LOVER
〜 In you of best TOKIMEKI〜
◇ 1 ◇
LOVERの内容をご存じない方は此方へドウゾ。ごく簡単なあらすじです。
めぐからの連絡が途切れかけていた。
イタリアまで会いに行ったのは、ほんの半年前だったのに。
あの時はまだ、俺達は遠距離恋愛でも大丈夫なのだと信じていた。
いや、実際には信じていたかっただけなのかもしれない。
久しぶりに見るめぐはやっぱり可愛らしかったし、好きだと思えた。会っている間中は、めぐを信じていられた。
だけど、日本に戻ってきてからというもの……めぐからの電話はおろか、メールも手紙すらも途絶えがちで――――俺は一人で不安に苛まれるばかりだよ。
忙しいのは解り切ってる。
あれから一度も日本に戻ってこられないくらい、めぐが新天地での仕事に賭けているのは、俺だって馬鹿じゃないからよく解ってるつもりだ。
会いに行った時だって、お前が忙しい中でなんとか仕事をやりくりして時間を作ってくれていたらしいことは………ちゃんと解っていたさ。
だけどなー、めぐ。
俺はやっぱり傍にいて欲しかった。
遠い国から届くお前の言葉は………決して俺を見ちゃいなかった。いつも夢を追っていた。
それが俺にはやるせなくて。
愛していると思う心は変わらないのに……距離だけが少しずつ、俺らの間に出来ていく。
もう待っていても――――無駄かい? めぐ。
ふうっと溜息を吐き、俺は席を立ちかけた。
ふと横を見ると、仕事を終えた音尾が気持ち良さそうにのびをしている。
「音尾ー…今日、ヒマか?」
「何よいきなり。」
音尾は怪訝な顔をして俺を見た。
「いやー、なんつーかさ。今日は飲みに行きたいなーなんて、ちょっと思っただけよ。」
俺はぼりぼりと頭を掻いたあと、音尾の真似をしてのびをする。両手を頭の上にぐいっと伸ばしてストレッチ。
少しでもこのモヤモヤした気分をうち払いたかった。
「んー、今日かい? 今日はちょっとー………ダメなんだわ。悪いね、大泉。」
「あ、カミさんと子供が待ってる? もしかして誕生日とか結婚記念日ってヤツかい?」
「……そんなんじゃねえよ。」
ちょっと歯切れ悪く音尾は呟いた。
「いやー、無理しなくていいって。可〜愛い『琢子ちゃん』が待ってるなら、早くお帰りやす〜。」
「だから違うって! しかもうちの娘は琢子なんて名前じゃねえって何度も言ってるだろ!!」
音尾は顔を真っ赤にして口を尖らせた。
「…あれ〜、音尾ってば何をそんなに真っ赤になってるの? あ、只今戻りましたよっ…と。」
背後からでかい声で入ってきたのは、シゲだった。
「いやー、こいつん家の琢子ちゃんがなー…」
「だから琢子じゃねえってッ!!」
「おお、噂の音尾にクリソツだっつう『サカナ子』ちゃんか!」
三人が口々に違うことを言っていた。音尾はますます口を尖らす。
「いい加減にすれや、お前等!! うちの子供に勝手に名前付けんなや!! 第一、今日の用事は琢子とは関係ないってぇ!!」
「…………自分で琢子って………」
「…………言ってんじゃん………」
俺とシゲは顔を見合わせてゲラゲラ笑ってしまった。
よし、音尾が都合悪いならシゲでも誘うかー。コイツは女にモテるのを鼻にかけてっとこ有るから、時々鬱陶しいんだけどねー………でもまあ、話ぐらいはちゃんと聞いてくれるだろ。
………多分な。
「………んー……そうだよな。ムツカシイよなぁ、やっぱ。あれっだけ距離があったらさぁ……」
シゲは意外なことに真剣に話を聞いてくれている。それどころか、自分の今の恋愛事情を持ち出してきて、一緒に悩んでくれてる。
なんかすごーく、親身になってるっつーか……自分に置き換えちゃってるっていうか。ともかく話を聞いて貰えるだけで俺は随分と気持ちがラクになる。
「遠距離も遠距離、イタリアだかんなー。最初っから解っちゃいたけどさー、やっぱこう…もどかしいワケよ。」
俺は軽めのカクテルを一口飲んで、ふうっと溜息を吐いた。
「めぐちゃんからはマジで連絡来ないの?」
「来ねえなー、ずっと。メール送っても返事来ねえし、手紙もそう。電話はなんせ国際電話だからね。何回かかけて挫折した……」
「うーんそっかあ………」
シゲも一緒になって溜息を吐く。
「……俺もねえ、最近ダメかなーなんて思っててさあ、彼女と。」
「シゲなんか……今の女が駄目になったって、いっくらでも代わりの子がすぐに見つかるべや。」
あまり人のいない店内は薄暗くて、こういう話をするにはおあつらえ向きだ。 俺達はカウンターに座り、ぼそぼそとそんなことを言い合っている。
「代わりが見つかるのも早いけど、終わるのも早いんだよね…俺。もういい加減、落ち着きてーわ。」
そう言ってグラスの中身をくいっと煽ると、喉のラインが綺麗だった。
「おお佐藤さん、いい飲みっぷりで。」
ぱちぱちと小さい拍手を送りながら、俺はへらへらと笑った。
だってもう、笑うしかねーべや。
男二人して、こんな雰囲気のいい店で……しんみりと上手くいかない自分らの恋の話なんぞしちゃってさー。
でもこういう雰囲気ってのも………悪くはないかもね、なんつーかさ………
そんな感じで飲みに行ってはぼそぼそと語り合うのにすっかり味を占めてしまった俺達は、ついつい週末ともなると二人で感じのいい店を探しては、切々と語り合ってしまっていた。
いい年をした男二人、毎日会社で顔を付き合わせているというのに、毎週毎週飽きもせず一緒に酒を飲んだ。
ふざけて、『また合コンやるか!?』なんて一瞬だけは盛り上がったりした事もあった。
でもやっぱりなんなと無く気が引けて、その話は実現しなかったけど。
3年前にやった合コンの事を、二人とも思い出してしまうからだ。
シゲはあの合コンで、別れた元カノに再会して……気まずかったんだよなー。
俺はめぐとの思い出があの合コンにいっぱい詰まってて……今でも思い出すと切なくなるし。
シゲも音尾も安田主任も森崎部長も、あの合コンで相手を見つけて―――でも結局みんな、別れを迎えた。
めぐの事を忘れて、新しく恋をしようとは思っても、もうあの頃の様に無邪気にときめくことなど出来ないような、そんな気がして仕方がない。
切ない思い出を胸の片隅に残したまま、再び恋愛ごとを繰り返すのは……古傷をえぐり返すような気分になってしまうからかもしれんなー。
俺はほんの数年の間に、あまりにも恋に臆病になったのかもしれない。
そんな事を思いつつも、今はこの気楽な付き合いを楽しんでいた。
音尾は相変わらず忙しいだか何だかで、随分とつれねえし。
安田主任なんかは、最近やけに躁鬱が激しい感じだ。
ずっとハイだなーと思っていると、突然暗くなったりしてる。
もしかしたら主任、あの超絶美人の純子ちゃんを結婚式当日にふっちゃったりしてたけど………その時から既に新しい彼女でもいたんだろうか?
