クラーラさんのお店番


 日は落ちかけていたが、村の中なら安全だ。
 急いで出かけて行った妹を、バルトロメウスは引き留めなかった。
 それよりは、いきなり思い人と二人っきりにされて、緊張のあまり挙動不審になってしまう。
「す、すみません、クラーラさんっ! ヴィオの言うことは気にしないでくださいっ! メシなら勝手に作って食いますから、今日は帰ってください! 俺、送って行きますからっ!」
 慌てながら声をかけると、クラーラはすたすたと台所へと向かっていた。
「お爺様の食事はメイドさんが用意してくれているの。もう食べているはずだから、特に急いで帰る必要はないわ。私が作るから、御夕飯を御一緒していいかしら? ヴィオの分も作り置きしておいてあげなくちゃいけないしね」
 バルトロメウスは天国にいるような気分だった。
 恋する彼女が天使に見えた。
 理由はわからないが、この状況を招いてくれた妹に感謝する。
「な、なら、手伝います! 鍋をぐるこんするのも得意なんですよ!」
「え? ぐるこん? 何それ?」
 かつてロードフリードがそんな言葉はないと指摘し、家の近くにいた村人の誰もが知らないと言った、プラターネ家のみに伝わる鍋をかき混ぜるの意味を持つ言葉ぐるこん。
 クラーラは説明を聞くと、くすくすと笑い声を上げた。
「やだ、面白い。混ぜる時にぐーるこんって言えばいいの?」
(か、可愛いっ)
 クラーラが笑うたびに、バルトロメウスの顔は緩み切ってふにゃふにゃになっていく。
 ヴィオラートがこの場にいれば、腑抜けた兄を冷たい目で見ていたことだろう。
「ふふふっ、ヴィオのお家に来るのは楽しいわ。お爺様は台所で一緒にお料理なんてしてくれないし、大人だけだから食卓も静かなものよ。あーあ、私もここで暮らしたいなぁ。ヴィオ、住み込みで雇ってくれないかしら?」
「ク、クラーラさん!」
 クラーラの爆弾発言に、バルトロメウスは対応不可能になって頭から煙を噴き出す寸前だった。
「冗談よ。さ、何を作りましょうか? 材料は……にんじんが多いわね」
「ひよこ豆もありますけど、今日採れたての新鮮なヤツが」
「村近くの草原に行って来たのよね、豆のスープでいいかしら?」
「クラーラさんの作るものなら何でも頂きます!」
 これをきっかけに会話も弾み、二人並んで和気藹々と料理を作る。
 楽しい時間を過ごし、互いへ抱く好意はまた少し大きくなった。




