ヴィオラートがロードフリードを人に紹介する時には、自分の幼馴染だと真っ先に思い浮かぶ関係性を述べる。
物心がついた頃から一緒にいて、仲良く遊び、兄同然に慕っていた。
大人になった今でも、その認識は変わらない。
素敵な人だと思う。
容姿が良いというだけではなく、優しくて頼りになる彼は、いつだってヴィオラートの憧れだった。
ロードフリードが騎士になる夢を語った時も、当然のことのように応援した。
物語の中のカッコいい騎士に、彼ならなれると思ったからだ。
騎士隊には入らなかったから騎士とは名乗れないけれど、呼び方などどうでも良い。
ロードフリードはカロッテ村を守る騎士だ。
成長した彼の姿は、幼い頃に一緒に読んだ本に載っていた勇敢で優しい英雄そのものだった。
そして彼は、昔と変わらずヴィオラートのことも気にかけて守ってくれた。
錬金術に使う素材を採りに行くためには、村の外に出なければならない。
これまで村から出たことのなかったヴィオラートには、怪物の中でも一番弱いとされるぷにぷにですら驚異の存在だった。
襲われたら、一撃で死ぬ予感がする。
兄は外に素材を採りに行けと言いながら、冒険者稼業は仕事だとのたまって、身内割引で20コールと少額ではあったが護衛費を要求してきた。
まだ碌なアイテムが作れず、お金がないから自ら採取に行くというのに、そのような余裕があるはずもない。
万事休すのヴィオラートに、手を差し伸べてくれたのはロードフリードだった。
彼は報酬はいらないと言って、採取に付き合ってくれた。
「どちらにしても怪物の討伐はするんだ、お金のことは気にしなくていい。俺は村の皆を守るために騎士になろうとしたんだ、ヴィオも遠慮なく守られてくれていいんだよ」
村の外に行くならいつでも付き合うからと言われて、頼りっぱなしで申し訳ないと思いながら、ヴィオラートは彼の優しさに甘えてしまう。
ロードフリードを見た女性は、素敵な人だと見惚れて呟く。
彼に熱のこもった眼差しを向ける人を見る機会は何度もあったし、ヴィオラートも戸惑いながらも納得した。
(ロードフリードさん、本当に素敵だもの。そう思うの、無理もないよね)
ロードフリードは誰に好意を寄せられても、気持ちを返すことはなかった。
彼の一番近くにいるのはヴィオラートで、それが昔から仲の良い幼馴染故なのだとしても嬉しかったし、独占欲も感じていたのかもしれない。
ヴィオラートは気づいていなかった。
ロードフリードがあまりにも近くにいて、自分を見ていてくれるから。
その瞳が別の誰かを映すことがあるなどと、彼女は考えたこともなかったのだ。
ヴィオラートは初めて知った感情に、不快感を覚えた。
手にした安全こづちを握りしめる。
これは状態異常を治療するアイテムだ。
治せるのは混乱と眠り、そして魅了。
彼女の目の前には、今まさに敵に魅了された彼がいた。
構えていた剣を下ろし、ロードフリードは先ほどまで油断なく睨み付けていた敵を見つめていた。
まるで世界にその人しかいないみたいに、熱に浮かされたように視線を送っている。
相手は人ならざる海の怪物。
妖しい美しさを備えたローレライが微笑んでいる。
ロードフリードは、彼に恋した女性達には決して返したことのない情熱的な眼差しを向けて、人魚に歩み寄りながら手を伸ばす。
ヴィオラートは衝撃を受けていた。
彼のそんな顔を見たことがなかったから。
早く魅了から解放しなければと思うのに、取り出したこづちを握りしめたまま動けない。
「何やってんだ、ヴィオ! 早くロードフリードを正気に戻せ! あいつに攻撃されたら、俺達は全滅するぞ!」
バルトロメウスに怒鳴られて、ヴィオラートは動いた。
込み上げてくる鬱憤を晴らすかのように、こづちを振り上げる。
「ロードフリードさん! それは敵ですーっ!」
ぱこんっと軽い音を立てて、こづちは効力を発揮した。
「はっ! 俺は……」
我に返ったロードフリードは咄嗟に剣を構えて、視界に捉えた敵目がけて斬りつけた。
こうして危機は去り、ヴィオラート達は採取場から帰還したのだが……。
(嫌だ、何これ。あたし、すごく嫌な気持ちになってる……)
ロードフリードを見ていると、先ほどの魅了にかかった彼の顔を思い出す。
その度に喉に小骨でも刺さったかのような、ちくちくとした不愉快な気持ちに悩まされた。
(なんでかな、あたし怒ってるの? ロードフリードさんは何も悪くないのに)
怒っているのとは少し違う。
それとも悲しいのだろうか?
自分でもよくわからない嫌な感情に苛まれる。
意識的に彼から目を逸らして、ヴィオラートは気持ちの整理をつけようと努力した。
俯いて無言のまま歩く彼女の異変に、同行者の二人は気づいていたが、気軽に声をかけられる雰囲気でもなく、こちらも戸惑った表情で様子を窺っていた。
「ヴィオのやつ、どうしたんだろうな?」
「バルテルにもわからないのか? 多分、さっきの戦闘の後からだと思うんだが……」
小声で問いかけてきたバルトロメウスに、ロードフリードはこちらも小声で応じた。
「腹でも減って気が立ってるとかか? にんじんでもやりゃ機嫌も直りそうだけど、持ち合わせがないな」
「お前じゃあるまいし、違うだろ。怒っているわけではない気もする。何か悩むようなことがあったのか?」
振り返らないヴィオラートの背中を見つめて、ロードフリードは呟いた。
幼い頃、どうにもならない感情を持て余して泣き出す寸前の彼女の姿を重ねてしまう。
そういう時は、泣きたいだけ泣かせて傍にいた。
ヴィオラートは癇癪を起こしていても、ロードフリードを拒むことはなかった。
しがみついて泣く彼女を慰めて、頭や背中を撫でてやる。
そうするといつの間にか落ち着いて、また笑顔を見せてくれた。
(村に戻ったら話をしてみよう)
ロードフリードは、まさか自分が原因なのだとは思わなかった。
彼らの間に張りつめられた糸が切れるまで、あと僅か……。