だとしたら羨ましい限りだわー全く…………
躁鬱傾向が激しいっつー事は、片思いの可能性もありって気もするんだけどさ。
シゲはシゲで、結局彼女にはふられたそうで。
俺が相談持ちかけていたのに、いつの間にかシゲが俺に泣きついてくるようになっちゃってる。
クダ巻きながら酒を飲んで、馬鹿話して笑って……
今日もそう。同じパターンだね。
店内は結構混んでいた。
辛うじて空いた席はカウンターの隅。まあこれはこれで落ち着けるから、有り難いかもしれない。
忙しそうに動いているバーテンに適当な酒を注文し、いつものように適当な話をしながら徐々に話は本題へ。
「…でさ、あの女ってばいっつも俺が冷たいだの何だの言ったあげく、勝手に泣き出したりしてさ。結局は俺が悪者扱いよ。」
シゲは相変わらず吹っ切れていないのか、やりきれないように呟いた。
「いやまあ……女っつーのはいつも勝手だって、シゲ。」
自分で言った言葉に俺は少し傷つきながら、笑った。
「………だな。」
シゲもへへっと笑う。
可愛い表情するねー。コイツ。
きっと今までの女も、シゲのこんな表情にくらっときたんだろうなー。なんか無邪気で…子供みたいな顔をする。
普段はきりっとして綺麗すぎるくらい整った顔してるのに、いっきなりこんな顔されちゃあ……落ちるわそりゃ。
そんなことを酒の回った頭で考えていた時、シゲがふと呟いた。
「あーあ。俺、大泉が女だったら絶対に付き合ってるんだけどなぁ…」
突然の衝撃発言に俺は、ぷーっと飲みかけの水割りを吹き出した。
「…おおい、おいおい。何、問題発言してんのよシゲー。」
「だって時々そう思うんだもん、俺。お前は思ったこと―――ない?」
シゲは水割りのグラスを手で弄びながら、尚も言う。
「こーんな面白いヤツだったら一緒にいても飽きないだろうしさー。なんかずっと笑っていられっかもなあ…なんて思ったりするんだよね、俺。」
こっちを見て、またへらっと笑う。その目はとろんとして……何というか……その…………………色気があった。
「お前、酔ってるべ。」
「んー、酔ってるかもなー……」
くいっと水割りを一口煽る。その動きと喉のラインに目が釘付けになった。
「そりゃー………そりゃあさあ、俺だってまあ……その、何だ………………いやーあの………」
俺が何と答えて良いか解らずにごちゃごちゃ言っていると、シゲはにっと口の端をあげて笑った。
「ばーか。マジにとんな。世の中がどうひっくり返ったって、それはねえから。」
けっけっと笑って、とろんとした目で再びグラスを弄ぶ。
―――そう思わなかったなんて事は、無い。俺だって同じ様な事は考えたさ。
シゲは我が儘で子供みたいに馬鹿で、時々手に負えない位意固地な頑固者だけど……俺も負けず劣らず我が儘で頑固者だから、なんとなくウマは合っていると思っていた。
俺だったら、シゲに対してちゃんと向き合ってやれるかなーなんて思ってたさ、そりゃ。
お前に振り回されたあげく、逆ギレしてふるなんて事は絶対にしねえと思うよ。
…………だけど、そりゃー絶対にナイだろ。俺が女だろうが、お前が女だろうが。そんなことは絶対にあり得ないワケで。
酒で半分くらくらしていた俺の意識の中は、今はシゲの事で一杯だった。
こうなると仕草のひとつひとつが気になってくる。つーか、ドキドキしてくる。
くたびれたスーツの下から覗く綺麗な首筋も、切れ長の目も柔らかそうな血色のいい唇も。何も彼もが俺の視線を引き寄せようとしているとしか思えんくらい、艶っぽく感じられてしまう。
―――いかん、末期だ。
シゲにときめいてどうするんだ。
相手はいくら気になるとはいえ―――――正真正銘、男なんだぞ! 大泉洋!!
