城内教授と助手に就任した知江が向かったのは、大学から車でしばらく行ったてんぷら屋だった。最初、教授はステーキでも食べるか、と知江に言ったのだが、知江が肉を食べられないということを知って、別の店を選んだ。
竹やぶに囲まれた庵といった趣の店の座敷。
「知江くんは酒も飲まんのか。何か坊さんみたいやの」
ややあきれたように城内教授が言う。いい年齢して恥ずかしいのですが、とバツの悪そうな顔をする知江。
「いかんなぁ、研究生活には人間としての幅も必要やで」
学会一の酒豪と一時期は言われた城内教授は、車で来ていることも気にせず冷酒を注文する。
「ま、知江くんが飲まないのはある意味ありがたいことや。帰りの運転は頼むで」
早々に運ばれてきた杯に手酌で酒を注ぎつつ、そんなふざけたことを言っていた教授はおもむろに口調と表情を変えて、話を続けた。
「あんたは経歴も業績も一流の研究者や。何でこんな僻地にきたんや
知江が助手に応募してきたときから、城内教授は常々不思議に思っていたのだ。
新しい城内研究室の助手の公募に送られてきた書類の中で、知江の経歴と業績は群を抜いたものだった。
東京都内の有名私立高校から現役で東大理T。学部卒業後は医学部の修士課程を出てからアメリカのコロンビア大学で博士号を取得。また、その留学先というのが今や、ガンの発生メカニズムや遺伝発現についての研究の最先端を行く研究室。
望めば国内の一流の研究機関で仕事ができたであろうに、なぜこんな偏差値底辺の新設校に彼がやってきたのか。
短刀直入の問いに、知江は穏やかな顔を曇らせた。
「これまでの研究とはまったく違うことをやりたくなったので・・・・・・というか、同じような研究は続けられないと思って」
知江は苦しそうにも見える表情で先を続けた。
「採用が決まったあとに申し上げる話ではないかもしれないのですが、実は、動物実験ができなくなったんです。動物愛護にめざめたとかそういうことではないんですが・・・・・・マウスを前に何も作業ができなくなって」
また重い静けさが座敷に沈む。いきおいよく山菜のてんぷらを運んできた仲居さんが気まずそうな様子でそそくさと下がって行った。
「心配しなくても、わしのところではそういう研究はやらんよ」
城内教授はいささか厳かな調子で知江に言った。
「あんたの論文を見れば、根本的にあんたは優秀な研究者やっちゅうことはわかる。動物実験ができないならできないで、ちゃんと業績を残せる男やろうと私は思っておる。ここで腰をすえてベストのテーマを考えてくれ」
知江は目の前で香ばしい匂いを放つ山菜に手をつけずに、日本の生化学界きってのベテラン研究者の声に耳を傾けた。
「正直言えば、この大学で何をするか、私も決めておらん。道具も試薬もこれから揃える状態や。かといって予算はそんなに潤沢でもない。おまけに学生の基礎学力がなっとらん。・・・・・・ほれ、せっかくのたらの芽が冷めるで」
ないないづくしの話しの合間にようやく知江もてんぷらに箸を伸ばす。
「公立の大学でも、新設校だとやはりあまりいい学生は集まらないのですか」
知江が尋ねると、教授は急に愚痴っぽい口調になった。
「能力的にはバカじゃないかもしれんが、とにかくやる気のない連中が多くてなぁ」
授業の出席率の悪さや私語の多さ、レポートの乱雑さなどを嘆く教授。
「まあ、日本の大学の先生の大半がそういう悩みをお持ちなのではないでしょうか」
「周りがそうだからそれでいいっちゅうわけじゃないやろう」
教授の口調が急にけわしくなったのを感じて、知江は微妙に話題をずらした。
「あ、あの桜井くんはやはり優秀な学生だったんですか」
「あいつな〜・・・・・・本当のこというと、テストは落第ギリギリやったわあ」
城内教授のため息に、知江も苦笑いに似た表情を浮かべる。
「ただ、実験のレポートの類は非常によくできとった。考察も的確やし、合成実験の収率なんかもかなりのもんやった。あの男は暗記作業をさぼるようやな」
「そういうことなら、卒業研究は楽しみですね」
「ああ、知江君、色々教えたってくれ」
続けて城内教授は今後の研究計画についてあれやこれやと知江に相談を持ちかけてきた。いつのまにか2人は、天ぷらを忘れて研究議論に熱を入れていた。
同じ頃には。
「そうか、テツの研究室に新しい先生がくるのか」
