次に私がユミワカマルに会ったとき、私は率直に尋ねました。
君は男性なのか、女性なのかと。
その答えで私はユミワカマルが少年であることをはっきりと知らされました。
それでもなお、やはり私は目の前にいるこの相手を愛しく想うことをやめられませんでした。私は良心の呵責を感じながらも、宣教をともにしてきた相棒のようなリュートに恋の歌を歌わせて“彼”であったユミワカマルとその日の時間をすごしはじめました。
別れ際に、出会ってから初めてユミワカマルから私に向けて話しかけてきました。
大丈夫か、というようなことを聞いているようでした。
知らぬ間に神の掟が禁じた同性への愛に踏み入ってしまったという懊悩が顔にあるいは楽の音に現れていたのかもしれません。聡いユミワカマルには、その様子が病気であるかのように見えたのだと思います。
もう一度、大丈夫かとさらにゆっくりとした調子で問いかけられ、私は大丈夫だ、心配しないでと答えました。
すると、ユミワカマルは私に近寄り、私の頭をふわりとなでました。
トンスラ(キリスト教の修道者独特の剃髪)をかすり、私の髪をすり抜けていった細い指の感触に私の心臓は大きく高鳴りました。
ユミワカマルの仕草に、脈が跳ねたままに私が驚いていると、彼はハポンの言葉で何事か祈るように呟き、私の前から走り去ってしまいました。
そこでもう私はユミワカマルとの逢瀬を断ち切るべきだったのかもしれません。
それにもかかわらず、私は誘惑に弱く逢えば逢うほどに傾いていく心のままに、約束の場所に通い続けました。
私はハポンの言葉も日々学んでいましたが、その後もユミワカマルの前ではほとんど話すことをしませんでした。私は自分のリュートの音が今までにない感情を乗せはじめていることに気がついていました。拙い外国語よりも遥かに雄弁に私の音楽は私の気持ちを表わしてくれていました。
ユミワカマルの笛の音から不思議な艶を感じるようになったのも、決して私のうぬぼれではなかったはずです。何よりも、じっと目を瞑って笛を吹いていたはずの彼が、いつのまにか笛を吹くときは必ず私のほうを見つめるようになっていたのですから。
もちろん、私も感情をこめたフレーズであればあるほど、弦ではなく彼へと意識を向けていました。
おそらくその頃の私たちの合奏を聞いた者がいたら、それは間違いなく恋人同士の二重奏だと感じたであろうと思います。
それでも、私は彼を抱くことなどは、その時は神に誓っても考えさえしていませんでした。
ハポンを知る人間にしかわかってもらえないかもしれませんが、地元の人たちが“タイフウ”と呼んで恐れる酷い雨風を呼び起こす嵐があります。
そんな東のテンペストが私に大いなる試練を運んできました。
その日は、朝から厚い鉛色の雲が立ち込めていて不穏な雰囲気があたりに漂っていました。やがて強い風が吹き始め、ハポンの天気の在り方をよく知らない私にもこれは嵐がくる予兆だと感じられました。
これまでに、私とユミワカマルの逢瀬が夕立や雷の雨に巡り合っていたことは幾たびかありました。それゆえに私は雨が降り始めたことをさして気にもせず、自分が自由になる時間になると、雨避けのための毛織のコートをまといその下にリュートを抱え込むと、すぐにいつものようにでかけていったのです。
田んぼの間を通る細い道を進む間に、草で編んだ雨具を身に着けた農夫に何か警告じみたことを言われましたが、私はさして気にも留めていませんでした。
雨の日の約束の場所である雑木林の荒れ寺に到着する頃には、雨風はさらにひどくなっており、いつものように庇だけでは濡れるのを避けられそうになく、私は初めてその寺の中へと足を踏み入れました。
この天候ではさすがに彼も来ないかもしれない。
そう思いながらも私は引き返す気にもなれず、着ていたコートをはらって水を振り落とし、それを埃のつもった木の床に敷いてから腰を下ろしました。かび臭い部屋の手元もあやうい薄暗がりの中で、無事だったリュートの弦を勘に任せてつまびいて、何とか聖務の時間まで嵐がおさまりますようにと祈っていました。