「どしたのよ?」
シゲはきょとんとした顔で、俺の顔を覗き込んできた。
一旦意識してしまうと、その顔が愛しくも可愛らしくて……俺は自分の顔が赤らんでいるのを感じてしまう。
「茹でダコみたいだな、お前。……飲み過ぎたの?」
小悪魔みたいな顔でにやっと笑って、シゲはぽんぽんっと俺の肩を叩いてきた。
「よっしゃ。今日は帰るべ、大泉。」
仕方が無いなあなんて顔をして、シゲは立ち上がった。
俺はというと、帰りたいんだけど帰りたくない……非常に複雑な心境で。
このまま帰って自分の中の訳の解らない感情にケリをつけたくもあり、さりとてこのままシゲの顔を見ていたい気もするんだよなー、これが。
悶々としている俺を、すっかり酔っぱらったと勘違いしたシゲが寄り添ってきて、背中に手を廻してきた。
余計にドキドキ度が増していく。
心臓はもう、早鐘みたいになっちゃってまあ。
我ながら馬鹿みたいにシゲに対して興奮しちゃってる。
「おーっし、行くよー大泉。大丈夫か? 歩けるか?」
片手を背中から肩に廻してきて、もう片方の手で俺の腕に自分の腕を絡ませてきた。シゲの方が背が低いから、一生懸命手を伸ばしてくれてる。
で、やけに密着しちゃってるぞ、おい。
「あーーーもうッ。でかい赤ん坊か? お前。おら! ちゃんと歩きなさいって、大泉ってばッ!!」
シゲは苦笑しながら俺を抱えて歩きだした。
今更酔っぱらってなんかいないとも言い出せず、俺は酔ったふりをしてシゲにくっついたままだ。
何だかさあ……すげえ気持ちイイ。
どこか切なくって淋しくて、なんつーか居てもたってもいられない感じなのに……でも心があったかいよ。
もうずっと、忘れていたなー……こんな想い。
誰かに触れてるって……こんなにドキドキするもんなんだよな。
タクシーに乗り込む。シートに座ってもシゲは肩に手を廻したままで居てくれてる。
「寝ててもいーぞー、大泉ぃ。着いたら起こしてやっからさ。」
ぶっきらぼうにそう言うのがお前らしいよ、ほんと。
お言葉に甘えて、俺はシゲの肩に頭を乗っけてみた。嫌がるかなーと思ったけど、そのままで居てくれてた。密着したままなので、俺の鼻先を微かなシゲの匂いがくすぐる。
どうもこのドキドキの中では眠るなんて、到底出来そうにない。
仕方が無く俺は目を瞑っただけで、眠っているふりをした。
こうやって目を閉じてると、シゲの規則正しい呼吸音が聞こえてくる。そして心臓の音も。
何だかそれが凄く心地よくて、自分の心音とシゲの心音の狭間で夢うつつになりながら、車の揺れに身を任せていた。
暫くして俺の肩を軽く叩き、耳元でそっと囁く。
「大泉ー起きてくれ、下りるよ。」
俺は目を擦りながらそっと辺りを見てみた。タクシーは見慣れない場所に停まっている。
「……ん……? あれ…?」
てっきり俺ん家に着いたのかと思っていたのが、見知らぬ場所の景色に一瞬戸惑ってしまった。
「はいはい、いーから降りて降りて!」
ぐいっと引っ張られ、慌ててタクシーから降りるとぼんやり辺りを見回したが、シゲはそんな俺にはお構いなしに俺の背中を抱えて歩きだした。
どうやらここはシゲのアパートらしい。
――――って、ちょっと待て。
こんなにシゲの事が気になって仕方がない時に、その相手の部屋に上がり込むって………まずくねえか?
俺、どうにかなっちゃわないか!?
そんなことを考えたら、ますます心拍数が上昇の一途だ。
「…いやーシゲぇ………これは悪いって。俺、タクシー拾って帰るからさあ……」
「何よ、今更。第一悪いって何よ? お前んちな〜まら遠いべや。まあ汚い部屋だけど、上がって寝てくくらいなら十分出来るんだぞー。」
シゲはそう言って笑いながら、部屋の鍵を開けた。
部屋は確かに汚かった。男の1人暮らし満喫中! って立て札が立っているような、自己主張の激しい部屋だ。
所狭しと漫画本や雑誌、そしてアニメのフィギアっつーモノらしき物体が転がったり飾られたり。
ああ、何故か銃器まで散乱しとるなー、こいつの部屋。
「今布団敷いてやるからさ、ちょっとあっちに座っててくれや。」
そう言って部屋の奥を指した。
奥にはベッドが置いてあった。俺は言われたままそこに膝を揃えて座ってみる。
…なんだか落ち着かない。
この部屋に来た彼女たちはみーんなこんな感じで落ち着かないだろうなー…なんて考えてから、ふと淋しい気分に陥ってしまった。
俺は別にそんな立場じゃないし、そんなことを考えたって詮無いことなんだよなー。
だけど―――気になるさ。やっぱりなんとなく。
ぷるぷると頭を振り、自分のアホな考えを吹っ飛ばそうとするが、一旦こびり付いた考えはなかなか抜け出してはくれなくて。
はあっと大きな溜息を吐いたら、頭がくらくらしてきた。今頃になって本当に酒が回っちまったかなー。
一瞬くらりと天地が逆転して、気が付けば俺はシゲのベッドの上に寝転がっている。
ベッドの上はグチャグチャになった毛布や布団が蹴り飛ばされたみたいになっていて、如何にも起きたそのままって雰囲気が伝わってくる有様だ。
そんな布団は、さっきまで僅かに俺の鼻をくすぐっていたシゲの匂いがした。どことなく懐かしくて、ほっとするような……そんな感じで。
「…お? いやー大泉さんさぁ。俺のベッドを気持ち良〜く占領してくれているようだけど、悪いがキミの寝場所は下のお布団なワケ。」
顔をひょいと覗き込んでから、人差し指で俺の鼻を軽くつっつく。
「うー………ん……」
何となく気まずいので、寝惚けたふりをしてみる。
「うーんじゃねえって。頼むから下に降りて。な?」
渋々といったツラをして起き上がり、俺はもそもそとベッドの下に敷かれた布団の上に座った。我ながら役者にでもなれるんじゃないかっつーくらいの名演技だったと思う。
「よっしゃ。それでいい。」
シゲは満足げに笑って俺の髪をくしゃくしゃと触った。
――――ばぁか。そんなコトされたら………なまらドキドキするべや。
少し切なくなって思わずシゲの目を覗き込んでしまう。
シゲは無邪気に笑ってる。
俺のことを子供みたいに扱って、満足そうなツラしてやがる。
………俺、シゲの事がマジで好きなのかなぁ………
じゃ、めぐの事は?
俺はめぐの事を愛していたんじゃなかったのか?