 一方、酒場【月光亭】にいたロードフリードを見つけたヴィオラートは……。

「ロードフリードさん! 何か悩みがあるなら、あたしに相談してください!」
「どうしたんだい、ヴィオ。別に悩みなんてないよ」
 謎の仮面を持って家に帰ったロードフリードは、少し言葉を交わしただけで経緯を察した家族に残念なものを見る目を向けられ、居たたまれなくなって月光亭まで逃げて来た。
 カウンター席に座って、酒を飲むついでに食事をしていた彼は、突然現れて隣に座り、詰め寄ってきたヴィオラートに困惑していた。
「嘘! クラーラさんは気づいてたもの! あたしに隠さないで! 今日お店に来たのは、何か相談したかったからなんでしょう?」
 ヴィオラートは泣きそうな顔で必死だった。
 彼女の中で、自分はどれほどの窮地に陥っていることになっているのかと、ロードフリードは店内でクラーラと話した内容を思い返してみた。
(あの人、ヴィオに何を言ったんだ?)
 クラーラは天使のフリをした、天然小悪魔だ。
 彼女に骨抜きにされている親友の心情がわからない。
 ああ、でも、あの二人は変なところで気が合いそうだし、やっぱりお似合いだと納得する。
「悩みは本当にないんだよ。店に行ったのは、ただヴィオの顔が見たかっただけなんだ。クラーラさんには変な勘違いされたみたいだけどね」
 近くにいるのは、目の前のカウンターにいるオッフェンだけだ。
 彼ならば変な噂を広めることはないし、ロードフリードは正直に理由を話した。
「え? 勘違い……なの? 本当に?」
「うん、嘘はついてない。何も困っていないから、心配しなくていいよ」
 笑ってみせると、ヴィオラートも笑顔を浮かべた。
「良かったぁ。安心したら、お腹空いちゃったよぉ。お兄ちゃんの夕ご飯はクラーラさんに頼んできたけど、あたしの分も作っておいてくれてるかな」
「俺のために来てくれたんだし、夕飯奢るよ。それに今帰らせたら、バルテルに悪いからな。オッフェンさん、ヴィオにも何か食べるものをお願いします」
「ああ、料理は同じものでいいんだな。何があったのかはわからんが、相変わらず仲の良いことだな」
 ヴィオラートの分の食事を頼むと、オッフェンはからかうような笑みを向けて、料理を作りに奥へと移動していった。
「わーい、ありがとうっ。あ、ワインだ。あたしにもちょっと飲ませて」
「ちょっとだけだよ。ヴィオはあんまりお酒に強くないんだから」
「酔い潰れたのは、ミーフィスさんと勝負した時だけだよ。あれからは、ちゃんと少しだけにしてるもん」
 グラスに少しだけ注いでやると、ヴィオラートはにこにこして口をつけた。
「おいしー、もっとちょうだーい」
 最初に注いだ分を飲み干すと、お代わりを要求してくる。
 意外に強いのかと思い、今度は半分ほど入れてやった。
「もしも酔い潰れたら、俺の家に連れて帰るけど、良い?」
 からかうつもりでそう言った。
 本心では、お持ち帰りしたい気分だったが、現実はそれを許さない。
 ヴィオラートは目を丸くすると、破顔した。
「え? ロードフリードさんの家? やったぁ、久しぶりに泊まりに行っていいの? 子供の時以来だね!」
 ロードフリードはカウンターに左肘をついて、その手で顔を覆った。
 なぜ気づいてくれないのか。
 女友達の誘いならともかく、年頃の娘が若い男に誘われて家に泊まりなどすれば、たとえ他の家族が在宅でも、村の誰もが嫁認定するだろう。
 ロードフリードの家族だって、そのつもりで大喜びするに違いない。
 彼女を嫁にすることは彼にとっても決定事項だが、告白もしていない現状では、その手段を取ることはなかった。
「いや、やっぱりヴィオの家に送っていくよ。それよりお酒はもうやめて、ジュースにするんだ」
「ええー、どうして? お泊まりしたいー」
 子供のように駄々を捏ねる彼女は少し酔っているのかもしれない。
「ヴィオは大人になったんだろう? 大人の女性は安易に男の家に泊まりに行ったらだめなんだよ。他の男に誘われたとして、その人をどれだけ信頼していても絶対に行ってはいけないよ」
「行きたいのはロードフリードさんの家だけだもん、ちゃんとわかってるよ」
 こうなってくると、他の人に聞かれていないか、気が気ではない。
 ロードフリードがきょろきょろと周囲を見回すと、ヴィオラートの前に料理を置いたオッフェンと目が合った。
 彼は憐みを込めた目をしていた。
「俺は何も聞いていないし、見ていない。何かあっても責任はちゃんと取るんだぞ」
 肩をすくめてやれやれと首を振り、オッフェンはグラス磨きを始める。
「責任を取るようなことは、まだしませんよっ。ほら、ヴィオ、料理がきたよ。冷めないうちに食べなよ」
「うん、食べる! オッフェンさんの料理も美味しいねっ」
 ヴィオラートが料理に夢中になっている隙に、ロードフリードは彼女のグラスをジュース入りのものに取り換えた。
 食べている内に酔いも覚めてきたのだろう、食後は駄々をこねられることもなく、ロードフリードはヴィオラートを、無事に彼女の家まで送って帰ることに成功した。


 END


あとがき
クラーラさんにお店番をさせると、値引きをしてもらった人の中に、普段は値切らない人までいます。いつもお金がないと言っていて、顧客情報にも貧乏マークのついている人はともかく、ロードフリードは金持ちの上、ヴィオが店番をしている時に値切ってきたことはありません。
実は金がないのに、ヴィオの前では無理をしているのか?とか、いらぬ想像をしてしまうじゃないか。
攻略本には値引き率90とあるので、値引きされるお客はランダムで選択されているものと思われます。

精算の時のクラーラさんの「かわいそうな人」発言から、このお話は浮かびました。
ロードフリードがかわいそうって言われたら、ヴィオに尽くしてるのに報われなくてって意味かなーと(笑)

クラーラさんは彼女絡みのイベントを見る度に、ただのおっとり美人じゃないなと驚かされています。
バルテルがどんなお兄ちゃんか、ヴィオと話すイベントで、悪いお兄ちゃんを選択したのは、他の二つを見た後だったのですが、これが一番感触が良くてびっくりしました。
お兄ちゃんは家の前に落とし穴を掘ってあたしを落とすんです!というヴィオに、子供の心を持っているっていいわねと、良いように解釈していて、それでいいのかとツッコミたくなりました。
案外、取り繕ってない素のお兄ちゃんでも脈あるんじゃないかと。
このお話を書いてみて、バルテル×クラーラも良いなと思ってしまった。

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