突然に、バタンと激しい音がして寺の入り口の粗末な開き戸から風と雨が吹き込みました。強い嵐に戸が破れたかと思って振り返ると、そこには長い髪と衣から絶え間なく滴をしたたらせて、ずぶ濡れのユミワカマルが立っていたのです。
この嵐の中を私に逢いに来てくれたのかと思うと、私はもうこらえようなく彼のことが愛しくなり、リュートを床においてすぐさま彼に駆け寄りました。
彼は静かに寺の戸を閉めてから、何事か私に言いました。まるで子どもを見るような大人びた視線で。おそらくこの嵐の中でかけた私はバカだ、というような意味のことを言ったのでしょう。それは彼も同じことであるはずなのに。
いや、服の濡れ具合からすれば、彼のほうがずっと雨に打たれながらここへと到着したのに違いないのです。私は彼を濡れたままにしておくのはしのびなく、毛織のコートのおかげでほとんど湿ってもいない自分の修道服を脱いで彼に差し出しました。
異国人の裸を見るのは初めてなのでしょう、とまどったように私のほうを見つつも彼は私の服を受け取り、透けるほどに水を含んだ自分の衣装を脱ぎ始めました。
今度は私のほうがとまどう番でした。暗さの中でも彼の身体はほんのりと白く浮かび上がり、同性と覚えるにはあまりになめらかな首筋から肩にかけての線やひどく細い腰に、私はひどく緊張させられました。
ユミワカマルにとって私の修道服はきちんと着るには大きすぎたようで、彼はまるで毛布を巻きつけた子どものような格好で私の傍らへとやってきました。その様子があまりに可愛らしいのでしげしげと眺めていると、彼は私が想像もしていなかった行動をとりました。
突然に、私の胸元にしなだれかかるようになりながら、私の膝の上へと座ったのです。
そのまま彼の手が私の股間へと伸びてきたときの衝撃を私は的確に表現することはできません。
私を見上げるしどけない視線と、言葉なく淫らな誘惑をする彼の手に混乱する私の脳裏にあのパードレの話が蘇りました。
ああ、彼もあの僧たちの欲の犠牲になり、その罪を罪とも知らぬままにいるのだ。
私は彼の行為を止めようとして彼の手の上に私の掌を重ねました。すると、途端に私を見上げていた少年の顔がひどく悲しそうな色を帯びたのを認めて、私はどうすべきなのかまるでわからなくなりました。
とまどう私に向って、彼の唇が私には理解しきれないことをしきりにささやいていました。
私が辛うじてわかったことは、彼もまた私を愛してくれているということ。それゆえに私と繋がりたいのだと、そのようなこと。
彼は明らかに私に拒絶されているのを恐れていました。あのような邪教の者たちと関わるうちに、憐れにもこの少年は女のように男に身を預けることでしか、思いの丈を伝えることができなくなっているようでありました。
気持ちはかぎりなく純粋で、その行為は背徳。神はこのような者をどのように罰するというのでしょうか。
一層ひどくなる嵐に揺れる小屋の中で、私は少年の体温を抱え込みながらしばし動くこともできませんでした。
心が決まったのは突然のこと。
いっそ、私は彼と同じところへと堕ちて、彼と共に神の救済を願おう、と。
上から彼を救い上げようとするのではなく、暗き深淵で彼に寄り添い続けよう。
そう思いを定めた私は大雨と強風のさなかで腕の中の少年に恋人にするための接吻を贈りました。
そして、彼に導かれるままにこれまでに知ることもなかったあまりに甘美な罪悪の中に、嵐が去るまで耽溺していたのです。
私がセミナリオに戻ったのは深夜に近い時間でしたが、自由時間に赴いた先から嵐のために戻れなくなった、と伝えると善良なパードレたちは私を特にとがめだてはしませんでした。
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