どうして………シゲが気になって気になって、仕方がないのよ、俺…………
心がグチャグチャで解らねえな、もうなんにも。
取り敢えず、今は眠ろう。つか、眠る努力をしよう。
「…有り難うなー、シゲ。おやすみー。」
精一杯冷静な声で、そう言ってみた。
「おお、おやすみー、大泉。」
「大泉君…、さっきからキミ、そうやってペンを廻して遊んでばっかりだけど………その見積もり、午後には使うんだからさぁ…早めに仕上げてくれないかな。」
安田主任が業を煮やしたように、前の席から声をかけてきた。
「あー……ハイ、すみませーん………」
そう言ってはみたものの、俺の頭の中には見積もりの内容なんていっこも入ってこなくて……気が付けばずーっとボールペンを右手で弄んで、くるくると廻しっぱなしだったりする。
シゲは音尾と一緒に外回りに出ちゃってるから、ずっと会社の中には居なくて。
なんつーか、淋しい。
音尾と一緒に……か。いいなあ、あいつ。俺も一緒に外回りしてみてえ。
いや駄目か。そんなコトしたら全くと言っていいほど仕事に手が着かなくて、隣にいるシゲの顔ばかり見ちまうに100円…ってとこだな。
自分であっさりそんな様子を想像しては悶々としていたところに、背後で扉が開く音。
「只今音尾と佐藤、戻りましたー。」
「はい、ご苦労さん〜。」
窓を背後に、大きな机に座っている森崎部長がにこやかに声をかけた。
二人は一緒に席に戻ってきて、どさりと荷物を机に降ろす。
「…お帰りー……」
書類から顔を上げるのが何となく恥ずかしくて、ペンを凄い勢いで廻しながら呟いてみる。
「あれ? 大泉、まだそれやってるの? 朝、俺らが出掛けるときにやってた仕事じゃん!」
音尾が素っ頓狂な声をあげて覗き込んできた。
「……うるっせーぞー、サカナ。ちょっと今日は調子悪ぃんだよ。」
「サカナって言うな!!」
噛み付かんばかりの勢いが、ほんとに面白いヤツだ。
「何よ大泉、まだこないだの酒、残っちゃってんの?」
シゲがちょっとからかうような口調で言ってくる。
「ああ? …ああ。なんつーかさぁ、調子悪いよー俺はー……」
投げやりに言う。
「あらま。本当に調子悪そうだねキミ。あ、そうそう。朝返し損ねたんだよ、コレ。」
そう言って手渡されたのは俺の腕時計。
「あー悪ぃ。やっぱりお前んちだったか。」
机の上にことっと小さな音を立てて、時計が置かれた。
「えー…何、大泉ってばシゲんちに遊びに行ったの?」
音尾が不思議そうな顔をして聞いてきた。俺が何と答えようか考えている間に、シゲが先に喋り出す。
「いやあのねー、土曜日の夜にコイツと飲みに行ったらさぁ…大泉のヤツ簡単に酔っぱらって潰れちゃったワケよ。でね仕方がないから俺んちにお泊めして差し上げたの。」
シゲは楽しげに先を続けた。
「日曜日、二人とも起きたのが昼過ぎでさぁ。それから大泉がメシを作ってくれたんだけど、これが意外に……」
「意外に……美味だった?」
「不味かった。」
音尾が一瞬呆気にとられている。
「…シゲー、嘘吐くなやお前。美味い美味いっておかわりしてたの、何処のどいつよ。」
俺は最早見積もりの事など頭になくて、持っていたボールペンを投げつける仕草をした。
あの日の翌日、昼過ぎに起きだした俺は流石に申し訳ないのもあってか、シゲに朝飯を作って食べさせて帰ってきた。
やってることは女と変わらんかったなー、ありゃ。
ともかく早く帰って、混乱しきった頭を冷やしたかったんだけどね……美味しそうに俺の作ったモノを喰うシゲが可愛くて、ついついそんな姿に見とれちゃいましたよ僕は。
で、只今月曜の昼直前。
未だに大泉洋、混乱中ってワケです。
「―――大泉君! いい加減にさっさとやっちゃってよ、それ………」
安田主任が目の前で本当に困った顔をしていたので、俺は慌てて書類に視線を落とした。
「頑張れやー、大泉ぃ。」
楽しそうに言ってくるシゲが憎たらしいやら愛しいやら。
元はといえばお前が爆弾発言するから、ついつい意識しちゃっておかしくなっちゃったんだっつーのにさ………
ヤバい。
ヤバいヤバい。マジで本気でどうしようもなく……こりゃーまずい。
ここ一週間というもの、俺ってばマトモに仕事はしないばかりか……シゲを視線で追ってばかりで、衣食住の何も彼もが上の空。
そんな状態で、今晩また飲みに行っちゃうの? 俺………
あっという間の5日間だったよ。先週は土曜出勤だったけど今週はそれも無し。つまりは本日花の金曜日。
いつもなら俺だってシゲと同じく盛大なのびをして、それから普通にメシを食ったり酒を飲んだりするさ。
だけどなー…………先週からなー……………俺は、非常に不安定なわけで。
でももう毎週の習慣になっちゃってるから、ここで行かないなんつったらシゲがなー………何せやたら楽しそうだしなー……………
俺の大混乱なんか微塵も気付いていない佐藤さんは、一足先に仕事を片付けて準備万端のようだ。
椅子の背もたれをギリギリまで仰け反らせてストレッチしてから、そっと呟いた。
「さーて、今日は何処行くべ。」
ふうぅっと大きな溜息を吐き、俺もシゲの真似をして後ろに反っくり返ってみる。
「あー、今日はシゲちゃんにお任せするわ。」
「いいけどお前今日…奢れよな! 先週の借りはキッチリ返して貰うぞ。」
小悪魔がこの上もなく可愛い笑顔で、もの凄く現実的な要求を突き付ける。
「………マジかよ。」
「聞けよ、大泉ぃ!!」
「うっせえなあ、聞いてるよちゃんと!!」
シゲは意外なことに、随分とお悩みのようだった。そんな様子は更々見せなかったのが、全く凄いよ。
