◇ 3 ◇
あの日から、何も彼もがすっかり変わってしまった。
二人とも表面上は何も変わったようには見えない。大泉は相変わらずの仕事ぶりを発揮し、時には先輩である森崎や佐藤に対しても傍若無人に振る舞う。
佐藤と言えば着々と成績を伸ばし、自信がついてきたのかおどおどとした態度は影を潜めていた。
何も変わらない総務二課だ。
だが大泉と二人きりになった瞬間から、佐藤は全身に異様な程の緊張感を漂わせる。
大泉の一挙手一投足に細心の注意を払い、少しでも大泉が変な素振りを見せれば即座に身構える。
だが現実問題として、そんな事はさしたる抵抗にはなり得なかった。
ひとたび大泉から呼び出しが有れば、逃げることなど出来はしない。あの夜に撮影された携帯画像と動画が、佐藤に見えない鎖のよう絡み付いてがんじがらめにする。
呼びつけられたいつもの部屋に逃げ場所など無く、佐藤はいつも嫣然と微笑む大泉に組伏されてはあらん限りの陵辱をその身に受けている。
耐えきれずに逃げだそうとすれば易々と捕まり、時にはその両腕を一括りに縛り上げられ、時には最初の時のようにベッドにくくりつけられた。
今夜もまた、佐藤は仕事が終わった後に例の部屋に脚を踏み入れた。
いつ見ても豪華な部屋だ。一体大泉はたった一泊にどの位料金を支払っているのか……と、小さく溜息を付く。
室内はやや小さめスィートルームといった感じで、正直なところ佐藤の住んでいるアパートよりは確実に広いと思われる。
大泉はお気に入りの窓辺にある豪華なソファーに腰掛け、川越しに見える繁華街の夜景を眺めていた。
きらきらと瞬きながら煌めくそれらの明かりは、触れれば消えてしまいそうなはかなさを持っている。現実にその明かりに近付けば、ただの喧噪と作り物の街の光だとしても。
「何か飲む?」
大泉が言いかけると、佐藤は勝手知ったるとばかりにキャビネットに近付き、冷蔵庫からビールの缶を取り出した。
キャビネットの中にある煌びやかなグラスに注ぐこともなく、直接缶に口を付けて一気に中身を呷ると今度は冷えた日本酒の小瓶を取り出し、それも直に口を付けて呷った。
「…………酔い潰れる気か。」
いつの間にか傍に立っていた大泉に途中で制止され、佐藤は瓶から口を離した。
今度は大泉が残った日本酒に口を付ける。やや辛口で香りの高いものだった。
これを一気に飲み干すのは、酒にあまり強くない大泉には到底無理な話だ。大泉は味わいながら一口、二口と口に含んだ。喉の奥から鼻腔にかけてみずかしのような爽やかな香りと焼き尽くされるような熱が通り抜けた。
「――――で、どうよ。とっとと終わらせちゃってくんない?」
佐藤は事も無げといった風に言い捨てながら、恥辱に唇を噛んだ。
何故自分がこんな目に遭わなければならないのか…………胸が張り裂けそうになる。
そんな佐藤を見下ろしながら、大泉は小瓶をテーブルの上に置いた。
「……………結構ですよ、お姫様。但し、とっとと終わらすなんて無理を言っちゃあいけません。」
突然佐藤を強引に抱きかかえる。最近では大分慣れたが、それでも女のように抱き抱えられると佐藤は屈辱感を心の内に呑み込むことが出来ずにいつも抗ってしまう。
そんな事にも動じず、大泉は広いベッドの上に佐藤を抱え降ろしてのし掛かりながら言った。
「たっぷりと……………一晩かけて可愛がってあげますよー…………」
獣のような四つん這いで、佐藤はシーツに顔を埋めていた。
大泉はさらけ出された部分を舌で丁寧に舐め回しては佐藤の様子を楽しんでいる。唾液をたっぷりと含ませて差し入れるだけで、ひくりと奥底が蠢く。
他の部分には一切手も触れず、執拗にその部分のみを責め立てていた。
「………ぅ…………く…っ……………」
シーツを噛んで耐えようとしても堪え切れずに漏れ聞こえる声は、かえって淫靡な雰囲気を醸し出す。
佐藤の、身体の割りにはやや長めの腕が苦しげにシーツにしがみつくように握り締めていた。
大泉の唇はやがて門渡りの部分へと移動し、更には二つの袋を代わる代わる口に入れては舌を這わせた。
「…………ん…………ぐ…っ…………」
びくりと跳ねた身体からゆっくりと力が抜けていく。
くちゅくちゅと卑猥な音が響くたび佐藤は尚更シーツに顔を押し付けて必死で堪えようとするのだが、あの日から大泉の思うままに慣らされてきた身体は貪欲に快楽を欲していた。
意思とは逆に佐藤の分身は鎌首をもたげるようにそそり勃ち、割れた腹筋に今にも届きそうな勢いを見せていた。
「――――――舐めて欲しくない?」
大泉がついと唇を離し、垂れた唾液を手の甲で拭ってから声をかける。佐藤は何も言わず黙ってシーツを噛みしめる。
「相変わらず……………お強請りとか、ち〜っともしてくんないもんなあ……佐藤さんてば。」
がっかりしたような声色でちゅっ…と音を立てながら双丘の狭間に口付けると、佐藤の細腰を掴んで無理に仰向けにさせる。
佐藤は思わず両腕で顔を覆った。
気がふれてしまいそうな程の恥辱と屈辱が佐藤を押し潰そうとする。
涙は両目から止めどなく溢れ出た。両腕を交差させるように顔を覆いながら、佐藤は声も上げずに泣いていた。
