彼の愛は深くて重い


 ハーフェンに到着したが、ヴィオラートは完全に熟睡していた。
 ロードフリードは彼女を腕に抱えたまま、街に入り、大通りを歩く。
 一緒にいるのがローラントであることも注目を集める要因だったのだろう、あちらこちらから噂を囁き合う声が聞こえ、腕の中の少女のことも詮索される。
 遠巻きにしているだけならまだしも、知らない女性が親しげに声をかけてくるのには、いつものごとく辟易した。
 同年代と思われる着飾った令嬢が、行く手を遮るように立っている。彼女はヴィオラートの存在など目に入っていないらしく、ロードフリードの顔をうっとりと見つめていた。
「恐ろしい怪物の住処となっている秘境の地や遺跡で、ローラント様と共に戦われた武勇伝は聞き及んでおりますわ。相変わらず、お強くていらっしゃるのね。私、騎士精錬所で何度か訓練を見学させていただいことがあって……」
 候補生時代に訓練を見学に行ったのだと言われても、五年以上も前のことで記憶にはないし、ロードフリードにはどうでもいいことだ。
「申し訳ありません」
 話を遮って、にっこり微笑むと、見知らぬ女性は頬を染めて声を失った。
「見ての通り、連れの具合が悪いので急いでいるんです。残念ですが、こうして足を止めている時間も惜しいので失礼します」
 ロードフリードが都会で鍛えられたのは、表面を取り繕うことだ。
 人々が憧れる理想の騎士像を演じれば、大抵の場をうまく乗り切れた。ただし、精神的には激しく消耗するのだが。
 足早にその場を去りながら、ヴィオラートの温もりを確かめる。
 疲れた心が癒されていく。
 彼女は自由で楽しく穏やかだった子供時代の象徴だ。
 大人になっても素直さを失わず、どんな困難にも負けずに明るく立ち向かう姿を見ていると、こちらまで元気になる。
 彼女のためなら、何でもしてやりたいと思う。
 思いが通じて、この腕で抱くことを許された今は、片時も離したくないほどの執着を覚えていた。




「ロードフリード!」
 追いかけてきたローラントに呼び止められて振り返る。
 いつの間にか大通りは抜けており、定宿にしている渡り鳥亭の前だった。
「すいません、絡まれるのが嫌だったので置いていってしまいましたね」
「いや、あれは無理もない、気にするな」
 ローラントも時々絡まれることがあるのか同情的だ。
 ロードフリードは彼に向き合うと頭を下げた。
「今回も護衛を引き受けて頂いて、ありがとうございました。ヴィオはこんな状態なので、明日改めて挨拶に行きます」
「ああ、明日は通常の警邏任務についているだろう。街で見かけたら声をかけてくれ。では、私はこれで帰るとしよう」
「お疲れ様でした」
 ローラントが立ち去ると、渡り鳥亭へと入っていく。
 カウンターに近づくと、美しく妖艶な女店主ディアーナが出迎えてくれた。
「あらあら、どうしたの? お医者様が必要かしら?」
「いえ、ここに来る途中でクーゲルベアに襲われて酒を浴びたんです。酔って寝ているだけですから、心配はいりません。彼女を休ませたいので部屋を取りたいのですが」
「そう、手が塞がっているようだから宿帳は代筆しておくわ。いつも通り、一人部屋を二部屋でいいのね?」
 ロードフリードは考える素振りをして、首を横に振った。
「二人部屋は空いてますか?」
「ダブルとツインどちらも空いてるわ」
「では、ダブルで」
 そう言うと、ディアーナは顔を上げてロードフリードを見つめた。
「あら、いいの? 彼女の意見も聞かなくて」
「了承済みです」
「ふふ、そうなの、わかったわ」
 ディアーナは深く追及はせずに宿帳に二人の名前を書いた。
 部屋の鍵を取り出して、カウンターから出てくる。
「部屋まで案内するわ。それと洗濯も必要ね、後で取りに行くから専用のカゴに入れておいてね」
「お願いします」
 先導されて、客室に向かう。
 部屋に着くと、ディアーナはすぐに出ていった。
 ヴィオラートの着替えは手伝わなくていいと判断されたようだ。




「このままベッドに寝かせると、シーツにも酒の匂いが染み込むな」
 アイテムかごを床に置き、ヴィオラートを椅子に座らせる。体を離せば倒れそうなので、首に巻き付いた腕はそのままにしておく。
 片手で彼女の帽子を取り、備え付けのテーブルに置いた。
 続いて腰紐を解き、防寒を兼ねた巻きスカートを外す。
 丈の長いそれを外せば、太腿が見えるほどのミニスカートが現れる。
 先達の錬金術士であるアイゼルがミニスカートを履いているせいで、これが錬金術士のスタイルだと思い込んだのか、ヴィオラートはそれまで着ていた村娘らしい足首まで覆う丈の長いワンピースとエプロンを着るのをやめて、奇抜で扇情的な今の恰好になった。
 巻きスカートのおかげで一応隠れてはいるが、動けばチラリと見える健康的な太腿に目を奪われて、何度理性が危うくなったことだろう。
 なるべく男の目には晒したくなかったが、注意をするほど破廉恥な恰好というわけでもなく、おかしな目的を持つ輩が近づかないように見張ることしかできなかった。
 昔、この辺りを騒がせた爆弾魔と呼ばれる錬金術士は、女性でありながら腹部の見える服を着ていたそうだ。
 ヴィオラートに錬金術を教えたのがアイゼルで、まだ良かったのかもしれない。
 そんなことを考えながら、外した巻きスカートを洗濯カゴへと投げ入れる。
 残りの服は上下に分かれていて、別々に脱がせる必要があった。
「上の服は頭から脱がせるしかないよな。ヴィオ、起きて、腕を上げるんだ」
「んんー、ふにゃあ……」
 声をかけても、反応が薄い。
 仕方なく、体を支えながら、上着を裾から掴んで引っ張り上げる。
 裏返った布地が腕と頭を通り抜けて脱がされた。残ったスカートも下に引っ張り、足から抜いた。
 下着の上は丈の短いシュミーズで、下腹部を覆う小さな布を隠している。
 酒は下着にまでは及んでいなかったので、この状態でベッドまで運ぶことにした。
 膝裏に腕を回して、抱き上げる。
 先ほどよりも格段に肌の露出が多くなり、彼女の体を直に感じて欲望が刺激された。
 伸びなかった背の代わりとでもいうように、胸は豊かに育っていて、体の線はどこもかしこも女性らしい丸みを帯びて魅力的だ。この邪魔な薄い布も剥ぎ取って、貪りたい衝動に駆られるが、安心しきって体を預けてくれている彼女を裏切れるはずもない。
 何もせずにベッドに寝かせると、ロードフリードは自身の白い上着を脱いだ。抱えていたので、こちらにも酒の匂いが染み込んでいる。
「洗濯は上着だけでいいか」
 洗濯カゴの一番上にそれを置くと、扉が外から叩かれた。
 頃合いを見て、洗濯物を回収しに来てくれたようだ。
 カゴの引き渡しを終えて、扉を閉める。
「夕食は部屋に運んでもらうか。この様子だと、いつ起きるのかわからないしな」
 すやすや寝ているヴィオラートの頭を撫でて、頬に口づけを落とすと、ロードフリードは部屋を出て、階下の酒場へと足を向けた。
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