「自分勝手だと思うだろ!? ふざけんなって…そう思うべ?」
やり切れない感情を俺に叩きつけて、シゲは目の前のグラスを煽った。中身は透明な液体。スピリッツ系だから、かなりアルコール度は高い。
「シーゲぇ…そんなにピッチ早いと今度はお前が潰れるって。」
おかわりを注文しようとした手をやんわり遮ってやる。シゲは涙目でこっちを見てきた。
「ふざけるなこの野郎って思うのに……俺、やっぱまだどっかで未練が有るんだよ。でもってそんな自分も嫌なんだよぉ………」
要するに話はこうだ。この前こっぴどいふり方をした元カノが、やっぱりシゲとよりを戻してやっても良いぞ…と、いけしゃあしゃあと宣ってきたわけだ。
勿論シゲはその場で怒り狂ってお断りをした、と。
が、やっぱりシゲとてそう簡単に割り切れるわけもなく―――男としてのプライドと、まだ完全には捨てきれていなかった恋愛感情の狭間で、それはもうぐっちゃぐちゃになっとるのですな。
潤んだ目をこっちに向けられっぱなしだと……辛いね、まったく。
ここ一週間ばかり悶々と溜め込んできた想いが、何かのはずみで俺のどっかから漏れだしてきたらどうすんのよ。
「シゲ、そろそろ帰ろうか。」
なけなしの理性が働くうちに、俺は切り上げたかった。これ以上は本気で俺が危険だ。
「やだ! まだ帰らねえ!!」
「何をだだっ子みたいに……帰らんなら置いてくぞー。」
俺が席を立つふりをすると、シゲが慌てて俺の腕を引っ張った。
「酷ぇよお前ぇ! もう少し付き合ってくれたっていいじゃんよ! っていうか、朝まで付き合えってぇ!!」
あらら半泣き。うわー……こんな表情見るのも、なんだかゾクゾクするな。
「解ったよ。もう少し付き合うから場所変えようや。お前これ以上飲んだら、先週の俺みたいになっちまう。」
俺は先週の自分を思いだして、苦笑いしつつ呟いた。
店を出て少しぷらぷらと二人で歩く。
この辺りは大分ススキノから外れてきている。
さらさらと流れる水音が少しだけ聞こえた。地下鉄の駅や大きな公園も近い場所だ。
「さぁて、何処行くー? シゲ。」
そうは言ったものの、俺は何処かの店に入ることにためらいを感じていた。
このままシゲの話を聞くには、今の俺にはかなり辛すぎるんだよ。
平常心でお前の女の話を聞くのは――――もう、出来そうにない。
「んー……………ごめんな、大泉。我が儘言ってさー……」
「いや、いいって。俺ら、お互い様だもんなー。」
そうさ。最初の頃は俺だってシゲにめぐの事で散々泣きついて、慰めて貰っていたんだし。
「なあ大泉ぃ。店に入るのも勿体ないからさぁ、ここに座っちまおうぜ。」
へへっと笑って、シゲはすぐ近くにあったベンチに腰をかけた。そう言えばこの辺りは川の周りに所々、こんなものが設置されているんだっけか。
俺もその隣にどかっと腰を下ろす。
「ここじゃ寒くねえの? お前、なーまら寒がりのくせに。」
夏が過ぎ、今はすっかり秋の気配が漂ってきている。夜ともなれば、結構肌寒い。
「あー……まあな。でも、いいや。ここで。」
さらさらと流れる水音と澄んだ秋の空気が、酒の入った身体には気持ちも良くあった。
俺はシゲにちょっと待っててと言い残し、立ち上がって一気に駆け出した。割とすぐ近くに自販機があったのを思い出したからだ。
小銭をチャリチャリと突っ込んでお目当てのものを二つ買い込むと、それを持ってすぐさま駆け戻った。
「ほい。あったけーぞー。」
手渡したのは熱々の缶コーヒー。それを嬉しそうに受け取って、シゲは慌てて『あちっ…うわっ、あっちー!』なんてお約束をやってくれた。
「バカだねー、キミ。」
笑いながら隣に座る。こんなことしてると―――随分と仲のいいカップルみたいで、照れるなぁ何だか……
夜空がやけに綺麗だった。秋の空気の中、星がキラキラしてて……二人して無言で空を眺めてた。
「ここ、正解かもな。」
シゲがぼそっと呟く。
俺もそう思っていたところだった。ここはススキノだって言うのに、人通りも多くなくて…結構静かだ。
水の流れる涼しげな音が聞こえてきて、気持ちがいい。
「なんか……どうでも良くなってきたわ、俺。さっきまでのことがなまらちっぽけに感じられるっつーかさ。」
「はは………そだなー。星は綺麗だし、静かだし。」
ぽそぽそとそんなことを言っては星を眺めていると、不意にシゲが肩をすくめて寒そうな仕草をした。
「そろそろ………行くか? 大泉。ちょっと冷えてきたしさ。」
シゲのその言葉に返事するより先に、俺は身体が動いていた。
一瞬のことに自分でも自分が解らなかった。
俺は立ち上がろうとしたシゲの身体をひっつかんで引き寄せ、しっかりと抱き締めていたのだから。
「………お………いず………?」
あきらかに困惑した表情の声が耳元から聞こえてくるが、力を緩めることが出来ないままきつく抱き締める。
「朝まで………付き合えって、言ったべや。」
こんな事言っちゃいけねえって、思ってるのに―――――俺の口からは勝手にそんな言葉が漏れてしまう。
「寒いなら、こうやってあっためててやるから。」
その言葉の後、無言で俺はシゲを抱き締めた。
シゲの身体は思ったよりも華奢で……俺の腕の中にすっぽりと収まってしまっている。
やや暫くして、シゲが藻掻きだした。
「バカこの………苦しッ………」
慌てて腕の力を緩めると、シゲが真っ赤な顔で現れた。
「わ………りぃ…………」
何て言えばいいのか解らず、途端にどぎまぎしてしまう自分に嫌気と笑いの両方が込み上げてくる。最悪だ、俺。
シゲはじーっと俺の顔を覗き込んだ。何も言わずに。