大泉はと言えばそんな佐藤を舐めるような視線で見つめながらも、閉じていた両膝をぐいっと力づくで開かせその中心で息づいているものをじっと見つめながら口を開いた。
「…………顔さあ、隠さないでや。しっかり自分の目で見てないと俺、怒るよー。」
ぎょろ目でちらりと一瞥しながら言い放つと顔を近付け、大泉はねっとりと舌を這わせてみる。
言われたとおり渋々ではあるが両腕を顔の前から外し、涙目でその様子を見ていた佐藤の口から、何とも言えない吐息が漏れた。
ちろちろと舌で擽りながら形をなぞるように大泉の唇が這い回り、やがて先端部分を口に含んでやる。
アイスキャンディーでも舐めるかのように口から出したり入れたりするだけで、佐藤は小さく震えながら甘い声で啼いた。
舌先で鈴口をつつくと透明な蜜がとろとろと溢れ出してくる。それを音を立てて吸い上げ、大泉は本格的に佐藤のものを口に含んで顔を上下させた。
「…………う…っ…………あ…………は…あ…ッ………………や……………」
大泉の口の中であっと言う間に昇り詰めていく。
大泉はこの時の佐藤の様子が好きだった。
多分佐藤は絶対に達しないように堪えているのだと思われる。だが手や口で愛撫されるだけで、佐藤の身体は実に素直な反応を見せてくれる。
そうしていつも呆気ないくらいに簡単に昇り詰めては、堪えきれずに暴発してしまう。
そんな時の混乱した佐藤の表情は絶品としか言い様がなかった。
今日もいつもと同じように佐藤はしどけない表情で絶頂を迎え、大泉の口の中に白いものを吐き出した。
大泉は中に残る最後の一滴まで吸い出してから、ゆっくりとそれを飲み下す。
正直なところ青臭くて苦い。抵抗がなかったわけでもないが、何となく佐藤のものなら全てを飲み尽くしてもいいような気がして、結局いつも吐き出すことなく自分の胃の中に納めてしまう。
「……ごちそうさま。」
少しだけ口から溢れてしまったものを指先で拭ってしまうと、まだ開放感と恥辱の狭間で混乱しているような佐藤の上に覆い被さった。
このままいつものように挿入されるんだろう…と、まるで他人事のように漠然と大泉を眺めていた佐藤の身体はふわりと持ち上がった。
大泉が上半身を抱き抱えて起こしていた。
向かい合わせで膝の上に跨がされる格好で、佐藤はそのまま背中を抱き締められている。
「佐藤さん………ちょっと軽すぎだなー。いっつも思うけど。」
大泉が首筋に唇を押し当てながら呟いた。
「―――――うるせえよ。」
佐藤はぶっきらぼうに答えたが、その後に胸の突起を啄まれて小さな声を上げた。
ぴちゃぴちゃとわざと音をたてて美味しそうに突起をしゃぶる大泉を、佐藤はただ為すがままに受け入れた。
今までこんな状況で何度も逃亡を企てては見事に失敗した経験が、ともすれば全力で逃げ出したくなる気持ちをどうにか抑え込んでいるようだった。
大泉は佐藤の身体に手を回し、その綺麗なラインを確かめるように撫で回した。
細くても胸元や肩、二の腕にはしっかりと綺麗な筋肉が付いた身体はやや逆三角形を形作り、腹筋はうっすらと綺麗に割れている。
それらを時に優しく時に荒々しくなぞり、滑らかな肌の感触を楽しむ。
次第に佐藤の息が荒くなる。
慈しまれるように愛撫され続けた今、佐藤の身体はすっかり大泉の行為に慣らされていた。
自分の意思など関係なく、ほんの少しの刺激で一気に熱くなってしまう。
あの夜、大泉が望んだ通りに。
指先にたっぷりローションを塗りつけ、佐藤の双丘に滑り込ませた。膝の上に跨っているため、侵入は容易い。
くち…と音を立てて指が呑み込まれると、佐藤の身体がびくりと跳ね上がる。
「………ふ…っ…………ぅ…………あ………………」
ゆっくりと掻き回すと佐藤のそこがひくりと蠢く。まるでもっと奥まで呑み込みたいと言わんばかりに。
少し入れては掻き回し、頃合いを見てはもう一本増やす。佐藤の奥底はその度にきゅっと大泉の指を受け入れては艶めかしく蠢いた。
甘い疼きが佐藤の身体や理性を蝕み始める。
いやらしい水音をたてて中を掻き回されるたび、背筋にぞくりと甘い痺れが走る。奥底から得体の知れない喜悦が込み上げてきて、気が狂いそうな気持ちの良さに苛まれた。
何かに縋り付きたくて大泉の身体を両手で引き寄せ、必死でしがみつきながら身体を震わせた。
自分が今どんな痴態に興じているのか――――――身体の奥まで陵辱されて快楽を得ているのか。
そんな屈辱感と本能的な快楽との狭間で、佐藤は徐々に呑み込まれていく。
大泉の指が敏感な部分を捉えてやんわりと弄んでは離れる。そんな事を繰り返すと、佐藤はぎりっと大泉の背中に爪を立てて背を仰け反らせた。
「や……っ…………や………だ……っ……ぁあ…っ………………」
白い肌が薄い桜色に染まる。
達しそうで出来ないもどかしさに涙を滲ませていた。
「―――悪い、焦らしちゃったか。」
そう言うと散々中を嬲っていた指をいとも簡単に引き抜いて、自分の猛った雄を入り口に押し当てた。
「佐藤さん………腰、ちょっと浮かしてみれや。」
力の入らぬ脚でどうにか少し浮かし、押し当てられたものを感じながらゆっくりと腰を落とすと熱くて固いものが自分の中に押し入ってくる。
その圧迫感に呻きながら、大泉の肩に縋り付いた。
大泉は片手で佐藤の腰を持ち、もう片方は自分のものを支えて佐藤の奥へと押し入った。
