彼の愛は深くて重い


 ヴィオラートが目を覚ますと、見覚えのある装飾の天井が見えた。
 ハーフェンに来ればいつも泊まる、渡り鳥亭の宿の部屋だ。
 部屋の中は薄暗く、まだ夜中であることがわかる。夕食を食べ損ねたようだが、特にお腹は空いていない。
 ふかふかの寝具は肌触りが良くて、再び寝入るのもすぐだろう。
「あー、気持ち良いなぁ」
 独り言を呟いて、寝返りをうち、隣に人がいることを知って目を見開く。
「ん……、ヴィオ、起きたのかい?」
 寝ぼけ眼でこちらを向いていたのはロードフリードだった。
 ヴィオラートはびっくりして固まった。
 何度か肌を重ねたけれど、至近距離で見つめ合うのはまだ慣れない。
「ロ、ロードフリードさん。あの、こ、この部屋は……?」
「ここはダブルの二人部屋。ヴィオは寝ていたから勝手に選んだけど、構わなかっただろう?」
 驚いている間に抱き寄せられてしまう。
「あ、はい、大丈夫です……って、あたし、下着だけしか着てないっ?」
 ヴィオラートは掛け布の下の自分が、下着姿であることに今更ながら気がついた。
 ロードフリードはかろうじて下は履いているようだが、上半身は完全に裸で、ヴィオラートは直視できなくて目を瞑った。
 腕の中で初々しい反応をされたロードフリードは嬉しそうに笑っている。
「……あ、あたしの服は?」
「すっかりお酒の匂いが染みついていたから洗濯に出したよ。今日はもう寝るだけだから、そのままベッドに運んだんだ。着替えは荷物の中に入っているだろう」
 薄布一枚で隠された胸に、彼の手が伸びて来た。
 長い指が膨らみを捉えると、やわやわと揉みしだかれる。
 胸の中心に咲く赤い蕾を布越しに弄られて、甘い痺れが寝起きの体を襲った。
「あっ、やんっ」
 堪らず声を上げると、首筋を舌が這った。
 頬に幾度か口づけをされ、唇が重ねられる。
 割って入ってきた舌を、おずおずと迎え入れて応える。
 互いの唾液が混じる音が淫靡に響いた。
「はふ……、もう、待って……、あたし、起きたとこ……」
 嫌ではなかったが性急過ぎる。
 ロードフリードの腕を叩いて、止まれと訴えた。
 抗議の結果、不埒な手の動きは止まったが、キスの雨はやまない。
 肌の敏感な部分に唇が触れる度に、ヴィオラートは色を含んだ吐息をついた。
 口づけの愛撫が耳に及ぶと、彼の切なげな囁きが聞こえた。
「久しぶりの外泊を楽しみにしてたんだ。村に居れば、どこにでも人の目がある。家族がいるから家に行っても何もできないしな。ヴィオが抱きたくて、道中も随分我慢した」
「言われてみれば、そうだけど……」
 ヴィオラートも同意する。
 結婚前の男女が親密なやりとりをするには、村では少々難しい。
 近くの森で逢引するのは危険すぎるし、他所の街に出かけたついでに宿を取るぐらいしか手の打ちようがなかった。
「俺はすぐにでも結婚式を挙げてしまいたかったんだけど、おじさんに反対されたからな」
 村に戻ることを決めた両親に、二人は結婚することを申し出た。
 結婚自体は反対されなかったものの、準備期間に一年は欲しいと特に父が主張した。愛娘と不本意に五年近くも離れて暮らしてきた上に、いくら相手が見知った男で、嫁ぎ先が近所の家とはいえ、さっそくと嫁がせるのは寂しかったのだろう。
「ごめんね、うちのお父さんがあんなに子離れできてなかったなんて思わなかったよ」
「それだけ愛されてるってことだよ、女の子は特に可愛いんだろう。手紙を送ってきた時もヴィオのことしか書いてなかったって、バルテルが怒ってたじゃないか」
「お兄ちゃんは一人前だって思われてるのに、あたしはいつまでも子供扱いなんだよ。もう二十才になったっていうのに」
「親にしてみれば子供はずっと子供だっていうしね。だけど、ヴィオは大人だよ。そうでなきゃ、こんなことしない」
 耳朶を甘噛みされて、ヴィオラートは快感に震えた。
 間近に感じる彼の温もりに安堵を覚えると同時に、与えられる淫らな行為に羞恥も感じた。
「昼間の酔ったヴィオも可愛かった。あれからずっと俺にしがみついて甘えてくれてたんだよ」
「あはは……、覚えてないよぉ……」
 抱きかかえられて、安心したのは覚えている。
 ロードフリードなら絶対に守ってくれると信頼しているからだ。
 それと、たまらなく好きだから。
 恥ずかしいこの行為も、彼だから許せるのだ。
「……いいよ、しても」
 ヴィオラートは逃げるのをやめて、彼の肌に自ら触れた。
 深い口づけを受けても、瞼を閉じてうっとりと受け入れる。
 下着を全て取り払い、生まれたままの姿を晒すのはやはり恥ずかしくて、彼から目を逸らしてしまったが、恥じらう様子が可愛らしいと喜ばせるだけだった。
 舌を使った愛撫が胸に下りてくると、嬌声が零れ落ちる。
 彼の手の平で包まれた胸が、撫でるように揺すられ、硬くなった頂を口に含まれた。
 布越しではない、直に受ける刺激は強くて、体の芯が熱くなった。
 大きな声を出したくなくて堪える表情が、さらに相手の欲望を煽り立てるなど、彼女は気づいていない。
「……やぁっ」
 普段、人に触れられることなどない下腹部は、さらに敏感に反応してしまう。
 太腿を撫でられ、足の間にまで口を寄せられれば、絶え間なく快感が押し寄せてきて体が小さく跳ねた。
 とろりと愛液が滴り落ちて行くのがわかる。
 秘部を潤すそれを指に絡めたロードフリードは、中を解すためにゆっくりと奥へと差し込んでいく。
 まだそれほど結合に慣れていない体を気遣い、快楽を引き出すことを優先して、彼はヴィオラートを慈しんだ。
 時間をかけて解す指が増やされていく。
 やがて指が抜かれ、硬く昂ぶった彼自身に身を貫かれる。
 翻弄されるままの彼女は、覆い被さってくる彼にしがみついて、溢れ出てくる熱に酔った。