耐えられなくて視線を反らした俺の顔をぐいっと両手で真正面に引き戻し、尚も無言で俺の顔を見ている。
――――ゴメン。お願いだから勘弁してくれ。これ以上はもう……切なくて耐えられないよ。
「ほんとに…………悪かった。こんなつもりじゃ………なかったのに。」
どんどん声が小さくなって、俺は項垂れた。
「じゃ、なんのつもりよ。」
なんのつもりよ…って、そんなこと、死んだって言えるかい。
「あー………そのー…………いやーまぁ、なんつーか……」
答えに詰まってしどろもどろ。もう俺、マジで最悪過ぎ。
シゲはぷいっと顔を背ける。そして何か呟いたのだが、その言葉が俺の脳髄に浸透するまでにかなり時間がかかったと思う。
シゲの言葉は確かにこうだった。
「―――バーカ…本気にして、なまら損した。」
じわじわとその言葉が染み込んできて……俺は目の前でむくれているシゲをまじまじと見つめてみた。
どう考えたって、こんな事はありっこない筈なのに。
でも現実は機嫌を酷く損ねて、怒っていらっしゃる。俺がハッキリしない態度をとっているばっかりに。
「シゲ…………あの………」
「何よ。」
もう俺を見てくれないのかな……シゲ。
「あのなあ、シゲ……………俺……………」
未だにハッキリと言わない俺に、シゲはますます失意の表情を浮かべた。
「も、いいわ…大泉。とっとと帰ろうぜ。」
背中を向けて今度こそ本当に立ち上がろうとした瞬間、俺は精一杯の勇気を出して後ろから抱き締めた。
「……シゲ………………お前が………………好きだ………」
言葉がぶつ切りで、我ながら本当に精一杯吐き出したという感じだった。
腕の中のシゲは身じろぎもせず、ただ黙っている。
沈黙に耐えきれなくなって、ますます腕に力を込めながら何度も何度も……シゲの耳元で好きだと囁いていた。
不意に俺の手の上に温かい手が重ねられ、ぎゅっと力が籠もる。
「なぁんだ………やっぱりじゃん。」
短くそう呟いて、手には更に力を篭めてくれていた………
そっと唇を触れてみる。思ったよりもずっと柔らかくて、温かい。
何だか貪ってしまうのが勿体なくて、何度も何度も軽く触れるだけの口付けに焦れたのか、シゲが俺の首に両手を巻き付けて自ら積極的に求めてくる。
シゲに誘われるようにして、俺は次第に深く甘やかな口付けを繰り返し始めた。流石にシゲもキスは慣れたもので………どうかするとこっちが負けてしまいそうになる。
やや暫く唇を貪ってから、漸く身体を離した。
――――欲しい。
単純にその想いが沸き起こってくる。恋愛感情が有れば、至極当然の事だ。
好きな相手を、その全てを求める気持ちに押さえが利かない。
でも、本当にこの状況で求めても大丈夫なんだろうか………?
そんな一抹の不安が過ぎって、俺はシゲを見つめた。
真っ直ぐ俺を見つめてくる綺麗な目が、愛しい。
「……朝まで、付き合ってくれるんだろ?」
シゲはそう言ってくすっと笑う。
悪戯っぽい光を宿して、愛しい瞳が少し潤んでいた。
無我夢中でホテルに飛び込んだ瞬間、俺はいきなり現実の世界に戻ってきた感覚だった。
タクシーに乗って帰る時間すら勿体なくて、シゲの手を握ったまま咄嗟にすぐ近くのビジネスホテルに入ってしまったのだが…よく考えれば俺達二人とも、仕事帰りのくたびれたスーツ姿。
慌てて手を離し、途端に気恥ずかしくなる。
もう日付も変わりそうな時間帯の為、フロントには誰もいない。恐らくは奥で休んでいるのだろうか。
俺がもじもじしながらどうしていいか解らずに立ちすくんでいる中、シゲはあまりにも普通の様子で呼び鈴を鳴らし、直ぐさまツインの部屋を用意して貰った。
成る程、お見事。それなら怪しまれずに済むっちゅーワケか。
飛び込みの出張中サラリーマンみたいな風体で、俺らは用意された部屋へと向かってみる。
二人ともただただ無言だ。当然、恥ずかしいからに決まってる。
部屋の鍵を開けて中に入った途端、ぺたんとシゲがその場にへたり込んでしまった。
「……シゲ……どうしたー?」
しゃがみ込むと、シゲは真っ赤な顔になって目を伏せてしまう。
「いや……………その…………」
今度はシゲがしどろもどろだわ。
ここまで来ちゃったら俺の腹は据わっているのだが、反対にシゲは緊張で力が抜けてしまったらしい。
「そっか。やっぱいざとなったら怖いよなー……」
しゃがんだまま、シゲの身体を抱き締めた。
それから持っていた鞄を入り口近くのベッドの上にぽいぽいと投げ捨て、着ていた背広のジャケットも脱いで投げる。当然、シゲのも脱がせた。
「あの………大泉…………」
「うん? 何よ。」
真っ赤な顔で俯いて、そのまま何も言わずに口をぱくぱくさせている。
さっきまで随分と大胆だったのに………シゲ、土壇場で怖じけづいちまったんだねー。よしよし。
突然えいっと抱き上げ、窓際に設えてあるベッドまで抱えて歩く。その間、突然のことに相当ビックリしたシゲが必死に縋り付くのが何とも言えず可愛いもんで。
そろそろとベッドの上に降ろした。
「俺……その………あんまりちゃんと考えてなかったんだけどさ、大泉……………」
ベッドに腰掛けて俺を見上げてくる表情は本気で怯えている。
「…いいよ、お前は何も考えなくて。俺だけ、見てれや。」
困惑を隠しきれない表情をしているシゲの首筋に、想いを込めて口付けをひとつ。
「…ぁ…………」
その場に膝をついてそっとワイシャツの襟元に手をかける。ネクタイを緩めてさっさと外してから、ボタンを外し始めた。
「……大泉…………まだ…………俺……………」
ひとつ、またひとつともどかしい思いでボタンを外して、シャツの前を開いていく。下からは思ったよりも色白の滑らかな肌が覗き始める。