きつくて狭いその部分がまとわりつきながらひくひくと蠢く。
自分の上にしゃがんだ上体で跨って雄の部分を受け入れている佐藤の姿を目で楽しみながら大泉がやや上体を後ろに倒すと、雄をくわえ込んでいる部分がよく見える。
「なあ……佐藤さん、ちょっと動いてみれや。」
大泉の言葉にぎゅっと唇を噛んだ佐藤だったが、慣れない動きで腰を上下させる。
その度に結合部からは、ぐちゅ…くちゅ……と音が漏れた。
肌がますます赤みを帯びる。
佐藤の下腹部で、先程精を放ったばかりのものが再び脈打ちながら息づいていた。
時折苦しげに震えては、先端から蜜を垂らしている。
―――――もっと感じさせたい。
今のままでも充分佐藤は感じているのだと思う。だがどうせならもっともっと乱れさせたかった。
「いいよ、もう。疲れたべ。」
佐藤の動きを制し、頬から滴り落ちる汗を掌で拭う。
戸惑う佐藤を抱き締めながらそのままゆっくりと押し倒し、上にのし掛かってそのまま深く奥まで突き上げた。
こうやって奥まで楔を穿つたび、大泉は得も言えぬ充足感に満たされる。
佐藤の全てを手にしたような満足感を覚えながら、征服欲のおもむくままに全てを貪り尽くそうとする。
この行為の奥深くに潜む己の感情になど気付くことなく。
佐藤の吐息が切なげな喘ぎに変わる頃、大泉は一旦己の分身を中から引き抜いた。
「………え…?…………………な…………ん…っ……………」
突然中断されて佐藤は苦しげに身じろいだ。中途半端なままで放置されることは、手酷く犯されるよりも辛いことだった。
大泉の長い腕がするりと伸ばされ、華奢な身体を俯せにさせる。膝を立てさせ、大きく脚を開かせてから大泉は再び佐藤の中に押し入った。
「……う……ッ……………あ…………」
ずぶずぶと再び埋め込まれていく雄の感触を感じながら、佐藤は無意識に大きく息を吐く。こうするとより深く繋がる事を既に佐藤の身体は覚えているようだった。
再び重なった部分に大泉はローションを上から垂らしてより滑りを良くすると、一気に激しく突き上げ始めた。
「…………ちょ…っ…………や…………ぁ…………は…あ…………………」
狂ったように中を陵辱され、佐藤の腕がシーツの上でのたうち回ってはしがみつく。
中を抉るように掻き回しては小刻みに腰を打ち付けると、佐藤が身体を仰け反らせながら悲鳴を上げ始めた。
何も触れられていない佐藤自身が腹に付きそうなほどに反り返っては大量の蜜をその先端から迸らせ、シーツにみるみる染みを作っていく。
「……や………だぁ…っ…………何だよ………こ…れ…………ッ………………………」
びくんと身体を震わせながら、涙声で佐藤が呟いた。
「―――――ところてん……って佐藤さん、もしかして知らなかった?」
嬉しそうに背後から囁くと、大泉は佐藤の敏感な部分を今度は丁寧に抉っていく。
佐藤は苦しげに喘ぎながら、突き上げられる度に溢れ出る液体に混乱を隠せないようだ。
「凄えわ………佐藤さん。どんどんえっちな身体になっていくねえ…………」
そんな言葉に刺激されたのか、佐藤は反射的に前へ逃げようとする。まるで匍匐前進でもするように。
「………ばーか、逃げられるかって。」
細腰を掴んで引き寄せて楔を穿ったまま、佐藤の身体を背後から抱き締めて抱え起こした。
泣き喚く佐藤をしっかりと抱え、今度は後ろ向きで膝の上に乗せて両膝の裏を抱え込んで下から突き上げ始めた。
卑猥な水音を響かせて大泉は佐藤の身体を下から揺らし続けながら、大泉が佐藤の耳元でそっと囁いた。
「佐藤さん…………目を開けて、前を見て………」
言われるままに瞑っていた瞼を開けるとすぐ、天井まである大きな窓ガラスと豪奢なカーテンがその目に飛び込んできた。
よく磨かれた大きな窓の向こうには宝石のように煌めく夜景が広がっている。
朦朧としながら見つめた佐藤の網膜に、ようやく大泉の言葉が差す光景が映し出されると、佐藤は愕然とした。
今の自分達の痴態が全て、夜を溶かし込んだ窓に反射してくっきりと鏡のように映し出されていた。
「……やめ…っ…………や………ぁ…ッ………」
大泉の太股にわざと爪を立てて抗いながら身を捩っても、背後からの拘束は少しも緩むことはない。
むしろそれに刺激されたかのように大泉は佐藤の中を抉り続ける。
「見える? あんたのお尻………俺のを美味しそうに呑み込んでるよ………えっちだね。」
そんな言葉を大泉が囁く度に佐藤は渾身の力で逃げ出そうと抵抗を試みる。勿論逃げられるはずもなく、杭を穿たれたまま奥底をひくつかせては、かえって大泉を悦ばせるような様だ。
「………佐藤……さんの中…………なーまら…すげ…え……………俺もそろそろ……やべえかも…………」
大泉の息遣いが荒くなる。
両膝を改めて掴み直すと、激しく小刻みに腰を打ち付けては掻き回した。
佐藤の口からも途切れなく喘ぎ声と悲鳴が上がり、びくびくと身体を震わせている。
「……………ここ………………あんた、好きだよね…………………なまらえっちな声で……啼くんだもんなぁ……」
ぎりっと太股に爪が食い込む。
「…ぁ………あ…………やだ…っ…………もう……………たす…………………………け………ッ……………」