大学から出た桜井は、アルバイト先のビストロ「馬車亭」の、閉店後の客席で賄いを食べながらマスターの鷹栖大悟に自分の所属する研究室の話しをしていた。
鷹栖は35歳と本人は言っているが、桜井は彼の正確な年齢は知らない。アウトドア志向のがっしりした体と不精ひげは彼を年齢不詳に見せる。
東京での浪人時代に偶然知り合って、桜井と鷹栖とはかれこれ4年近いつきあいになるのだが、まだまだ鷹栖については、わからないことも多い。
「で、東大出身のその先生、いい男か」
「人はよさそう。見た目も悪くないけど・・・・・・あれはどう見てもノンケだね」
残り物の魚と野菜をサフランで金色に染め上げた即席のブイヤベースにスプーンをつっこみながらクールに桜井は雇い主に言う。
桜井は鷹栖がホモセクシュアルであることを知っているのだ。
「第一、鷹栖さんには東上さんがいるだろう」
東上というのは鷹栖の恋人で、有名商社に勤めている。桜井は一度、見かけたことがあるが、無頼漢の鷹栖といい対といえばいい対の、都会的で洗練された雰囲気の男だった。 「あいつ、イギリス出張だとかで3ヶ月いないんだぜ」
きっとイギリスの美青年つかまえて一発くらいヤってくるに決まってる、と鷹栖は恋人のことを野放図に言い放ち、すい、と桜井の手の甲を指でなでた。
「ということで、今晩くらい俺とどうよ」
直接的な誘い文句に、スプーンを動かしていた桜井のほう片方の手が止まる。
鷹栖には、桜井自身もホモセクシュアルであることを知られている。
東京での浪人時代に、そうとは知らずにでかけた“ハッテン場”で鷹栖にナンパされたのが、二人のそもそもの出会いだったのだから。
視線だけがからみあう沈黙の一瞬。
桜井はブイヤベースの最後の一口をすすりこんでから口を開いた。
「いいぜ、たまにはな」
返事を聞いた鷹栖はニヤリと笑うと桜井の頤に指をかけて、その高校生のような顔を引き寄せ、ほのかにサフランとニンニクの匂いがするうすい唇に唇を重ねた。
「続きは二階で・・・・・・だろ」
味見のようなキスのあと、桜井は鷹栖にささやいた。店の二階が鷹栖の住まいになっているのだが、今日の鷹栖はそのままテーブルを離れようとはしなかった。
「このギャルソンの格好も色っぽくていいぞ」
「・・・・・・イメクラじゃねえよ」
鷹栖はかまわず給仕姿の桜井を背後から抱きすくめた。手馴れた様子で黒いズボンをずりさげ、シャツの裾から手を入れてくる。
「俺があれだけ食わせてやってるのにちょっとやせたんじゃないか?」
あばらの辺りで指をうごめかしながら桜井の耳元で鷹栖は言う。そのまま鷹栖の太い指は上へと這い登り、なめらかな胸の上の小さな突起に触れた。途端に桜井の身体がピクッと震える。
「ま、ここがこれだけ敏感なのは健康な証拠かねえ」
桜井のすんなりしたうなじに鷹栖の不精ひげが触り、ちりりとした感触がまた桜井の背筋を震わせた。
「あっ」
思わず桜井が声を漏らしたのは、鷹栖がねっとりと舌を耳朶に這わせてきたからだ。
「ア・・・・・・・っ、はあっ・・・・・・」
すでに固くとがった乳首と首筋をじっとりと責められながら、桜井は鷹栖の膝の上でゆるやかに身体をくねらせる。
鷹栖は手馴れた様子で、黒いパンツのジッパーをはずすとトランクスの中に片手をつっこんだ。すでに立ちあがってほてっている桜井の陽根に鷹栖のごつごつとした指がからみつく。
「ほれほれ・・・・・・もう先が濡れてるじゃねえか」
こぼれはじめた先走りの液を刷り込むように、細かく、鷹栖の指が桜井の性器をこすりあげる。
「た、鷹栖さんっ・・・・・・・そんなっ・・・・・・・・最初っからっ」
「若いんだから、先に一発くらい抜いとかねえと楽しめないだろ」
「ギャルソンの制服が汚れちまうよっ」
「しかたねえなぁ」
鷹栖はテーブルの上に桜井を座らせると、ユニフォームの黒いパンツとブルーのトランクスを脱がせ、店の床にほうりだした。
「ちきしょ、とんでもねえオーナーだぜ。店のテーブルでこんなこと・・・・・・・・」
悪態をついた桜井の股間に再び手を伸ばしながら、鷹栖は切り返す。
「これも賄いのうちさ」
厨房で料理を仕上げる手際のよさと同じレベルで、鷹栖は桜井をあっというまに快楽の淵へと追い詰めていった。
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