我慢出来ずに手を滑り込ませてみた。
「……ぅ……わ…っ…………」
どうして良いのか解らない様子が手に取るように解る。胸元や肩の辺りを掌でゆっくりと撫で回すたび、シゲは小さな困惑の声をあげてしまう。
愛撫されることに慣れていない肌が、敏感に震えた。それすら愛しくて、ついつい笑みが口から漏れてしまう。
「おま…ッ………何、笑ってんだよッ………」
「可愛いから。」
次第に両手をシャツの中の背中に廻し、俺はぴちゃぴちゃと卑猥な音を立ててシゲの肌を舐め始めていた。
「や………や……ぁぁ………………っ………」
びくん、びくん…と身体が小さく跳ねるのは、胸元の突起を口に含んでは擽ってあげているせい。
細い身体を抱き締めたまま、思う様舌で蹂躙する。
「やだ…………そこ……ヤダってぇ…………」
必死で俺の頭を引き剥がそうとするのに、腕に全然力が入らないのかただ彷徨っているだけで抵抗虚しいと言った有様は、何だかもの凄くそそられるものがあるね。
「いやだぁ?………違うべやシゲ。本当はなまら感じちゃってるんじゃないの?」
「違うって………バカ………」
泣きそうな声が可愛らしいなあ。本当にコイツ、あのモテモテの佐藤さんかよ。
俺の腕の中で藻掻く様子は、本当にいじらしくて………とてもじゃないけど経験豊富なシゲの面影は『今、いずこ』ってもんだ。
ちゅっと吸ってやると小さな悲鳴を上げて上半身を反らす。なんて見事に綺麗なラインなんだろう……
うっとりと眺めてから、ベルトに手をかけた。カチャカチャと鳴る音にシゲがまた顔を赤くする。
手早く外して、ジッパーを引き下ろし………俺はドキドキしながら指先を差し入れた。
自分以外のモノに手を触れるのは殆ど初めてなワケで。
普通なら嫌悪しか感じないだろう筈の行為に、こんなに興奮してる。やっぱり恋って……すげえわ。
「………!………」
ビクビクッと身体を硬直させ、脚を閉じようとする。だけど脚の間には俺が身体を割り込ませて立ち膝をしているから、閉じるなんてまず無理。
指先に触れたシゲのソレは………ちゃんと硬く勃ち上がってくれていた。
そーっと触れると、ぬるぬるとした液体が先端から染み出ていて……なまら嬉しくなる。
すげえなー。俺が触っているだけで、こんなに感じてくれてる。
撫で回しながら胸元に口付けを落とすと、シゲの息づかいが段々荒くなるのが凄くいやらしい感じ。
「すげえわ、お前…………いっぱい濡れちゃってる……」
そっと囁くと、恥ずかしげに唇を噛みしめるのがまた扇情的で……たまらねえ。
掌に包んでゆっくりと扱きながら、少しずつ口付けの位置を下に下げていく。その度にシゲの身体が一々反応してくれた。
ゆっくりと顔を落とし、緩く扱いているモノの上に唇を押し当てた。
「…………っ……………」
息を詰める声が聞こえる。
それからそっと舌を這わせると、ビクビクと身体が跳ねる。息づかいと言うより喘ぎ声に近いものがシゲの口から漏れ始めた。
目一杯感じてくれるのが嬉しくて、俺は口を開きゆっくりゆっくり……シゲのモノを銜えてやる。
「………あ……ぁあ…………ッ………ん………」
勃ちあがっているソレを口に含み、ゆっくり上下してやると……信じられないくらい甘い声でシゲが啼く。
段々上半身が仰け反り始め、シゲの身体はスローモーションのように仰向けに崩れ落ちていった。
「……や…………っぱ……………恥ずかし…ッ…………」
柔らかいダウンライトの光の中で、シゲの赤くなった顔が綺麗に浮かび上がる。
そんな様子をシゲのモノを銜えながら、ついうっとりと見つめてしまった。
丹念に舌を這わせながら緩急をつけて口で扱くうちに、切れ切れに響いていた甘い吐息が苦しそうな色を帯びてきた。
「……………嘘…ぉっ…?………もう俺……………イッちゃう………ッ…!?………」
泣き声みたいに叫んで、あっという間にシゲは俺の口の中で達してしまった。
どくどくと吐き出されてくるシゲの液体は少し苦くて……でもちっとも嫌な感じじゃあない。
俺はちょっとした達成感の中で、それを味わった。
「……すげえ、シゲ。なんか、なまら嬉しいんだけど……………」
下腹部に口付けを繰り返し、ちゅっと吸って赤い跡を刻みながら呟く。もの凄く感じてくれてんのが、本当に嬉しくて。
「―――自分でもビックリしたわ………フェラされてこんなに早くイッちゃった事………ないもん、俺。」
両手の甲で目の辺りを覆って恥ずかしげに顔を隠しながら、そんな事を言ってくれるから余計に嬉しくってさ。
仰向けのシゲの上にそっとのし掛かって、唇を重ねた。ゆっくりと、深く。
「…?………にげっ………うわ…何よ、コレ……………」
唇を離すと、シゲが顔をしかめて聞いてくる。
「ばぁか……お前の出したもんの味だっつーの。」
くすっと笑ってもう一度口付けてやった。
そのままシゲの上に乗っかり、抱き合いながらお互いの着ているものを脱がし始める。
シゲのは俺が中途半端に脱がしていたけど、俺はネクタイを緩めていたくらいだったから、殆ど俺が脱いだだけだけなんだけどさ。
シゲが照れながら俺のベルトに手をかけてスラックスの中に手を入れ、中ですっかり元気になってるモノに触れてきたときは……正直、身体が震えたよ。
何だか初体験の時みたいに、緊張と期待が入り交じって心臓が張り裂けそうだったさ。
だって………こんな事、今まで絶対にあり得なかったわけで。
好きだと思い始めた相手が、男で…しかも仲のいい友人だったヤツ。
女との体験談は明け透けに語れてても、実際に身体を触れ合わせるなんて普通はあり得ねえべ?