ぐいっと奥の奥まで深く貫いた瞬間、身体を仰け反らせて勢い良く白い精を飛び散らせる佐藤の姿が鏡と化した窓に映し出された。
それはまるで風花のように可憐に舞い上がり、正気を失いかけただ呆然と大泉に背を預けている佐藤の白い肌の上に降りそそいで、ゆっくりと滴り落ちていった。
「やあ、音尾くん。今日も元気にハナレ目かなー?」
週明けの月曜の昼過ぎ、何やら難しい顔をしてPCと睨めっこしていた音尾の後頭部を軽く叩きながら大泉が楽しげに声をかけた。
この日は朝から直接仕事に出向き、こんな時間に出社してきた大泉だ。
「あ、おはよ〜大泉ぃ。」
くるっと振り返った音尾が叩かれた後頭部をさすりながら笑う。
「んー…結構結構。しっかり働いていますな………って、あれ?」
思わず回りをくるっと見回す。元々人数が五人しか居ない上に特殊な業務を生業としているため、広い総務のブースから思いっきり隔離された場所に狭い部屋を与えられているので見渡さすまでもなくすぐに全体の様子は把握できるのだが、わざと大泉は大仰に顔を左右に振って確認する。
「他のみんなは……なした? お前しか居ねえの? 珍しいねー。」
狭いとはいえ音尾だけしかしない室内は流石にぽつんと寂しい雰囲気が漂っている。
「え? ああ、課長はついさっき昼ご飯で出ていったわ。森崎さんは……調査で出掛けた。」
音尾がPCの画面から目を離さずに言う。
「――――佐藤さんは?」
大泉はぶっきらぼうに言いながら自分の席にどさりと座り、自分のPCを起動させる。
「佐藤さんは何か休むって言ってたよ。体調が優れないとか何とか。」
それを聞いて大泉は内心ひやっとする。
金曜の夜から土曜にかけて大泉は佐藤を休ませることなくその身体にのし掛かっては思う残分欲望をぶちまけていたのだから。
……………やべぇ、やりすぎたか。
そんな事を思いつつ、思わず週末の痴態を思い出して思い出し笑いをしてしまう。
「大泉ってば何にやついてんのさ? 変なやつぅ。」
怪訝そうな顔で音尾が呟くが、大泉はそんな事も気にせず佐藤との情事を回想しては口許に小さな笑みを浮かべていた。
だが佐藤はあれから体調が悪いと仕事を休み続け、気が付けば一週間が経っていた。
何度かメールをしてみたが佐藤は「具合が悪くて起きることも出来ない」と返してくるのみで、詳細は書いてこない。
それほど体調が悪いのなら電話は止そう……と控えていた大泉も、流石に気が気ではない。
そんな大泉に、普段は滅多な事では話しかけてこない安田係長が声をかけてきた。
「大泉君………ちょっと…………」
相変わらず必要な言葉すら少ない。おまけにぼそぼそと喋るのでどうにもじっとりと暗い雰囲気が漂い出す。
狭い二課の奥に設えてあ更に狭い会議室に入った安田を追って大泉も入り、扉を静かに閉める。
「なんスかー、安田さん。」
帰り支度をしていた大泉に、安田は日焼けサロンで懸命に焼いたと思われる黒い顔を向け、やや真剣な面持ちで言葉少なに話し出した。
「…………佐藤君の事なんだけど……………」
「佐藤さんがどうかしたんですかあ?」
あくまでもただの同僚。そんな感じでさらりと言いのけながらも、大泉の内でびくんと心臓が跳ねた。
「………………あー……きみに頼みがあるんだよねぇ………」
はっきりしない物言いで安田は顔をぼりぼりと掻いている。どう考えてもこの男があの凄腕の「特命係長」だとは思えないが、いざとなればがらりと人格が入れ替わるらしい。
「佐藤君がね……………辞めたいって言ってんだよねぇ。」
大泉の表情が普通の人間には気付かれない程ほんの僅かに歪んだが、安田はそれを見逃さなかった。
「………………そう、きみのお気に入りの佐藤君がさぁ…………」
大泉は努めて冷静な表情を作り、安田を真っ正面から見る。
「―――――お気に入りじゃないですよ。どっちかっちゅーとああいう優男は俺、大っ嫌いですもん。」
事も無げに言い捨てるふりをしながら、大泉は口から心臓が飛び出そうな程に驚いていた。職場ではそんな素振りなどしたこともなかったからだが、安田は口許に意味深とも取れる笑みを浮かべながら先を続けた。
「うん……いや、それはいいんだけどね………今、彼に辞められると困るんだよ。ただでえ人が少ないところに、せっかく最近いい仕事をするようになってきてるしさぁ……勿体ないんだよねぇ………」
珍しく沢山言葉を続けて疲れたのか大きく深呼吸をする安田。
「………ああ、いっぱい喋ると体力使うなあ……………いや、それはまぁいいや…………………でさぁ。」
ぶつぶつと不気味に呟きながら肩で息をしている。
「きみ、ちょっとこれから佐藤君を説得しに行ってくれないかなぁ………」
途端に大泉がくるりと背を向けて扉に手をかけた。
「お門違いですよ、安田さん。何で俺がわざわざあいつんちまで行かなきゃならんのですか、馬鹿馬鹿しい。」
立ち去ろうとする大泉の背後から安田が尚も続ける。
「………きみの言うことなら聞くと思ったんだけどなぁ…………あんなにダメダメだった佐藤君をあそこまでにした大泉君なら、彼を説得出来ると思ったんだけど…………」
成る程、そう言うことか――――と、大泉が立ち止まる。
