都会の薔薇は美しく咲き誇る


 あの失恋の宴から数か月が経った。
 酒場に居合わせた者達が、奢りの恩を感じて口を閉じたのか、ブリギットが失恋したことは村の噂にはならなかった。
 彼女はハーフェンの社交界に出る準備を始めつつ、たまにヴィオラートの店を手伝ったりして、充実した日々を過ごしていた。
 今日は時間ができたので、手伝いでもしようとヴィオラーデンを訪れると、ドアを開けた途端、バルトロメウスの怒鳴り声が聞こえた。
「ロードフリード! お前、今なんて言った!」
 相変わらずの粗野で乱暴な口調の青年に、以前のブリギットなら顔を顰めていただろうが、田舎の男性にも慣れて耐性がついた現在では、いつものことと平然と受け止めた。
 バルトロメウスは、ロードフリードと向かい合っていた。
 ロードフリードの隣には、ヴィオラートがいて、腕にしがみついている。
 すぐに状況を察したブリギットは、戸口から一歩中に入って扉を閉めると、見物する体勢に入った。
「だからな、お前が知りたがっていた俺の好きな人を紹介すると言ったんだ」
「いや、紹介するってお前! 隣にいるの、ヴィオじゃねーか!」
 察しが悪いなと、ブリギットは思った。
 いや、察せないのではなく、察したくないのか。
 頭が理解することを拒絶しているのかもしれない。
 なんだかんだ言って、バルトロメウスは妹を大事にしてきた。
 ブリギットは、突然の妹のお付き合い報告に右往左往している男を同情の目で見つめた。
「俺の好きな人はお前の妹のヴィオだ。両想いになれたんで、先にお前に報告してから堂々と付き合うことにした」
「お、お兄ちゃん。そんなに驚かなくてもいいじゃない。ロードフリードさんのことは、お兄ちゃんが一番よく知っているでしょう?」
「知ってるから驚いてるんだよ! なんだよ、それ! いつからそうなってんだよ! 今までだって一度もそんな素振り見せたことないだろう!」
「俺は昔からヴィオが好きだった。彼女の為なら何でもしてきたし、差し入れだってそうだ。親友のお前が喜ぶものじゃなく、ヴィオの大好物のにんじんをわざわざ持ってきていたのはなぜだと思う?」
「なんだと、昔から狙ってやがったのか! いつも冗談でヴィオに会いに来たとか言ってると思っていたが、本気だったのか? マジで俺がふろくだったのか!」
「ふろくとまでは言わないが、ヴィオのついでにお前と遊んでいたのは否定できないな」
「ちくしょおおっ! 男の友情なんて所詮はその程度か!」
 どこまで本気なんだかと、冷めた目で男二人のやり取りを見やる。
 ここで、ヴィオラートが振り返った。
 ブリギットの姿を見て、目を丸くする。
「ブ、ブリギット? いつ来たの?」
「さっきからいるわよ。三人もいて、誰も気が付かないなんて、泥棒に入られても文句は言えないわね」
 ヴィオラートは気まずそうな顔を、ブリギットに向けて来た。
 彼女はまだ、ブリギットが失恋して、とっくの昔に吹っ切れたことを知らないのだ。
「あの、さっきの話聞いてた?」
「聞いていたわ。おめでとう、ようやく付き合うことになったのね」
 にっこりと特上の笑顔で祝福する。
「でも、ブリギットはロードフリードさんのこと……」
「あら、私が彼のことを好きだから諦めてって言えば、譲ってくださるの?」
 意地悪な顔で問いかければ、ヴィオラートは焦って首を横に振った。
「あ、あげないよー! あたしだって大好きだもん!」
 必死な様子に笑い声を上げた。
 鈍感な田舎娘にしてはよくやった方だ。
「素直で正直なあなたに教えてあげる。私はもうあの人のこと友達以上に好きじゃないの。嫉妬もしないし、どうでもいいわ。ちゃんと祝福するから安心しなさい」
「いいの? ありがとう! ブリギットにそう言ってもらえて嬉しい!」
「私には上流階級にいる本物の紳士が似合うのよ。田舎者の似非紳士なんてお呼びじゃないわ。近々、ハーフェンの社交界に出ることになってるの、そこで素敵な人を見つけてくるわ」
「え、似非紳士? ……ええっと、うん、社交界ってよくわからないけど、ブリギットならきっと素敵な人に出会えるよ! 頑張ってね!」
 二人のやり取りを聞いて、バルトロメウスとロードフリードは口喧嘩をやめて顔を引きつらせた。
「あれ、お前のことだろ? 酷い言われようだな」
「いや、いいんだ。本当のことだし」
 ロードフリードは苦笑いを浮かべて、仲良く話す二人の少女を見つめた。
 彼が最初に勧めた通り、少女達は信頼を築いて友情を育てた。
 生きることを諦めかけて、せめて儚い夢を叶えようとしていたブリギットに必要だったのは、空想の世界に住む理想の騎士ではなく、現実に手助けをして心の支えになれる友だった。
 ヴィオラートが彼女を救えたのは、共に歩んできた時間があったからだ。
 ブリギットは、カロッテ村で掛け替えのない大切な思い出を手に入れた。
 彼女が誰かの大切な過去を聞いて、羨むことはもう二度とない。


 END


 
あとがき
ゲーム中でヴィオの知らない、画面外でのブリギットのあれこれを想像してお話を書きました。
特に序盤の、ロードフリードと村長さんの家に向かった後の会話とか、思いがけず素敵なイケメンに遭遇してドキドキしてたら、超笑顔でヴィオの話しをして、友達になるといいよと勧められたんだろうなと。
そうでないと、あの酷い態度の理由が説明つかないよ。
ヴィオ視点だと、ロードフリードがブリギット(の世話)を押し付けてくるような印象があったんですが、やっぱり男の自分より、同性の友達の方がいいだろうという親切からの配慮ですよね。まったく異性として興味を持っていないのがわかります。

都会が好きな女と田舎が好きな男って、友人にはなれても、それ以上の関係になると価値観の違いで破局が目に見えているので、ロードフリードがヴィオとくっつかなくても、ブリギットと上手くいくことはないだろうなとゲームをやりながら思っていました。
ブリギットがロードフリードの真実を知った時、どんなに頑張っても本質的に相容れないと気がついて、恋を終わらせるというエピソードが自然に浮かんできました。

一周目でブリギットの病気を治し、ジーエルン村のEDになってしまったので、以降の周回ではブリギットの病気関連のイベントを起こしていません。どうしてあのEDの優先順位を一位にしたんだ。せめて五位か六位ぐらいにしといてくれればイベント起こしても問題なかったのにー。
病気を治した時期が遅かったため、デレ期のブリギットのセリフがあまり見られなかったのも心残りなので、他のEDを見終えたら、もう一回やってみます。ああ、メッテルブルグの砂浜での一枚絵も回収してないや。

そういえば、ブリギット宅の本棚で発見する日記ですが、あれ妄想日記ですよね?
誰かに懸想しているような内容でしたが、相手がロードフリードと仮定するのは無理がある文面でしたし、恐らくは……。
冒頭で、慰めに空想を日記として綴っていたと書いたのは、ここから想像しました。

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