「あんっ! ……あっ……ぅんーっ!」
 体の下に組み敷いたヴィオラートが、閨の中でしか聞くことのできない喘ぎ声を漏らすのを、ロードフリードは満ち足りた思いで聞いていた。
 艶やかな表情で快楽に悶える愛しい彼女と繋がり、胎内に己の精を注ぎ込むことができるなど、至福としか言いようがない。
 長く楽しむために体勢を変えて俯せにした時などは、四足の獣のような格好を背後から見られることに羞恥を覚えた彼女は真っ赤になって涙を滲ませた。
「いやっ、恥ずかしいよぉ」
「そう言わないで、どんな格好をしていてもヴィオは可愛いよ」
 形の良い理想的な肉付きの尻を撫で、再び体を繋げる。
 彼女の体は正直で、羞恥の感情までが快感に結びつけられてしまい、嫌々と首を振りながらも、受け入れている秘裂はますます潤って抽送を手助けしてくれている。
 自身の熱も頂点に達する気配を察し、ロードフリードは再び彼女と向かい合う姿勢を取った。
 ヴィオラートの腕が背に回される。
 受け入れるために開かれた足が絡みつき、奥深くまで一つになった。
 我慢を重ねた彼の想いを形にしたように、溜まりに溜まった熱が彼女の体の中に解き放たれる。
 精を全て吐き出し終わると動きを止め、力尽きてぐったりとしたヴィオラートの頬を撫でた。
「ヴィオ、大丈夫かい?」
「だ、大丈夫じゃないかも……」
 上気した顔をへにゃりと頼りなく歪める彼女もまた可愛かった。
 反射的にもっと欲しがる気持ちが湧き起こったが、負担を強いる気もなかったので諦めることにする。
「体を拭いてあげるから、ゆっくりとお休み。明日は遅くまで寝ていてもいいからさ」
「はーい」
 素直な返事をしておとなしく身を任せる彼女の体を悪戯することなく拭いてやり、荷物の中から取り出した下着と寝間着を着せて寝かせてやる。
「次の機会はいつだろうな。早く、結婚式の日が来ればいいのに」
 本当に疲れてしまったのか、目を閉じるなり眠りについたヴィオラートの寝顔を眺めながら、ロードフリードは切実な思いを呟いた。

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