるのだ。
 ギルドに伝手があるのだから、当然だろうな。
 会えば、俺が浚われた時の詳しい状況やその後の出来事、父親である国王が帰りを待っていることなど、爺さんは感情を込めて泣きながら語り、パトリスは爺さんのフォローをするように冷静に事実だけを述べて、俺に戻ってくるようにと訴えかけてくる。
 一度顔を見せるだけでもと乞われたが、こいつらと一緒に戻るということは、俺が王子であると認めたことになる。
 そうなったら、知らない顔はできない。
 確実に王位継承やら王家に付随する思惑に巻き込まれるだろうし、お嬢様にも迷惑がかかるだろう。
 だから、俺は行かない。
 ついては行かないが、依頼を受けて仕事をしている間だけは、勝手についてくる連中を黙認した。
 何度邪険に振り払っても諦めない奴らに根負けしたのもあるし、爺さんには多少後ろめたい気持ちもある。
 幼い頃、人の優しさや愛情に飢えていた分、何の見返りも求めずに好意を向けてくる相手を無下に扱うのは正直きついものがあった。
 お嬢様との生活の邪魔にさえならなければ、そこに居てもいいと思えるぐらいには、俺は己の過去を知る者達を受け入れていた。




 ギルドから定住資格を得たのは、ちょうどその頃だ。
 窓口で、職員から説明を受ける。

「冒険者ギルドの支部がある街ならば、どこでも居住が可能です。家を借りるか買われた時にこちらで手続きをしていただければ、住民登録証も発行いたします。住民登録証はご家族、パーティメンバーにも同様に発行されます。ただし、住居を別にされる場合は住民登録証は発行できません」

 定住資格は個人実績を認められた冒険者にのみ与えられ、家族とパーティメンバーはその者に扶養される者として扱われる。
 俺がパーティを解散しない限りは、お嬢様と家を建てて暮らすことに何の問題もない。
 思い入れのある国や街はないから、リオン王国内に定住することに決め、仕事が絶えないように、付近に狩場が多くある街を選び、土地を買って家を建てることにした。

「家はお嬢様のお好きなように設計してもらいますからね」

 俺はお嬢様に必要な間取りを決めてもらうことにした。
 現地に行き、更地になった敷地の上で、大工の棟梁と打ち合わせを行う。

「そんなに大きな家は必要ないでしょう、寝室と台所と居間があれば十分かな」

 お嬢様の希望を元に設計された家は、水回りの設備と食糧庫を兼ねた倉庫をつけても、随分こじんまりした小さなものだった。
 設計図を作った大工の棟梁はお嬢様に確認を取った際、遠慮がちに進言した。

「部屋数を一つか二つ増やしてもいいんじゃないか? 客が来たり、家族が増えることもあるだろうし」
「いいえ、ずっと二人だから、これでいいんです」

 お嬢様は迷いなくきっぱりと言った。
 途端に、棟梁はばつの悪そうな顔をした。
 聞いてはいけないことを聞いたような、そんな顔だった。
 そのあと、棟梁は俺のところに来て、小声で囁いた。

「まだ若いのに辛いことだな。可愛い嫁さんだ、大事にして幸せにしてやれよ」

 棟梁は何か誤解しているようで、励ましてくれた。
 人族と獣人族の夫婦は珍しいがいないということはない。
 人と獣人の間に子供は生まれる。
 人と獣人は、獣の特性があるかないかだけで、基本は同じ体の構造をしているからだ。
 子供はどちらかの特性を受け継いで生まれる。
 血が混ざることで獣の血が薄れるから、人である確率の方が高いらしい。
 棟梁は俺達を夫婦だと思っていて、お嬢様の「ずっと二人」との発言に、何らかの理由で子供が持てないのだと想像したのだろう。

 お嬢様が何を思ってずっと二人だけだと言ったのかは気になる。
 俺以外は、いらないと思ってくれているならいいな。
 正直、お嬢様が番を連れてきたら俺は発狂する。
 相手の男を殺して、自分も死ぬぐらい、嫉妬に狂うだろう。
 ああ、どうしよう。
 俺はお嬢様を幸せにできるのかな。
 お嬢様の幸せを願って身を引くなんて、絶対にできっこない。

 もしもの時を想像して恐れる。
 俺はお嬢様から離れらない。
 お嬢様の愛情を、他の誰かに奪われたら壊れる。




 それなのに、お嬢様は俺を自由にすると言った。
 奴隷契約を破棄するから、俺に好きな所に行っていいと言うんだ。
 お嬢様は黒狼の王子のことを知っていた。
 それもそうだ、リオン王国にはあの忌々しい張り紙が、あちらこちらに張られている。お嬢様の目に留まらないわけがない。
 俺が王子だと気づいたから、家族の所に帰そうとしてくれたんだ。
 お嬢様は優しいから、父親が俺を捜していることを知って黙っていられるわけがない。

 だけど、俺はショックだった。
 お嬢様は俺がいなくなっても平気なの?
 俺は一日だって離れていられないほど、あなたが好きなのに。
 契約破棄の血判を押そうとするお嬢様を見て、我を忘れた。
 「嫌だっ」て叫んだ。
 奴隷契約書を引き裂いて燃やし、跡形もなく消してしまった。
 これでお嬢様が死ぬまで、契約は解けない。
 お嬢様は契約を、俺を強引に従えるための呪いだと思っていたけど、俺にとっては別の意味を持っていた。
 契約はお嬢様と俺を繋ぐ、絶対の絆。
 一生離れなくていい、傍にいてもいい、免罪符のようなもの。

「俺はお嬢様の犬です。狼じゃない、王子でもない、どこにも行く場所なんてない。お嬢様がいる場所が、俺が帰る場所なんです」

 捨てないで、誰にも渡さないで。
 俺はあなたと一緒にいたい。

 縋りついて訴える俺を、お嬢様は抱きしめてくれた。

「捨てたりしない、私はクロとずっと一緒にいる。クロが居てくれるなら何もいらない、誰が来てもあなたを渡したりしないから」
「お嬢様!」

 お嬢様の言葉が嬉しくて舞い上がる。
 じゃれついて、どさくさに紛れてキスをしても、お嬢様は笑って応えてくれた。

 これで、俺は永遠にお嬢様のものでいられる。
 唯一の懸念は、お嬢様に好きな男が現れた時だ。

 お嬢様、絶対に俺以外の男を好きにならないで。
 たくさん稼いでくるし、あなたの言うことなら何でも聞くから、お願い。
 お嬢様を失ったら、俺はこの世界全てを憎んで壊すかもしれない――。

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