アイゼルはすれ違いざまに見たロードフリードの様子を思い浮かべた。
彼の方は、ヴィオラートにいきなり泣かれて怒られて、さぞかし困惑したことだろう。
嫌われたと思い、ショックを受けてのことだとすれば、あの落ち込みようもわかる。
のんびりした村で大らかに育ったヴィオラートは、恐らく初めて色恋に絡む嫉妬なんてものをしたのだろう。
自分が恋愛絡みで狂おしいほどの嫉妬を知ったのは、彼女ぐらいの年だったなと、アイゼルは記憶を遡って懐かしさを感じていた。
感情の整理の付け方がわからなくて思いのままにぶつけた後、自己嫌悪で泣いてしまうのは、ヴィオラートが素直で善良で、まだまだ経験の足りない子供だからか。
「どうして嫌だと思ったのか自覚できてる?」
「……わからないです、でも嫌なの」
しょうがない子ね、と心の中で呟き、アイゼルは腕を組んだ。
「騎士さんも気の毒に。ねえ、ヴィオラート。もしも、あなたのお兄さんや、他の冒険者の人が魅了にかかったのだとしたら、そんな風に嫌な気持ちになる?」
「えっと……、ならないと思います」
「だったら、あなたにとって彼は特別な人なのね。嫌いじゃないんでしょう? むしろその反対」
「好きですよ。ずっと昔から、大好きな幼馴染です!」
好きと言う言葉を臆面もなく使う割に、幼馴染という言葉にも拘っている彼女に、アイゼルはため息をついた。
「幼馴染か……、まあいいけど。それよりどうするの? ここに来る時、騎士さんとすれ違ったけど、彼とても落ち込んでいたわよ。あなたに嫌われたと思って、もうここには顔を出さないかもしれないわね」
「ええ! どうしよう、あたし謝らなくちゃ……」
「早く追いかけて話した方がいいわ。取り返しがつかなくなる前にね」
「はい、そうします」
ヴィオラートは涙を拭いて立ち上がり、家を出ていった。
アイゼルも残っていても仕方がないので、外に出ていく。
さて、どうしようかと予定を考えながら歩いていると、ヴィオラートが走って戻ってくるのが見えた。
「アイゼルさんー!」
また涙目になっている。
「ロードフリードさんがいなくなっちゃったー!」
そう叫んで飛びついてきたヴィオラートを、アイゼルは諦めの心境で受け止めた。
再び店に戻り、台所のテーブルに向かい合って座る。
ヴィオラートは泣いてはいなかったが、暗い顔で説明を始めた。
「ロードフリードさんのお家に行ったんです」
ヴィオラートが家を訪ねると、彼の母親が在宅しており、大歓迎された。
『ヴィオちゃん、いらっしゃい。会いたかったわ』
都会の裕福な家から嫁いできたというロードフリードの母は、上品でおっとりした人だ。
小さい頃からヴィオラートも可愛がってもらっていて、会えばお菓子をくれたり、頭を撫でてきたりする。
顔立ちや雰囲気がロードフリードと似ているので、ヴィオラートも彼女を慕っていた。
『こんにちは、おばさん。あの、ロードフリードさんは帰ってきてますか?』
『ええ、ついさっき帰ってきたわ。あの子、ヴィオちゃんと一緒に外に行ってたんでしょう? だけどね、帰ってくるなり、鍛え直してくるって言って、また出て行ってしまったの。ごめんなさいね、何か急ぎの用事だった?』
『出て行った? あ、いえ、急ぎの用事ではないんですけど……』
『どこに行ったのかは見当もつかないわ。あの様子だと、二、三日では済まなさそうね。帰ってきたら、ヴィオちゃんのお家に行くように言っておくわ』
『はい、お願いします……』
呆然としながら、ロードフリードの家を出て、元来た道を歩いている途中でアイゼルを見つけた。
心細さが頂点に達して、つい飛びついてしまったのだ。
話を聞き終えたアイゼルは、頬杖をついて思案した。
「鍛え直すって言ってたの? 騎士さんはあなたに不甲斐ない所を見せたから、失望されたと思っているのかもね」
「そんなことないのに。追いかけるにしても、どこに行ったのかわからないし、どうしたらいいんでしょう……」
「どうにもできないわよ。それよりも、次に彼と会った時のためにお詫びの品でも用意しとく?」
「お詫びの品?」
「こうなった原因は魅了されたことでしょう? そういった攻撃に備えてあらかじめ抵抗力を上げておけるアイテムなんてものもあるの。今まで集めた参考書に載ってない?」
「えっと……」
ヴィオラートは各地で集めた本を引っ張り出してきて、目的のアイテムがないか探し始める。
それはすぐに見つけることができた。
「これだ! ルーンストーン!」
「材料は研磨剤と月長石ね。ここまで来たら、最後まで付き合いましょうか」
「アイゼルさん?」
「極上の素材じゃないと、強い効力は期待できないわ。一緒に採りに行きましょう」
「はい! ありがとうございます!」
やっとヴィオラートに笑顔が戻った。
アイゼルは胸を撫で下ろして、旅支度に取り掛かることにした。
ルーンストーンが完成して、ヴィオラート達が村に戻ってきても、ロードフリードは帰って来なかった。
ヴィオラートは外には出かけず、店番をしながら調合ばかりしている。
いつでも渡せるように持ち歩いているルーンストーンを取り出して見つめては、彼女は憂い顔で息を吐いた。
扉が叩かれ、来客の気配に飛び上がる。
「は、はーい!」
待ち人の彼かもしれないと、期待に胸を膨らませて応対に出て行った。
「いらっしゃいませ!」
「こんにちは……、そんなにあからさまにがっかりしなくてもいいじゃない」
笑顔で奥から出て来たというのに、その顔のままテンションが下がるという器用な落ち込み方をされて、アイゼルは呆れ顔で言った。
「す、すみません」
ぺこぺこ頭を下げるヴィオラートを止めて、アイゼルは店内に入った。
「騎士さんが出かけてから、そろそろ二か月になるわね。本当にどこまで行ったのかしら?」
「うう、このまま帰ってこなかったらどうしよう……」
「それはないでしょう。鍛え直すって言ってただけなんだし、帰ってくるつもりはあるはずよ」
常日頃から生まれ故郷のカロッテ村を守りたいと言っていたロードフリードだが、本当に守りたかったのは、この村に住んでいる幼馴染の女の子だったのだろう。その彼女が怪物がうろつく村の外に出ると言い出した時、彼はどんな心境だったのか。
逞しくなったと成長を喜ぶ言葉を口にしつつも、傍で自分が守っていないと心配になる。
冒険者が本来得るべき報酬の護衛料を、ヴィオラートには無料にするなど、できるだけ自分を連れて行けというアピールに他ならない。なのに、肝心の彼女には上手く伝わっていない。
ヴィオラートの方も幼い頃から懐いていて、嫉妬まで覚えるようになり、無自覚で両想いの二人なのだ。
こちらが気を揉むだけ損をすることになるとは思うものの、落ち込むヴィオラートを見かねて手助けをしたくなるほどには、しっかり情が移ってしまっている。
「彼が守りたいのはこの村と、ここに住む人達なのでしょう? 必ず帰ってくるって、あなたが信じなくてどうするの」
「そうですよね。ロードフリードさんはこの村が好きなんだもの、帰ってきてくれますよね」
ヴィオラートは顔を明るくして頷いた。
元気が戻ってきた彼女に、アイゼルは微笑んだ。