「特別手当出すからさぁ………どう、行ってくれない?」
ちらりと安田の方に顔を向けながら、大泉が口許に笑みを浮かべた。
「幾ら――――出します?」
午後七時過ぎ、大泉は佐藤の部屋の前に立っていた。意外とちゃんとしたマンションに住んでいる。
もっとボロボロの小さなアパートか下宿にでも居るのかと思っていた大泉は、拍子抜けしながらインターフォンを鳴らした。
ドアスコープの死角にになる位置に立ち、再度鳴らすと中から佐藤の返事が聞こえた。
「佐藤さんにお届け物でーす。」
暫くすると鍵が外れる音がして、扉が開いた。
「ちわーっ……判子頂けますか〜?」
半分開いた扉の奥の顔が蒼白になり、慌てて扉を引っ張ったが鈍い音がした。
「……判子頂けないと帰れませんって。」
扉の隙間にすかさず足を突っ込んで閉まらないように小細工していた大泉が、動転する佐藤を押しのけるようにするりと中に入り込んだ。
「………………な…っ……………おま………………っ…………」
あまりにも突然のことに佐藤は言葉も出ない様子だが、大泉は構わず中へと押し入る。
「おっ邪魔しま〜す! うわ、何だこの部屋………」
室内はまあまあ整頓されているが、何やら乱雑な雰囲気が否めない。
それもその筈、室内には所狭しとアニメのロボットなどが配置され、大切そうに飾られている。そう言えば初めて佐藤を搦め手に落とした夜、楽しげに食事をしながらそんな話をしていたような気がしたが、あの時の大泉はその後の事が気になって佐藤の話など殆ど上の空だった。
「何しに来たのよ、大泉………」
部屋の入り口に佇みながら、佐藤が不機嫌そうな声で呟く。
見れば体調が悪いと言うわりには元気そうだ。色褪せたTシャツとトランクスといった格好で、髪はぐしゃぐしゃな上に眼鏡姿の佐藤は昔の面影を思い起こさせた。
「何って…………仕事だよ、仕事。あんたが辞めるなんて言い出すからうちのボスが困っちゃってねー。」
フローリングの床にどかっと座り込み、自慢の長い脚で胡座を組んだ。
「あ、そうそう差し入れ。佐藤さん、調子悪いって言ってたからスポーツドリンクとかお茶ばっかりだけど。」
コンビニのビニール袋をひょいと掲げて立ち尽くしている佐藤に話しかけながら、その中の一本を取り出して早速口を付けた。
如何にも美味そうに中身を飲む大泉を冷ややかに見つめながら、佐藤はただ黙って立っている。その表情は怯えているようでもあり、怒っているようでもある。
半分くらい飲んだところでようやく佐藤が口を開いた。
「…………辞めるって言ってんだから辞めるよ、俺は。もう二度とお前と一緒に仕事する気はない。だからさっさと帰ってくれ。ここから出てってくれ、大泉!」
鈍い音をたてて壁を拳骨で殴り、佐藤が言葉を荒げた。だが大泉もそんな事では動じない。
「いや、認められないっちゅーてんだから諦めれって。」
つらっとした顔で言いながら、再びペットボトルに口を付ける。
佐藤は暫く大泉を見つめていたが突然つかつかと近付いてきて、大泉のネクタイを握ると力任せに引っ張った。
首を絞め上げられて身動きの取れなくなった大泉の顔を覗き込んで、鼻と鼻が接触するくらいの近さで佐藤がその目を見据えた。
「…………もう、お前の言うことは聞かねえ。バラしたかったら勝手に何処へでも誰にでもバラしやがれ。」
切れ長の目は酒にでも酔ったようなくすんだ色合いで大泉の目を真っ直ぐに覗き込んでくる。
全てが予想外だった。
佐藤が本気で自分に反抗するなど――――――想定外だった。
気が小さくて弱々しい、いつも泣き喚いてばかりの佐藤にそんな気概など有るはずもないと思っていた大泉にとって、この反乱は青天の霹靂といったところだ。
「佐藤……さん…………?」
慌てて両手で襟元に手をやり、容赦なく首を締め上げてくる手を掴みながら呟いたが、佐藤は尚も手を緩めない。
「………苦しい? 大泉。俺は今までお前にもっと酷いことされてたんだけどさあ………同じ事してやろうか?」
佐藤の目に微かな狂気を感じて思わず背筋に冷たいものが走った。
大泉は初めて自分が同じ恐怖を佐藤に与え続けていたことを実感した。例え今佐藤が本気で自分にのし掛かってきたところで、体格差で容易くひっくり返す事は出来る。
だがこの瞳に宿っている不吉な光に本能的な恐怖と戸惑いを感じずにいられなかった。
そんな困惑の様子を感じ取ったのか、佐藤の手からふっと力が抜ける。
「……………しねえよ。お前じゃあるまいし。」
嘲るように言い捨て、すっと身体を離した。
「帰ってくんないか………………とにかく俺、もう戻る気ないし………………」
どこか寂しげな口調で呟くと、力なく床に座り込んでしまう。
大泉もその場にへたり込んでいたが、襟元を緩めて少し咳き込みながらも口を開いた。
「佐藤……さん……………あの、さ………」
佐藤は視線を床に落としたまま、動かない。
「本気で…………………辞めんの?」
自分で吐き出したその言葉に突然実感が沸いてきて感情が制御しきれない。何とも言えない焦燥感が胸の内から沸き上がってくる。
「俺、今まで確かに…………あんたに酷いことしてきたわ。だけど……………」
自分が何を口走っているのか解らなくなる。頭は混乱しているのに、勝手に言葉を紡いでいる感じがする。
