やきもち


 旅をしながら、改めて自身の錬金術を見つめ直している最中のアイゼルは、カロッテ村を拠点にして活動をしていた。
 村唯一の酒場で宿屋でもある月光亭は、過疎化のせいで宿泊客がほとんどおらず、長期滞在のために部屋を借りたいとアイゼルが申し出ると、店主のオッフェンは快く受け入れてくれた。
 月ごとに更新する契約を結び、宿泊代をまとめて払う分、サービスで多少値引きしてもらっている。
 資金は酒場の依頼をこなして稼ぎ、未知の素材を見つけ、調合レシピを考えては実験して、結果をノートに書き留めて、のんびりとした生活を送っていた。
 ザールブルグにいた頃は学ぶことが多く、人間関係の面でも未熟な心のせいで余裕があまりなかった。
 故郷から遠く離れたこの地では、時間に追われることもなく、大らかに物事を見ていられる。
 カロッテ村の住人達は村おこしに一生懸命だが、アイゼルは移住者ではなく旅人だ。
 いつかこの地を離れる部外者だから、村人達とは少し距離を置いて友好な関係を築けるように気を使っている。
 この距離感はなかなか快適で、彼女は長い休暇だと思い、村での生活を満喫していた。

 自分が錬金術に触れるきっかけを与えたこともあり、ヴィオラートの様子も気にして時々見に行っていた。
 ヒントは与えるが手取り足取り教える気はなく、彼女が錬金術を学ぶことで、どんな面白いものを作り、どのように活躍していくのかを見ているのは楽しかった。
 今日もアイゼルは、宿泊している月光亭の部屋を出て、中央広場に向かう。
 ヴィオラートのお店に顔を出して、新しい商品が並んでいないかチェックするためだ。

 広場に入ると、前方から身なりの良い青年が歩いてくる。
 白いコートを着て、剣を携えた青年は、このカロッテ村が誇る一番の騎士だ。
 挨拶をしようと口を開きかけたが、アイゼルは声を出せなかった。
 ロードフリードは酷く落ち込んだ様子でフラフラと歩いていた。
 いつも凛々しく爽やかな青年が見る影もない。
 彼はアイゼルに気づきもせずに通り過ぎて行った。
 途中で何かに蹴躓いたり、川に落ちたりしそうで心配になるほどの覚束ない足取りだった。
「ヴィオラートの家の方から来たみたいだったけど、何かあったのかしら?」
 首を傾げつつ、アイゼルは当初の目的通りにお店に向かうことにした。




「こんにちは」
 アイゼルは一応扉をノックして、住居兼店舗の玄関扉を開けた。
 驚くべきことに、昔から建っているカロッテ村の民家には総じて鍵がない。
 のどかな田舎だからこそ、これまで安全であったのだろうが、村が発展してくると質の悪い人間も入り込んでくるので、防犯意識を身につけるべき時期に入ってきている。
「鍵のこと、そろそろ注意するべきかしら?」
 独り言を呟きながら、アイゼルは店内に足を踏み入れた。
 カウンターには誰もおらず、室内は薄暗い。
「留守? 嫌だわ、お店番も頼んでいないの? これじゃ泥棒が入り放題じゃない」
 ぶつぶつ言いながら踵を返そうとするも、台所の方から物音が聞こえたので立ち止まった。
「ヴィオラート? いるの?」
 まさか本当に泥棒?
 アイゼルは念のために杖を握りしめて、そろりそろりと近寄っていった。
「誰か、いるの?」
 ごくりと唾を呑み込んで問いかける。
 そおっと覗くと、台所の隅に白と緑の服を着た人の姿が見えた。
 ヴィオラートだ。
 アイゼルはほっとして力を抜くと、歩み寄った。
「もう、居るなら居ると返事をしなさい……って……」
 小言を言いかけた口を閉じる。
 こちらを向いたヴィオラートは泣いていた。
 目元を腫らして、ぐずぐずと鼻を啜っている。
「ちょ……、ど、どうしたの?」
「あ、あいぜるざん〜」
 涙声で呼びかけてくるヴィオラートに、アイゼルは面食らった。
「あ、あだじ、あだじ、いやな子なんでず〜!」
 鼻水が出ているせいで余計な濁点付きで話し、ヴィオラートは机に伏せて泣き続ける。
「ちょっと、もう、どういうことか説明しなさい。ゆっくりでいいから、ね」
 背中を擦ってやりながら、優しい声音で囁く。
 しばらくすると、ヴィオラートも落ち着いてきたのか、事情をぽつりぽつりと話し始めた。




