寝返りを打てず、眠れずにひたすら壁を見つめていると、ヴィオラートが呼びかけて来た。
「ロードフリードさん、起きてる?」
「うん、起きてるよ」
寝たふりをすることも考えたが、話している方がマシかと返事をする。
背中を向けているのも気まずいので、姿勢を仰向けに変えた。
「子供の頃のことを思い出していたの。たまにだけど、お兄ちゃんも一緒に三人で寝たことあったよね」
「ああ、俺の両親が他の街に出かける時は、よく預けられていたからな」
近所でもあり、子供同士の仲が良かったせいか、両親が不在の間にロードフリードがお世話になるのはプラターネ家だった。ヴィオラートの両親も、子供一人増えるぐらいは気にしなかった。元々、子供が少ない村のこと、村人達は他人の子でも、村の子は我が子と思って可愛がる。
大人用のベッドは、小さな子供が三人並んで寝ても平気な大きさで、ヴィオラートを真ん中にして体を寄せ合って眠った。
「懐かしいなぁって、最近よく思い出すの。あたしね、昔のロードフリードさんのことしか知らないから、時々だけど不安になることがあるの」
「不安って……、どういうこと?」
思いがけないことを言われて驚いた。
確かに距離は感じていたが、そんな風に思われていたなんて想像もしないことだった。
「面倒ばかり起こして迷惑だと思われてないかとか。おかしいよね、小さな頃だって迷惑いっぱいかけてたのに、そんなこと考えたこともなかった」
ヴィオラートの方を向くと、彼女はこちらを見ずに上を向いていた。
暗がりで微かに見えた横顔は、頼りなげに感じられた。
たまらず体を起こして彼女の方へと向く。
ヴィオラートの視線もロードフリードの方へ動いた。
目を合わせた彼女の頬に、手を伸ばして優しく触れる。
「迷惑だなんて思ったことはないし、ヴィオに頼られるのは嬉しいよ。俺は君に必要とされる男でいたい」
「本当? まだこうして甘えていてもいい?」
頬を撫でる手を嬉しそうに受け入れている様子を見れば、くすぐったいような温かい気持ちが湧いてくる。
「いつまでなんて心配はしなくていい。俺はもうどこにも行かないし、ヴィオの傍にいて、ずっと守っていくつもりだ」
許されるなら一生。
その一言がでなくて、遠回しな言い方で終わってしまう。
「ずっとって、そんなの無理だよ。あたし達はただの幼馴染なんだもの、他に好きな人ができたり、家族ができたら一緒にいられなくなる」
寂しそうにヴィオラートが呟いた。
ロードフリードは氷室の中に長時間入れられて冷えきったにんじんをぶつけられたような衝撃に襲われた。
頬に触れていた手を力なく下ろして、彼女の顔の横に手をついた。
「ヴィオは好きな人がいるのか?」
覆いかぶさるような姿勢で、問いかける声は自然と震えを帯びていた。
彼の質問を受けたヴィオラートは目を泳がせた。
「ううん、……えっと、違うかな、いるんだけど、そうじゃなくてロードフリードさんの方が……」
いる、と耳にした瞬間、ヴィオの知り合いの男の顔が次々と流れて行き、彼の心は殺意やら嫉妬やらの最も悪い感情で占められて荒れ狂った。
理性でそれらの悪感情を抑え込み、ロードフリードは問いを重ねた。
「俺はヴィオの他に好きな人なんていない。ヴィオはいるのか? 俺じゃなくて?」
どさくさ紛れに決定的な言葉を口にしていた。
ヴィオラートは気づいたようで、ふわっと幸せそうに笑った。
「好きな人とじゃなきゃ、いくら仲良しの幼馴染でも男の人と同じベッドでなんて寝ないよ」
ロードフリードは脱力して、体を彼女の隣に横たえた。
「あのね、ベッドが一つしかないって聞いた時、別にいいかなって思ったの。ロードフリードさんがあたしの嫌がることはしないって信じてるのは本当だけど、何かあっても、多分それは嫌なことじゃないんだと思う」
すすっと気配が近寄ってきて体にくっついた。
ザヴィットの推察通りに、彼女は何かが起きることを期待していたわけだ。
「ヴィオの気持ちは嬉しい。俺も色々したいのは山々なんだけどね。それをやると後で困るからな」
付き合う報告の前に手を出して、孕ませたあげくに結婚の許可をもらいにいったとしたら、バルトロメウスには殴り倒され、ヴィオラートの父には殺されるだろう。
何事も順序が大切なのだ。
今日は両想いであったとわかっただけで幸せだ。
立ち塞がるヴィオラートの父兄の顔を思い浮かべると同時に、ロードフリードには蘇ってきた思い出があった。
「ねえ、ヴィオは覚えているかな。子供の頃、村で結婚式があったんだけど」
当時、ヴィオラートは四才ぐらいだった。
久しぶりに村で執り行われる結婚式だとかで、村人のほとんどがお祝いに駆け付けた。
「花嫁さんの白いドレス姿を見て、ヴィオは目を輝かせていた。新郎新婦の上にみんなで花びらを撒いたりしてさ、とても綺麗だった」
そこでヴィオラートは言ったのだ。
『あたしも、およめさんになるーっ!』
同じように白いドレスを着てみんなにお花を撒いてもらうの、と笑顔で言う彼女を、村人達は微笑ましく見ていた。
『おむこさんは、ろーにぃだよ。いっしょにあるこーね』
近くにいたロードフリードに、ヴィオラートは抱きついた。
