木の上からよりも、眺めは良い。
「うわあ、こんな高い所から村を見たの初めて! あそこに私の家がある、ならあっちの建物は……」
クラーラが眺めを堪能してはしゃいでいる間に、バルトロメウスは葡萄の木によじ登って実を採り始めた。
山の木は村で管理されていて、村人なら自由に果実を採っても良いとされている。
瑞々しい葡萄の実は、小川で冷やせば熱のある二人でも食べやすいだろう。
バルトロメウスは、ヴィオラートとロードフリードのために葡萄を採りにきたのだ。
持参した袋に幾つか房ごと放り込み、時間をかけずに降りてくる。
「葡萄は採れたから、そろそろ帰ろう。遅くなると、村長さんに叱られるんだろ?」
声をかけると、クラーラは残念そうな顔をしたが素直に頷いた。
「そうね、せっかく来たし、もう少し居たいけど、戻るのにも時間がかかるものね」
帰り道は、来た時よりも早く時が過ぎたように感じた。
村に入り、村長の家が見えてくると、二人はどちらからともなく手を離した。
「連れて行ってくれて、ありがとう。とっても楽しかった」
クラーラが笑顔で言う。
バルトロメウスは体のどこかで激しく脈を打つ音を聞いた。
彼女の微笑みは好ましく思うが、なぜか落ち着かない気分になる。
「これ、あげる」
バルトロメウスは袋から、葡萄の房を一つ出してクラーラに手渡した。
「葡萄くれるの? ありがとう!」
受け取った彼女の嬉しそうな様子を見て、バルトロメウスは熱を持った顔を隠すように俯いた。
「じゃあ、俺はこれで帰るから。さようなら」
「うん、またね」
無邪気にクラーラは言ったが、またの機会なんてないことをバルトロメウスは理解していた。
今日は特別な日。
村長がいなくて、お互いにたまたま遊び相手がいなかったから、共に過ごせただけだ。
明日からは、また挨拶を交わすだけになる。
一緒に遊びに行くこともない。
昨日までならなんとも思わなかったのに、バルトロメウスの気分は沈み込んだ。
帰る途中にロードフリードの家に立ち寄って、ヴィオラートの薬のお礼とお見舞いだと言って、彼の母に葡萄を渡した。
「ありがとう、バルテル君。ロードフリードの熱は大分下がってきたの。すぐに元気になると思うわ。そうしたらまた一緒に遊んであげてね」
お礼と共に頭を撫でられて、都会の珍しいお菓子を貰った。
落ち込んだ気分が少しだけ上を向く。
家に帰ると、ヴィオラートの熱も下がってきていた。
ヴィオラートは薬を飲んだ後、口直しにバルトロメウスが採ってきた葡萄を美味しそうに頬張った。
「お兄ちゃん、ありがとう。美味しいよ」
「俺がわざわざ山登って採ってきたんだからな、味わって食べろよ」
「うんっ」
元気そうに返事をする妹の様子を見て、またいつもの日常が戻ってくるのだと、バルトロメウスは安堵した。
翌日、バルトロメウスが起きて一階に行くと、食卓には美味しそうな匂いを漂わせる大皿が置いてあった。
たくさん盛られているのは小振りのデニッシュで、まだ作り立てのようだ。
「母さん、これ作ったの?」
思わず駆け寄ると、母はもの問いたげな顔をバルトロメウスに向けた。
「さっき、村長さんの所のクラーラちゃんが来たのよ。それをあなたに、昨日のお礼ですって」
「え?」
「呼んでくるから待っててって言ったんだけど、お爺様に内緒で来たから早く帰らないといけないからって、すぐに帰ってしまったの。あなた、昨日あの子と何をしてたの?」
「た、大したことはしてねぇよ。一緒に山に葡萄採りに行っただけ。山には行ったことないからって喜んでた」
「そんな所でしょうね。村長さんに知られたら、目を吊り上げて怒りそうね。一緒に遊んだからって、まだ子供同士で何かあるはずもないのに」
呆れ気味にため息をつくと、母は大皿からデニッシュを二つ取って小皿に乗せ、バルトロメウスの前に置いた。
「温かいうちに頂きなさい。私達も御相伴に与るけどいいわよね?」
「いいよ。あ、これ美味しい。ヴィオも食べられるかな」
「そうね、今朝の様子だと、そろそろ普通のご飯に戻しても良さそうね。あなたも今日から子供部屋で寝てもいいわよ」
「うん」
口を大きく開けてデニッシュを齧り、程よい甘さを楽しみつつ咀嚼する。
(これ、あの子が作ったのかな?)
