やきもち


 夕食時の月光亭。
 アイゼルが酒場で食事をしていると、新たな客の訪れに少し店内がざわついた。
 人々の視線を受けながら入ってきた彼に、真っ先に声をかけたのはオッフェンだった。
「久しぶりだな、ロードフリード。少し長い旅になると聞いてはいたが、無事に戻ってきてくれてなによりだ」
「長期間、留守にして申し訳ありませんでした。村の警備の方は問題ありませんでしたか?」
「ああ、近辺に出ていた怪物は、お前さんが粗方片づけていってくれたおかげで、まだそれほど数は増えていない。討伐依頼は偶に来る冒険者や村人でどうにかなっている。近頃じゃ、バルテルも頼りになるしな」
 ロードフリードは硬い表情をしていたが、それを聞いて安心したようだ。
 柔らかい笑みが浮かぶ。
「ヴィオが心配していたぞ。何か連絡がないか、俺の所まで尋ねに来ていたぐらいだ。喧嘩でもしていたのか? いつもなら何も言わずに出かけることはないだろうに」
 オッフェンがそう言うと、ロードフリードは笑みを消して俯いた。
「喧嘩というか、少し顔を合わせづらいことがあって……」
「珍しいな。だが、ヴィオの方は会いたがっていたんだ。嫌じゃないなら、顔を見せに行ってやれ」
「はい」
 ロードフリードは頷いたが、気乗りはしないようだ。
 そこへ、アイゼルが声をかける。
「ねえ、騎士さん」
「アイゼルさん?」
 彼の注意が向くと、アイゼルは手招きした。
「こっちに来なさい。ヴィオラートのことで話があるの」
 ヴィオの名を出すと効果覿面、ロードフリードは彼女のテーブルに来て、向かいに座った。
「ヴィオがどうかしたんですか?」
「まずは感謝して欲しいわね。あなたがいなくなって、落ち込むヴィオラートを励まして慰めていたのは私なんだから」
 この二か月間を振り返りながら、アイゼルは当てつけがましく言った。
「ヴィオが落ち込んでいた? 俺がいなくなったから?」
「そう、あの子も色々複雑なお年頃なのよ。あなたに察しろっていうのも酷な話だし、責める気はないわ。ところであなた、村を出てからどこに行っていたの?」
 アイゼルの問いに、ロードフリードは苦渋の色を浮かべた。
「敵に魅了されたのは俺がまだ未熟だからです。反省してもう一度鍛え直すために、竜騎士の先輩方に助言を頂こうと、討伐依頼をこなしながらファスビンダー経由でハーフェンに向かいました」
「実戦もしながらの旅か、おまけに徒歩なら相当な日数がかかったでしょう。なるほどね、二か月でも早い方だったわけね」
「ハーフェンに着いて、ローラントさんと話していると、ちょうど武器屋のダスティンさんが来て、鉱石を採りに行くのに護衛を探しているということでしたので、ローラントさんと一緒に依頼を受けました」
「ローラントさんて、あの血の気の多い竜騎士さんよね。もしかして武器屋さん、本当は近場に採取に行きたいって言ったのに、質の良い鉱石が採れる場所があるって遠くに連れていかれたとか……」
「一応同意は得ましたよ。ゾーン高原を進めば、本当に良い鉱石が手に入るんです。多少、ローラントさんが強く薦めていましたが」
「武器屋さん、人が好さそうだったものね。竜騎士さんはお得意様だし、断れなかったのね」
 彼らのやりとりが容易に想像できてしまう。
 ロードフリードも、護衛相手がヴィオラートではなく屈強な男であることから、ローラントの暴走をわざわざ止めなかったのだろう。
 竜騎士二人の修行紛いの旅路に付き合わされたダスティンに同情を覚えつつ、アイゼルは続きを促した。
「後は取り立てて言うほどのことはなかったですよ。怪物や盗賊と戦いながら、槍が峰まで行って戻ってきました」
 行って戻る間に命がけの冒険譚が含まれていたのだが、ロードフリードはばっさりと省略した。
 アイゼルも特に聞く必要性を感じなかったので、改めて問うこともなかった。
「それで、満足できるぐらいには強くなれたの?」
「どうでしょうね。確実に経験は積んだと言えますけど、ヴィオの前に出るには勇気がいります。あんな風に泣いて怒られたの初めてなんですよ。俺が泣かせたらしいことはわかったんですが、正直今でも理由がわからなくて困っています」
「わからなくて当たり前よ、あの子もわかってないんだから」
 ロードフリードはますます困惑したようだ。
 アイゼルはヴィオラートから聞いた話から想像したと前置きして、自らの推測を話すことにした。
「私が思うに嫉妬よ。ヴィオラートはね、どんな女の人が相手でも平然とした態度を崩さなかったあなたが、怪物とはいえ美人にデレデレしている顔を見て嫌な気持ちになったんですって。気のない相手にそんな感情をもつはずないでしょう。あなたはね、あの子にとって特別な人なの。少しは自信を持ってもいいんじゃない?」
 アイゼルが言い切ると、ロードフリードは呆気にとられた顔をしていた。
 嫉妬の可能性に、まったく思い当たらなかったのだろうか。
 彼も意外に鈍いのだ。
「少し時間は遅いけど、会いに行ってくれば? ヴィオラートってばあなたがいつ帰ってきても会えるようにって、あまり村から出ていないの。調合やお店番も変わらず一生懸命やっているけど、心配事があると気分も落ち込むでしょ。早く安心させてあげてね」
「ありがとうございます、アイゼルさん」
 言葉で背中を押してやれば、ロードフリードは笑顔になって席を立った。
 入店時とは打って変わって足取りも軽く外へ出て行く。
 喉の渇きを覚え、アイゼルはグラスを傾けた。
 一仕事を終えた後の酒は格別に美味しかった。