「……うわ………すげえ事になってる………」
シゲは俺の身体の下で恐る恐る俺のモノを扱きながら、恐々と呟いた。
「そりゃーすげえさ。だって俺…………今、なまらお前が欲しいもん。」
耳元で囁いてやる。でもシゲは困惑気味。
「いや、それは絶対に無理だわ。俺、女じゃねーし。」
指先が先走りの液を絡ませてぬるぬると動く。緩慢な動作なのに、もの凄く気持ちがいい。
「俺も口でしてあげっからさ………」
そう言って起きあがろうとした身体を、上から押さえ込んだ。
「シゲぇ………」
俺の言いたいことが解っていて、シゲはふいっ顔を逸らした。やっぱり納得してないらしい。
脚を開かせて身体をちょっと強引に割り入れ、開かれてしまった太股に手を這わせてみる。先程愛撫した場所よりも少し奥まった部分をそーっと触ってみた。
「…ぅわ…っ…………やっぱ…出来ねーってぇ………俺、痛いの嫌だし。」
腰を捩って逃げようとするのが小癪な。
「痛くしないって。なぁ……………シゲちゃんってばさあ………」
ぴくん…と身体が跳ねる。俺の指が入り口の辺りをそっと撫でたりつついたりしたからだ。
「だって―――コレが………だろ?」
オドオドしながら今触っているモノを掌全体でゆっくり握ってきた。
「そ……」
にっこり微笑みながら、シゲの手をやんわりと引き剥がした。
「……いや…………やっぱり…止めよ…………」
慌てて逃げようとした腰を両手で掴んだ。逃すわけがないし、止めるわけがない。
俺の息子はお前の中に入りたくて、死ぬほどウズウズしているんだからなー、シゲ。
「や…っ…………バカッ…………離せえ…ッ…………」
恐怖のあまり子供みたいな口調で逃れようとするのも、なまら可愛いよお前は。
後ずさりする腰を持ち上げてくるんと身体を捻らせ、うつ伏せにしてやる。
「いい子にしてろよー。」
それだけ言って、後ろから抱きかかえた。脚を少しだけ開かせて四つん這いにさせる。
シゲの肩が小刻みに震えていた。
多分なまら恥ずかしいんだろうなー…かなりの屈辱のポーズだし。
それでも精一杯耐えているのが愛しくて、余計に欲しい気持ちが込み上げてくる。
奥まった部分にそっと唇を当ててから、舌を這わせた。案の定シゲは身体を硬直させ、震えている。
「大丈夫だから……」
なんて事を言いつつも、俺だって思いっきり手探り状態で…それしか声をかけてやることは出来ないけど、精一杯の気持ちを込めて愛撫してやるしかないわけで。出来るだけ丁寧に舌を使って、舐り続けた。
次第に尖らせた舌を差し入れ、ゆっくりと様子を見ながら唾液を送り込んだ。時期にそれにも慣れてきたら、指先に唾液をつけて少しずつ…差し入れてみる。
「………ぁ……………ぅ…っ……………」
色っぽい声だなー…なんて、ちょっとばかりウットリしてしまったわ。いやいや、今はそんな場合じゃない。
少し挿れては指先で解し、それに慣れたらまた少し奥まで。それを繰り返しているうちに、指は結構奥まで呑み込まれていた。
「シゲぇ…………………結構入っちゃったわv 痛くねえ?」
「……痛くはないけど……………なんかすげえ変な感じ………」
「じゃー……これは…?」
「え!?………あ…?…………や…ッ………ちょっと大泉ッ…………そこ、なんか…………ひ……ぁあッ!」
弾かれたみたいに身体を反らして、ビクビクと身体を震わせる。
すげえ。
ほんのちょっと中にある出っ張りを触ってみただけなのに――――
噂には聞いたことあったけど………マジで感じちゃうんだなー…………
「大泉ッ!…やめ…………もうやめてッ………………あ……………あ…………………」
随分と切ない啼き声だなあ。そそられちまうわ。
右手の中指でシゲの中を弄くり回しながら、左手を股間に持っていくと………さっきイッたばかりのシゲのモノが、屹立している。
そっと掌で包んで扱くと、啼き声がより一層切ない色味を帯びてくる。もの凄ーく、感じちゃってるらしい。
程なく俺の左手の中に、再び放出されたシゲの体液が滴る。
「………うそぉ…………もう…やだよぉ………………」
絶望的な声をあげて、シゲが崩れ落ちた。こんなに早く達してしまったことにショックを感じているみたいだ。
中に収めてある指をゆっくりと引き出すと、左の掌の中にある白いモノをたっぷりと絡み付かせて再びそこに宛った。
「もう………………やだって、大泉ぃ………」
哀願の声なんて、耳に入らない。
くちゅっ…と、湿った音を立てて指先が呑み込まれる。
シゲの口からは苦しげな喘ぎ声。
くちゅ…ぐちゅ…………音を立てながら指先が再び中を弄ぶと、大分慣れてきたのか、それとも快楽の余韻なのか……シゲは極上の甘い吐息を漏らす。
弄くっては引き抜き、再びシゲ自身の蜜を纏わせてまた戻す。
それを繰り返しては徐々に指の数を増やした。
大分、中が解れた頃合いを見計らって指を引き抜いた。
茫然としているシゲを再び仰向けにさせて――――待ち続けて勃ちっぱなしだった俺のモノをそっと宛い、ゆっくり押し入った。
両脚を抱えられ、大きく開かされるだけでも辛い態勢なのに、更にその中心に俺のモノを中に埋め込まれて、シゲは切ない悲鳴をあげた。
ゴメンな、シゲ…いっくら解したって、辛いものは辛いんだよな…やっぱ。
でも――――解るか? シゲ。
お前の中に、俺のが入っていってる。ゆっくりだけど、繋がってる。
…………好きだよ、お前が。
こんなにドキドキして、愛しくって、切ない想いはマジで久しぶりの気がする。
どうしてこんなに好きになっちゃったのか、解んないけど。
身体中でお前を感じていたい―――――出来るなら、このままずっと。
出来るだけ慎重に動いて、少しずつシゲの中に侵入した。
なまら狭くてきつくて、ほんの少し動くのもやっとって感じだったが……時間をかけて奥まで貫いた。
ああ、やっと全部挿れられたなー…なんて思ったら、嬉しくて。つい、何度も何度も唇を重ねた。
耳元で好きだって囁きながら抱き締めて、口付けて……… 想いの丈を全身で込める。
シゲも精一杯それに答えようとしてくれた。
多分死ぬほど痛くて辛いんだろうに、必死で唇を噛みしめて俺を受け止めようとしてくれてる。
そんな事も愛しくて。
彼方此方に口付けをしながら、シゲを突き上げた。
規則的な律動で揺さぶり続けているうちに、気が付けばあっという間に昇り詰め―――――俺は呆気なくシゲの中に、溜めに溜めまくった精液を注ぎ込んでいた。