バルトロメウスにとって、女の子の基準はヴィオラートだ。
最近はお菓子作りや料理にも興味を示して母親の側にいる事が増えたが、やはりまだ兄達にくっついて遊ぶ方が楽しいらしく、バルトロメウスが外に行く時はついてくる。
(あの子は走ったりとかしないんだろうな)
家の中でお喋りやお人形遊びをしていると言っていた。
女の子は十才を過ぎれば、母親を手伝って家の用事もやるのだと聞く。
同い年のはずなのにあちらの方が落ち着いていたのは、そのせいもあるのかもしれない。
握った手の感触を思い出すと、急に恥ずかしくなって暑いと感じた。
綺麗でおとなしい少女は、笑うと可愛かった。
(嫌じゃないのに、思い出すと落ち着かねぇ)
会いたいけど、会うのは照れくさくて、どんな顔をしていいのかわからない。
(うわー、何だこれ? 俺、変だ。あの子のことばっかり考えてる)
空っぽになったお皿の前で、バルトロメウスは頭を抱えた。
それから八年。
大人になったバルトロメウスは、あれが初恋だったのだと知った。
この恋は継続中で、しかし進展は見られない。
しっかりしているようで、どこかふわりとしている思い人は、自分に寄せられる好意には疎くて、祖父が連れてくるであろう結婚相手を想像しては怖がっている。
「俺が守りますって言えればなぁ……」
こちらは大して収入のない農家の息子、冒険者としても駆け出しで、求婚者として名乗り出るにはまだまだ乗り越えるべき壁は高い。
バルトロメウスが冒険者稼業で一攫千金を目指すのは、一日も早く彼女につり合う男になりたいからだ。
さしあたっては、妹の方が稼いでいる現状をどうにかしたいのだが……。
「お兄ちゃん、お店番お願いねー」
自宅で錬金術の店を開いたヴィオラートは、以前にも増して生意気になってきた。
体の良い労働力として、すぐに兄をこき使おうとする。
「おい、こら、待て! 俺にも仕事があるって言ってんだろ! 大体、店番を無給でさせるな! ロードフリードにだって店番の時は賃金払ってんだろっ!」
「ロードフリードさんの本業は討伐依頼がメインの冒険者なんだよ。護衛は好意で無給にしてくれてるけど、お店番はこっちの都合に付き合わせてるんだから賃金を払うのは当然でしょう。それでも相場よりずっと安いんだから! それにお兄ちゃんは家族でしょ、お店も一緒にやろうって言ったじゃない、だから生活費だってお店の売り上げから出してるんだからね!」
言い負かされて、バルトロメウスは渋々とカウンターへと向かう。
本気の言い合いをして、彼がヴィオラートに勝てたことはない。
それは根本的な部分でバルトロメウスが妹に甘いからである。
「お兄ちゃんがお店番してくれないと、あたし何もできないから困るんだよ」
「しょうがねぇな。はいはい、わかったよ。店は見ててやるから、やることあるなら行ってこい」
文句を言いながらも頼られると嬉しい。
複雑な兄心であった。
「ありがとう! じゃあ、あたし採取に行って……、あ、クラーラさん!」
ヴィオラートが扉を開ける前に、外から開いてクラーラが顔を出した。
バルトロメウスの体は途端に硬直した。
「ヴィオはこれから出かけるの?」
にっこり微笑むクラーラが妹に問いかける。
「はいっ! あ、でも、お店番はお兄ちゃんがしてくれてるから、ゆっくりして行ってくださいね!」
「ふふ、そうね。お言葉に甘えてゆっくり商品を見てお買い物して帰るわ」
二人の会話を聞きながら、バルトロメウスは手に汗を掻きつつ笑顔を作った。
「い、いらっしゃいませ! クラーラさん!」
「こんにちは、バルトロメウスさん。今日は何か、お勧めのものあるかしら?」
ヴィオラートが出て行き、二人だけになる。
クラーラは無邪気な笑みを浮かべて近寄ってきた。
今も昔も、緊張や動揺をしているのはバルトロメウスだけだ。
この立場が逆転、せめて同等になる日は来るのだろうか。
END
あとがき
バルテルが、いつ、どうして、クラーラを好きになったのかは、ゲーム内でも公式サイトでも、入手できた関連書籍でも明かされていませんでした。
村一番の美人というだけで惚れているのか、何か好きになるような出来事があったのか、ただの憧れで終わらず、お嫁さんにしたいと思っているほど入れ込んでいるので、きっかけはあったと思いたい。
というわけで、幼少期を捏造ー。
淡い初恋がずっと続いている方向で妄想してみました。
バルテルがクラーラより優位に立てる日なんて永遠に来ない気がします。
仮にゴールインできて夫婦になっても、一生お嫁さんにデレデレして、万年新婚夫婦やってそう。
尽くしている方も、尽くされている方も、幸せそうに笑っている未来しか浮かんで来ない。
カロッテ村の爆弾娘EDを見た時、ヴィオのお母さんが娘の武勇伝が隣国にまで広まっていたことを、すごい勢いで嘆き始めた辺りで、木登りをする幼少期のエピソードが浮かんできました。
腕白に育つ娘を見守りながら、お兄ちゃん達とばっかり遊んでいないで、女の子達とも遊んでよーと、お母さんは常にやきもきしていたのでしょう。
ヴィオもそれなりに女の子らしく育っていたのに、お母さんがいなくなった途端に、はっちゃけたんですね。
お母さん、大丈夫ですよ。
ヴィオがどれだけ暴れても、ロードフリードさんがお嫁にもらってくれますよー。
それと幸福の葡萄はカロッテ村の隣接採取地では採れないんですが、近くの森ではたまに採れるので、村内にも自生していたってことでお願いします。