「だけど俺……………本当は脅す気なんかなくて……………」
何が何だか解らないまま突然身体が動いた。まるで何物かに突き動かされでもしているかのように。
少し離れた場所に座り込んでいる佐藤に近付くと、気が付いたらその身体をきつく両手で抱き締めていた。
今まで何度も何度も抱き締めては慈しむように愛撫してきたその身体は、もはや腕の中にしっくりと馴染んで汗の匂いすら芳しく感じる。
目の前にある白い首筋にはほんの一週間前に残した情事の跡がまだうっすらと淡い色合いで残されていた。
愛しくて、ただ可愛くて、夢中で付けたしるし。
自分のものだと主張したくて、シャツの襟元からでも覗くくらいの位置に幾つも幾つもきつく吸い上げて残した刻印が、今はただ悲しかった。
腕の中の佐藤が身を強張らせて震えている。
今まで数ヶ月をかけて自分のしてきた結果がこれなのだと、思い知らされた。
手に入れた筈の蝶。きらきらと輝く羽根を愛でているだけのつもりだったのに、気が付けば蝶は息も絶え絶えの状態になっていたのだ。無惨に毟られたぼろぼろの羽根をばたつかせながら。
「――――――ごめんな…………本当、ごめん。」
ただそう呟くしかなかった。
震える佐藤の髪を撫でながら、大泉は胸の奥が熱くなるのを感じていた。
「怖い思いさせて…………酷い事して、本当に…………………」
今頃になって気付くなんて。
ずっと、遊びだと思っていた。ただお気に入りなだけの愛玩動物のようだと思い込んでいた。
思うままにに調教して、快楽に溺れていく姿が見たいと―――そう思っていた。
本当の気持ちには気付かないフリをして…………恐怖で縛り続けたまま、弄んでいた。
――――――本当はとても大事に思っていたのに。
最初から…………蛹から抜け出たように輝き始めたあの日からずっと魅せられていたのに、気付かないふりをして自分の心に目を瞑っていた。
今になって気付くなんて―――――。
大泉は何度も何度も佐藤の髪を撫でながら、呟いていた。何度も謝罪の言葉を口にし、抱き締め続けた。
これがきっと最後になるだろう、この腕の中に抱き締められるのは。
そんな事を思うとどうしても思いを断ち切れずに……………その手を緩めることが出来ない。
込み上げてくる苦い思いが胸一杯に広がる。
こんなにも好きになっていたなんて――――――自分の間抜けさを呪いたいくらいだった。
ちゃんと気付いていれば、そしてちゃんと想いを伝えていれば……こんな事にはならなかったのかもしれないのに。
大泉は溢れそうになる涙を必死で堪え、ようやくその腕の力を緩めた。腕の中の佐藤はまだ小刻みに震えている。
無理もない事だ。今まで散々、心も身体も無理に縛り付けて意のままにしていたのだから。
大泉はしゃくり上げそうになるのを懸命に呑み込み、大きく息を吸ってから時間をかけて吐いた。
どうにか心を落ち着けて身体を離し、ゆっくりと自分に言い聞かせるように言葉を紡ぐ。
「………あんたが辞めることない。俺が全て悪いんだから……俺が辞めるわ。」
目の前の優しいオレンジ色の髪をもう一度撫でようと手を伸ばして………思いとどまる。
もう、髪の毛の一筋たりともこの身体に触れてはいけない。
未練だな………と思わずやるせない笑みを浮かべた。
「………………信じてくれんかもしらんけど、俺……佐藤さんの事……………」
言いかけて、その先を呑み込んだ。
伝えたところでどうなるものでもないのは解っていた。
「………勝手に上がり込んで…すまんかった。じゃあ……………………………元気で。」
のろのろと立ち上がり、しゃがみ込んだままの佐藤に背を向けて玄関へと向かう。
本当は今すぐにでも駆け寄ってその場に押し倒してしまいたかった。滅茶苦茶に抱き締めて、一晩中その身体を抱き締めていたかった。
でももうそれは許される事ではない。
自分だけが満たされるだけで、佐藤の心を壊してしまだけなのだと解ってしまったから。
溢れてこぼれ落ちそうになるものをどうにかやり過ごし、大泉は扉に手を掛けた。
鍵を外し扉を開ける。マンションの廊下は薄暗い蛍光灯でぼんやりとしている。
一歩右脚を踏み出したとき、背後でもの凄い怒鳴り声が聞こえた。
咄嗟に、佐藤が切れたのだと解った。
そりゃあそうだ、今まで散々酷い目に遭ってきてんだからこれだけじゃあ気が済まないよな………。
そんな事を思いながら足を止めた。後ろから刺されるのならそれも悪くない。
だがいつまでたっても背中に痛みは走らない。
怪訝に思いそっと後ろを振り返ると、佐藤は玄関まで出てきていた。
泣き腫らした赤い目で、しゃくり上げながら立っている。
「――――――ふざけんな大泉!」
佐藤が叫ぶ。深夜ではないが流石に近所迷惑なので、開けていた扉を静かに閉めてから佐藤の方に向き直った。
正面から刺されるなら………顔を見ながら死ねるから、それもいいかもしれない。
そう思いながら佐藤を見つめた。
「お前一体何考えてんのよ!? …………ふざけんなや!!」
佐藤の顔は涙でぐしゃぐしゃだったが、それでもやっぱり大泉には愛おしく感じられた。
「お前いっつも自分勝手で強引で最低だったくせに………何で今になっていい人ぶってんだよ! ふざけんな!!」