 扉の前で立ち止まり、ロードフリードは深呼吸した。
 前回、この家から出た時は、ヴィオラートに追い出されての情けないものだった。
 ヴィオラートは自分に会いたがってくれている。
 皆がそう言ってくれなかったら、再びここに立つ勇気など出なかった。
 彼女の口から嫌いだと言われたら、今度こそ立ち直れない。
 少しの不安が過ったが、かけてもらった力強い言葉に気力を奮い起こし、ロードフリードは目の前の扉を叩いた。
「はーい、どなたですか?」
 遅い時間だからか、扉の向こうから応対するヴィオラートの声には僅かながら警戒心が含まれていた。
 久しぶりに聞く愛しい彼女の声に、ロードフリードは懐かしさと嬉しさを感じた。
「俺だよ、ロードフリードだ。扉を開けてくれるかな、ヴィオ」
 別れ際のことがあるから、ロードフリードは一歩下がって中にいるヴィオの反応を見守る。
「え? ロードフリードさん!」
 驚いた彼女の声が聞こえ、勢いよく扉が開けられた。
 室内の明かりが外を照らすのと同時に、ヴィオラートが飛び出してくる。
「ロードフリードさん、どこに行ってたの! 心配したんだからー!」
 走り出て来た彼女は、その勢いのまま抱きついてきた。
 とっさに両手を出して受け止める。
「黙って出かけて悪かったよ。ただいま、ヴィオ」
「お帰りなさい! 本当にロードフリードさんだ、良かったよぉ……」
 しがみついてきたヴィオラートは泣きじゃくり始めた。
「帰ってきてくれて良かった、あたしがあんなこと言ったから、もう会いに来てくれないかと思ったの。ロードフリードさん、酷いこと言ってごめんなさい!」
「さっきアイゼルさんから、何となくだけど理由を聞いたんだ。俺はヴィオのことを怒っていないし嫌いになってもいない、だからそんなに泣かないで」
 ロードフリードは、彼女を抱きしめて慰めた。
「旅に出て、経験を積んで少しは強くなれたけど、また同じことが起きるかもしれない。それでも俺はヴィオを守りたいんだ。ヴィオは俺なんて頼りにならないと思うかもしれないけど……」
「そんなことない! ロードフリードさんは、この村で一番強いんだよ! あたし、最初は村の外に出るのが怖かった! でも、ロードフリードさんが一緒に行ってくれたから勇気が出たの! これからだって一緒にいてよ、あたしだって守られてるばかりじゃない、戦いの役に立つ物も作れるようになったんだから!」
 ヴィオラートは服のポケットを探ると、身に着けられるようにブローチに加工したルーンストーンを取り出した。
「これ状態変化を防ぐ効果があるんだって。アイゼルさんに手伝ってもらって、極上の素材を集めて作ったの。これでもだめなら、またこづちで叩くよ。嫌な気持ちになっても、離れる方がもっと嫌」
 泣くほど嫌だった気持ちが嫉妬であると、今でも彼女は気づいていない。
 それでも一生懸命にロードフリードが必要だと訴える。
 まだ恋を知らない彼女だけど、二人の間に通う気持ちは確実に形を変えて進んでいる。
 ロードフリードは喜びに湧いて逸る心を落ち着かせた。
 ヴィオラートはあらゆる意味で子供から大人になろうとしている最中だ。
 傍らで彼女を見守り、手助けをするのは楽しくもあり、だからこそ元々あった好意が、深く濃密なものへと変わっていくことを自覚した。
 近くにいればいるほど好きになっていく。
 可愛い幼馴染だったのに、そこに愛しいがくっついて、どうにも止められない想いが彼を献身的な行動へと駆り立てた。
「俺が敵に魅了されたら、遠慮なく叩いてくれていいよ。ヴィオが行きたい所なら、どこへだろうとついて行く」
 他の女性を見ないで欲しいなんて、可愛らしいやきもちだ。
 そこに彼女の愛を感じられるから、何発叩かれても構わない。
(もうヴィオのことしか見えないよ)
 幼い頃、お嫁さんになると言われて嬉しかった。
 彼女の笑顔を見るのが好きで、理由がなくても一緒にいたかった。
 長く離れて暮らすことになっても、彼女を忘れることはなく、むしろ思い出は鮮明になって一層大切なものになった。
 自惚れではなく、出会いの機会は人一倍あった。
 それでもヴィオラート以上に心惹かれた人はおらず、恐らくこれからもそうなのだろう。
 ロードフリードはルーンストーンを受け取って身に着けた。
 綺麗に磨かれて輝く石には、ヴィオラートの言葉にできない思いが込められているかのようだ。
 叩かれるのは構わないが、悲しませるのは本意ではない。
 彼女を心配させないように、そしていつでも頼ってもらえるように、強くあらねばと彼は誓いも新たに決意した。