『そ、そんな、ヴィオは「お父さんのお嫁さんになる」って言ってくれないのか?』
彼女の父が悲痛な声を上げる。
『なんでロードフリードだけなんだよ、俺を除け者にするな!』
バルトロメウスは結婚式の趣旨がいまいち良くわかっていなかった。
わからないながらも妹が自分を差し置いて、親友を選んだことが悔しかったのだろう。
嘆く父と、悔しがる兄を前に、ヴィオラートは首を傾げた。
『しらないの? おとうさんやおにいちゃんとは、けっこんできないんだよ』
どこで知識を仕入れてきたのか、ヴィオラートはそんなことを知っていて、えっへんと胸を張った。
『だからね、あたしはろーにぃとけっこんするのー!』
新郎新婦がしていたように、腕を絡ませてくっついてくる。
そんな彼らを、双方の母親は笑いながら囃し立てた。
『あらあら、先が楽しみねぇ』
『うふふ、ヴィオちゃんがお嫁に来てくれるなんて良かったわ。ロードフリードったら、いつもヴィオちゃんみたいな妹が欲しいって言うのだもの。お嫁に来てくれるなら、ずっと一緒にいられるわよ』
母の付け加えた一言に、幼いロードフリードは目が覚める思いだった。
大人になっても一緒にいられるなら、妹よりお嫁さんの方がいい。
この瞬間から、彼の心から親友を羨む気持ちは消えてしまったのだ。
「あの時は、バルテルとおじさんに恨みがましい目で見られて居心地が悪かったよ。だけど、嬉しかったな。ヴィオがお嫁に来てくれるんだって信じていたから」
「そんなの覚えてないよぉ。なんとなく結婚式の風景は覚えているけど、本当にあたしがそんなこと言ったの?」
幼い自分の恥ずかしい発言を聞いて、ヴィオラートはベッドの上を羞恥でのたうちまわった。
顔を隠して、左右に体を揺らす彼女をロードフリードはさらに笑顔で追い詰めていく。
「言ったよ。でも、子供の言うことだからね。誰も本気にはしてなかったし、数年も経てばヴィオが覚えているとは俺も思っていなかったよ。ちょっと残念で寂しかったけどね」
「ご、ごめんなさーい」
気を持たせたあげく肩透かしをくわせていたとか、四才にしてとんだ悪女だ。
記憶にはないが、ヴィオラートは穴を掘って埋まりたい気分だった。
ロードフリードはまだ揺れている彼女を抱きしめて、優しい手つきで頭を撫でた。
「いいよ、許してあげる。今度の約束は忘れないだろう、俺のお嫁さんになってくれるんだよね?」
ヴィオラートは顔から手を離すと、照れているのか彼の胸元に頭を伏せて「うん」と小さく呟いた。
「白いドレスを用意して、花びらもたくさん集めないとね」
「も、もう、やめてよー」
ぐりぐりと胸に額をこすり付けて羞恥の抗議をしてくるヴィオラート。
ロードフリードはからかうのを止めて、真剣な声で囁きかけた。
「一生大事にするよ」
「うん、ありがとう。これからはただの幼馴染じゃなくて家族になるんだもん。遠慮なんかしないで、ずっと一緒にいられるね」
可愛いことを言ってくれる口に、己の唇を重ねて啄ばむようなキスを交わした。
「にんじんと俺とどっちが好き?」
好奇心でそんな問いをしてみる。
「にんじんよりも、ロードフリードさんの方がちょっとだけ多く好きだよ」
ちょっとだけかと笑ったが、ヴィオラートの異常なにんじん愛を思い返せば、あれ以上に愛されているのだとわかって嬉しくなってきた。
END
あとがき
二人でお泊まりエピソードということで、R18展開になだれ込もうかと考えていましたが、ヴィオラートの放任でいながら意外に過保護っぽい保護者の存在がちらついて、告白のみのヘタレた結果に終わりました。
ゲームでも最初と最後にしか登場しないヴィオの両親ですが、あのお父さんは絶対に娘命の親馬鹿だと思っています。
じれじれ葛藤や、過去を思い出す場面、最後のイチャイチャとか、非常に楽しんで書きました。
幼い頃から一緒に遊んでいたという設定なので、ヴィオラートが当時からロードフリードをさん付けして、あの敬語交じりの言葉遣いで話していたとはとても思えませんでした。とあるサイトさんでローにぃ呼びがあったので、やっぱりこの辺が妥当だろうなぁとマネさせて頂きました。
幼少期の彼らを想像するのも楽しいです。
定番のお嫁さんになる発言は、やっぱりロードフリードが相手じゃないかなと思ってお話に入れてみました。
パーティメンバーへのコメントで、交友値が変化していっても、ロードフリードに対しては最初から最後まで、強くてカッコいいとか惚気しか書いていないヴィオさんですので、きっと昔から憧れの気持ちは持っていたんだろう。
ゲームおまけや公式サイトのキャラクター紹介で、ロードフリードの項目に嫌いなもの【都会の貴族】と書かれているのですが、嫌いとまであるんだから具体的に何かされたんだろうと想像したのが精錬所での過去捏造です。貴族子弟の妬みからの嫌がらせは普通にありそうですよね。指導監督すべき立場のローラントは貴族だし、良い人だけど何でも武力で解決してそうな脳筋なので、貴族や都会に馴染めない繊細な心の機微が分からず、ロードフリードがどうして故郷に帰ってしまったのか察することができないのかなと、あれこれ考えてしまいます。