言うと同時に近くの壁を拳で叩き、もの凄い音を響かせる。
「…………ああ………そうですよねぇ。今頃謝ったって、遅いですよね…………」
やはり佐藤の気が済まないのだろう………そう思いながら大泉は笑みを浮かべると佐藤の顔色がより蒼白になる。
「―――――――――――大泉ッ、てめえ!!」
唇をわなわなと震わせながらそう叫ぶと、佐藤はつかつかと近付いてきて大泉の襟を掴んで捻り、ぐいっと自分の顔の前に引っ張った。
背の高い大泉がやや屈み腰になると、噛み付かんばかりの勢いで顔を近付けて見据える。
「お前マジでむかつくわ……何で今日に限ってそんな態度よ? そんなしおらしい顔して謝ったりすんじゃねえ!」
佐藤の手に力が込められ、大泉の顔が引き寄せられた。
佐藤は襟元を掴んでいた手を離すと両手で大泉の顔を挟んで額と額を思い切りよくぶつけてきた。その反動で佐藤の眼鏡が吹っ飛んだが、佐藤は臆することもなく鼻面を付き合わせてくる。
息がかかる位の距離で暫く微動だにせず、二人は固まったままお互いを見据えていた。
大泉の目と鼻の先に佐藤の真っ赤な目があり、黒々とした睫毛には涙のしずくが幾つも飾り付けたかのように乗っている。
愛しくて、抱き締めたくてそっと両手を肩に伸ばしたが………触れる事は出来なかった。
ここで抱き締めてしまえば、また同じ事を繰り返すのだと自分に言い聞かせる。
どうして良いか解らずに佐藤の顔を見つめていると、佐藤が大泉の顔を凄い力で締め付けてくる。
「………………ふざけんな……………マジでふざけんな……ッ………」
赤い目をさらに赤くさせて佐藤が振り絞るように小さく叫ぶ。
「お前………さんっざん…ひとを振り回しといて、いきなり『ごめんなさい、さようなら』って、どうしてくれんのよ…………俺の事なんてひとっつも考えてねえべ!」
佐藤の言葉の一つ一つが大泉の罪悪感をかきたてた。返す言葉が見つからなくて、大泉は唇をやんわりと噛みしめる。
「………………佐藤さん………」
もはや顔を見るのも辛くてゆっくり目を閉じると、佐藤の手が大泉の顔の両脇から離れた。
殴られても蹴られても構わなかった。刺されようが首を絞められようが……覚悟は出来ている。
静寂の中で佐藤の息遣いだけが耳に響いた。佐藤はまだすぐ近くにいるようだ。
佐藤の寝息を聞きながら眠るのが好きだった事を思いだして、ふと胸の奥に再び熱いものが込み上げてきたその時、首筋に指先が触れるのを感じた。
親指が喉仏の辺りを押さえつけ、ぐっと力が込められたが――――すぐに力が抜けた。
躊躇っている様子の佐藤に、思わず大泉が声をかける。
「―――――いいんですよ………一気に力を篭めても。」
そう言った途端、指先はするりと離れてしまった。
戸惑う大泉の首筋に再び何かが巻き付いた。今度は佐藤の両腕だった。
がっちりと巻き付いてきた腕と頬に押し当てられた髪の毛の感触に何事かと驚いていると、佐藤が耳のすぐ間近で叫んだ。
「…………出来ると思ってんのかよ!」
もの凄い力で首に縋り付いている。
「……………………出来るわけ……ねえんだよ………………」
佐藤は微かに身体を震わせながら、大泉の癖毛をひっつかんで抱き寄せる。
「……………俺ばっかり……………………馬鹿みてえ…………………」
「………佐藤………さん?」
どうしていいのか解らずにうっすらと目を開けた。佐藤は大泉の髪の中に指を差し入れ、しっかりと抱き締めてくる。
その力強さと温もりに負けるかのように、あれほど自らに触れることを禁じていた筈の大泉が震える手で佐藤の背中に手を廻し、静かに力を篭めて抱き締めながら日差しを溶かし込んだような柔らかな色の髪をそっと手で梳いては撫でた。
「……………何で止めねえんだよ。いつもみたいに無理矢理にでも言うこと聞かせればいいじゃねーか………なのに何であっさり諦めんだよ…………………」
佐藤の口からこぼれ落ちた言葉が大泉の胸にじわりと忍び込む。
それはまるで意図していた事と正反対で………大泉はなかなか信じられずにただ呆然としていた。
そんな大泉に痺れを切らしたのか、佐藤は強引に顔を近付けてきて自ら唇を重ねた。
唇に噛み付くような少しばかり強引な口付け。
佐藤の舌が不器用に大泉の口腔を割り入り、辿々しく舌が絡んでくる。
無我夢中といった感じで唇を重ねてくる佐藤が愛しくて、気が付けば大泉は両腕できつく佐藤の身体を抱き締めていた。
今のこの瞬間が夢か現実なのか解らなくなっていたが、もうそんな事はどうでもいいとすら思っていた。
ゆっくりと唇を離すと、佐藤は思いっきり困惑した表情で大泉から顔を逸らした。
「………佐藤さん………どうして……あんた……………………」
髪を撫でながら耳元で囁くと、びくっと佐藤が震える。
「………………続き。」
大泉の肩に顔を埋めながら佐藤は本当に小さな声でそう言う。
「……続き?」
何の事だか解らずに小さく聞き返すと、佐藤は微かに聞き取れるくらいの小さな声で呟いた。
「…………お前がさっき言いかけて……止めた言葉の続き…………聞かせてよ。」
ぎりっと大泉の髪を掴みながらそう言って、しがみついてくる。