 END


 
あとがき
私が一番厄介だと思う状態異常が魅了で、深き小妖精の森のドライアドの集団と、樹人原方面のローレライは要注意です。
ルーンストーンがないと、ロードフリードもよく魅了されて、頭の周りをハートがぐるぐる回ってます。
そうなると正気に戻すために、安全こづちで叩きます。ヴィオまで魅了されるとどうにもなりませんが……。

深き小妖精の森に入れるようになると、途中で極上の月長石を入手して、ルーンストーンを作るのが常です。
効果は絶対ではないそうですが、あるのとないのじゃ全滅の頻度が大違い。
毎回そんな感じで印象に残り、魅了をネタに、ヴィオが嫉妬する話を書いてみたいと思うようになりました。
ロードフリードさんは余所見しそうにないので、ヴィオが嫉妬する機会ってこれぐらいしかないような気がします。

書き始めはアイゼル目線だけで進めていましたが、所々にヴィオ視点とロードフリード視点を追加していき、長くなっていきました。巻き込まれる第三者にアイゼルを配置したのは、嫉妬の感情を一番理解できるのは彼女かなと、真っ先に浮かんだからです。
ロードフリードの修行の旅の様子も書いてみようかと思いましたが、さらに長くなりそうなので割愛しました。
竜騎士二人と武器屋さんのブートキャンプは、別話として書いてみたい。

ゲーム中には登場しないロードフリードの母親ですが、都会の裕福な家から嫁いで来た品の良い優しい女性のイメージで書いています。
容姿は女装したローディさんそっくりでいいんじゃないでしょうか。
息子の恋を応援していて、ヴィオがお嫁に来る日を楽しみにしていたらいいなぁ。
オリキャラになるのでメインに出す気はないものの、ちょっとした場面で必要になるので、今後ロード父なども捏造して登場させるかもしれません。

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