 彼女はつい先ほどまで、村の外へと採取に出かけていた。
 エアドロップを食べて海に潜り、珊瑚や貝殻などを集めていたのだという。
 護衛の冒険者はバルトロメウスとロードフリードだった。
 店番はクラーラに頼んであって、彼女はヴィオラートが帰ってくるまではしっかり留守を守ってくれていた。
(無人だったわけじゃなかったのね)
 うんうんと頷きながら、アイゼルは続きを促した。
「海の中を歩いていると、ローレライに襲われたんです……」
 ローレライは海辺によく出る怪物だ。
 上半身は美しい人型の女性であり、下半身は魚の姿をしている。
 尻尾での攻撃に加え、歌うことで敵を魅了したり、ダメージを与えてくる厄介な敵だ。
 海に入れるようになったのはつい最近のことで、海中での戦いにはまだ不慣れな彼らでは苦戦しただろう。
「……ローレライの歌で、ロードフリードさんが魅了されちゃって」
「魅了状態を治す安全こづちは作ってあったでしょう? 持っていかなかったの?」
「持ってました。だから、無事に倒せたんですけど……」
 ヴィオラートは俯いて、唇を引き結んだ。
 アイゼルは急かすことなく続きを待った。
 どうやら、その戦いの中に泣くほどの理由があったらしい。
「頭ではわかってたんです。あれは魅了されてたからだって」
 思い出しているのか、ヴィオラートの目にはまた涙が溜まってきていた。
「あんな、あんな顔で他の女の人を見る、ロードフリードさんなんて見たくなかった!」
 アイゼルはその一言で全容を理解した。
 頭痛を覚えて、額に手をやる。
「女の人って言っても、海の怪物じゃない」
「でも、上半身は綺麗な女の人でした!」
「まあ、それはそうだけどねぇ……」
 涙目で嫉妬の感情を訴える少女を見て、アイゼルは首を振った。
「それで騎士さんに八つ当たりしたというわけね」
「だって、だって……、凄く嫌で、でも仕方ないのもわかってて、だけど抑えられなくて……」
 兄やクラーラが一緒に居る間はかろうじて我慢していた感情も、彼女を自宅に送るためにバルトロメウスも外に出てしまい、ロードフリードと二人になった途端に爆発してしまった。




『ヴィオ、さっきから様子がおかしいけどさ。何かあったのか? 俺で良ければ話を聞くよ』
 ロードフリードが優しく問いかけるも、ヴィオラートには声を聞くことすらつらかった。
 嫌な想像が頭の中で繰り返される。
 ローレライだったものが顔のわからない女性に変わり、今ヴィオラートに話しかけているように、隣に寄り添う彼の姿が浮かんでくる。
『もうやだ! 何も考えたくない!』
『ヴィオ?』
『今日は帰って! でないとあたし、酷いことたくさん言っちゃう!』
 余裕がなくなって、ヴィオラートは目の前にいる彼を家の外へと押し出そうとした。
『急にどうしたんだ、ヴィオ!』
『ロードフリードさんは悪くないけど、ロードフリードさんのせいだもん! お願いだから、帰ってよお!』
 大好きな彼に酷いことを言っている自覚はあった。
 だけど、これ以上一緒にいれば、さらに傷つけるようなことを言いそうで、他にできることが思い浮かばなかった。
 外へと追い出し、扉を閉めて、ヴィオラートは蹲って泣いた。
 ロードフリードはしばらくその場にいたようだが、無理に入ってこようとはしなかった。
 彼はいつも、ヴィオラートの気持ちを考えて優先した。
 大切にされていることを知っているから、ヴィオラートの涙は止まらない。
(ごめんなさい、ロードフリードさん。どうしてあたし、こんなに嫌なことばっかり考えてるの?)
 そうやって自己嫌悪に苛まれて泣いている所に、アイゼルが訪ねてきたのだ。

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