大泉は心臓が口から出そうな勢いで高鳴るのを感じながら、嬉しさと困惑の余りどうしていいか解らずに硬直していた。
まさかそんな言葉が佐藤の口から漏れ出てくるとは思ってもいなかった。ほんの少し前まで、殺されても仕方がないと覚悟を決めていたくらい、佐藤に憎まれていると思っていたのだから―――――。
「さっきの続き……………言っちゃっても………いいのかい? あんた……後悔しない?」
どうにか言葉を吐きだしたが、動悸が激しくて呼吸すら苦しい。
この先を言ってしまってもいいのかどうか、自信がなかった。
そんな大泉の心をさらに掻き乱すように佐藤がそっと呟く。
「…………言ったら…………………………今までのこと全部チャラにしてやってもいい。」
佐藤の指先に力が入った。
大泉の両腕にも力が籠もる。
高鳴る心臓の鼓動を抑え、ゆっくりと何回か大きく呼吸をした大泉は静かに、そしてしっかりと耳元で囁いた。
「信じてくれんかもしらんけど、俺……佐藤さんの事…………ずっと好きだった……………」
ぴくっと佐藤が震え、肩口に押し当てられていた顔が大泉の顔に向けられた。
「…………『だった』? じゃあ……今は? 大泉……………」
泣き腫らした赤い目だったが、充分すぎるほどの艶を湛えた瞳が真っ直ぐ大泉に向けられる。
ほんの少し唾液で光っている赤い唇が微かに震えていた。
大泉はほんの少し口許に笑みを浮かべながら佐藤を見つめて言った。
「………佐藤さんが、好きです。もう決して泣かしたり酷い事したりしません………だから、ずっと俺の傍に居てください…っ………」
佐藤の顔がふっと緩んだかと思うと、照れ臭そうにそっぽを向いて再び肩口に顔を押し当てた。
「あれ、佐藤さん…………俺にばっか言わせて…………ずるいじゃーないの。」
佐藤は耳まで赤くしながらまだ顔を隠している。
「………いいですよー、そっちがその気なら……………」
突然佐藤の身体を無理矢理に引き剥がした。佐藤が愕然とした表情でいるが、気にせず身体を離したかと思うとあっと言う間に佐藤の身体を抱え上げる。
「あ………っ……ちょ…っ………………!?」
お姫様のように大事に抱えて部屋へと戻り、そっとベッドの上に抱え降ろした。
「ちゃーんと言ってくれるまで、……じっくり体に聞いちゃいますから。」
頬にそっと口付けながら耳元で甘く囁いた。
ますます赤くなっている佐藤をゆっくりと優しく押し倒し、もう一度耳元で囁く。
「…………佐藤さん……………大好き…………」
「そこのお兄さ〜ん、そろそろお昼食べに行きませんかー?」
必死でPCと格闘しながら書類を作成している佐藤の傍を通りかかった大泉が満面の笑顔を浮かべて囁いた。
佐藤はそれどころではないと言った様子で振り向きもせずに「無理!」と断る。
佐藤の隣りに座っていたはずの森崎や音尾も既に食事に行っていた。安田係長は今日は朝から来ていない。
必然的に二人きりになったこり狭い室内で、大泉はやたらと嬉しげにしている。
「一人で行っててよ。俺まだこれ仕上がってないから……」
言いかけた佐藤の顔を大きな手が掴み、すいっと横を向かせてあっと言う間に唇を重ねる。
味わうように何度か重ねてから、今度はその額に口付けた。
「…………一緒じゃないと嫌です。待ってますから、さっさと仕上げちゃって下さいって。」
満面の笑顔でそう告げると、背後からおんぶお化けのように覆い被さった。
「―――――じゃあ邪魔すんな!」
鬱陶しそうに言いながらも払いのけることはせずに、背中に大泉を背負ったまま再び画面に目をやる佐藤。
大泉は幸せそうに後ろから抱き締めながら、時折ミスの箇所を指摘している。
「だあーっ…………うるせえんだよお前は!」
今にも暴れだしそうな佐藤を楽しげにあしらいながら大泉が呟いた。
「いつまでも待ってますよー、佐藤さん。だってずっと一緒に居てくれるんでしょ?」
そう言ってうっすらと赤く色づいた頬に口付けた。
「……………………………………おうよ。」
照れ臭そうに答えた佐藤の首筋には、真新しい赤い跡が襟の隙間から見え隠れしていた――――――――――。
F I N
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* ブラウザを閉じてお戻り下さい *
きっかけは闇日記でした。
ハナタレの安顕企画もののお話を書きたいな〜なんて書いていたわけでして。
で、今回随分とブランクがあって、いざ書こう! と思ったときに
思い浮かんだのがこの企画。
まぁリハビリ程度に簡単に書こうかな〜。。。
なんて適当に考えていたはずなのに
気が付いたらCOMPOSER並の量になってました(笑)
しかもやけに鬼畜風味。
どうしてこんなんになっちゃったかなーと思いつつも少しずつ書き続ける事、実に1ヶ月余り。
そうです、一日10分とか20分くらいでちまちまと書き溜めていたので御座います。
なので文体が途中で変わっていたり雰囲気がころっと変わっていたりしても
温かい目で。。。いや、生ぬるい目で見過ごしてやって下さい(泣)
因みに「美容師の鈴井さん」は昔懐かし『鈴井の巣』の大泉企画『ビューティフルワイフ』を思い出して。。。(笑)
ちらっとしか出てこなかったんですけど印象は強かったんですよね(笑)