Acte 3: アルバロの家で・夜半

 沈黙が漂いがちな夕食を終えて、私たちはテーブルの上にもう一度あの“マグダラのマリア”を置きなおした。
 二人で絵をはさんで向かい合い、何から尋ねるべきか逡巡している私よりも先にアルバロが口を開いた。
 「この絵はまず間違いなく、私の祖父が描いたものです」
 「君のお祖父さん? 画家だったのか?」
 思わず私が驚いたように言うと、アルバロは小さく首を振った。
 「いいえ。元々はイエズス会のイルマン(修道士)だったと聞きました。絵や音楽に堪能で、派遣先の東方のセミナリオ(初等神学校)では、教師をしていたのだそうです」
 任地で体を壊し、帰国してからイエズス会を辞して、故郷で所帯を持ったのだという。 病を克服してからは、修道士時代の知識と経験を生かして、もとより得意であった絵画や音楽はもちろんのこと、ラテン語や神学、さらにはいくつかの外国語を教えたり、通訳や翻訳の仕事を請け負って生計を立てていた、とアルバロは自分の祖父のことを語った。
 「僕が小さいときは、よく遠い国の話を聞かせてくれていたような記憶があります。もっとも、それも3歳までのことなので、定かではないのですが……」
 「君が3歳のときに、そのお祖父様は亡くなられたのか」
 「ええ、急の病であったと聞きました。残された祖母は僕が10歳の頃に他界しました。僕の両親も貴方と出会う1年ほど前になるでしょうか、相次いで死にまして。」
 そこまで言うと、アルバロは席を立ち、棚へと近づいて、あの壷を手に取った。
 「独り身には多すぎる家財道具を少し処分しようと家を整理していたときに、この壷を見つけたのです。古い衣装箱の中に隠すように仕舞われていました」
 彼はそっと私の目の前にその壷を置くと奇妙に厳粛な調子で言った。
 「エンリケさん、本当にあの絵の由来を知りたいですか?」
 私は彼の口調に気圧されているような気になりながらも、うなずいた。
 「もし、貴方がいかなる罪をも弾劾せず、全ての秘密を守れるというのなら、この中をご覧になってください」
 彼は決断を私にまかせたかのように、半歩私の席から離れた。
 世の中には知らぬほうがいいことが限りなくあることを、私は十分に承知しているつもりであったが、それでも抗い難い力が私の手を壷の蓋の上に置かせた。
 もし、この壷の中が人骨であろうとも驚かぬ、と心に言い聞かせて、静かにその繊細な蓋をはずして中を覗き込む。
 そこには、数枚をまとめた古い紙の束が無理やりに巻かれて押し込められていた。
 アルバロは、私が“知る”ことを選択したのを確認すると、私が紙をひっぱりだしている横から、それらを読むための灯りとしてさらに蝋燭を数本用意してきてくれた。
 「エンリケさんなら、読むのにもさして時間はかからないでしょう。お貸しするわけにも参りませんので、ここで読んでいってください」
 「ああ、そうさせてもらう。ありがたい」
 私はあらためて腰掛けていた椅子をテーブルに寄せながら座りなおし、物を読む体勢をとる。目を落とした黄ばんだやや厚手の紙の上には、うるさいほどにぎっちりと字が書き連ねられていた。
 蝋燭に火を灯し終わったアルバロが私の斜向かいの席に落ち着いたのをちらりと見てから、私は手にした手稿を読むことに没頭することにした。
 一枚目に走り書きされた日付は1599年12月15日。
 サンチャゴの宿にて、とあった。


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