しかし、全知全能の神は、あえて悪魔の領域へと踏み込んだ私に懲らしめをお与えになりました。
秋の気配も濃いある日、私は身体に厭な違和感を覚えながら起床しました。聖務をこなしているうちに、私は自分の体温が尋常ならざる上昇をしていることを自覚しはじめましたが、あの日の後も一日たりとも欠かすことのなかったユミワカマルとの逢瀬にはでかけていきました。
熱を帯びた体ではいつもの雑木林に着くまでの道のりも遠く感じられ、私は半分眩暈をおぼえながらようやく最初に座ったあの切り株に腰掛け、まだ来ていなかったユミワカマルを待つことにしました。
そのままいつのまにか意識を失っていたようでした。
気づくと、私は切り株からずり落ちて草むらの中に横たわっており、その傍らでユミワカマルが必死な様子で私をゆさぶっていました。
ユミワカマルは私に向って何やら言っていましたが、いよいよ高熱にかすむ頼りない頭では半泣きになって早口でまくしたてる彼の言葉はまるでわからず、私は曖昧に笑ってみせることしかできませんでした。
少年は無理やり私を引き起こし、背負ってでも運ぼうと試みてくれましたが彼と私の体格差ではいかんともしがたく、彼はそうすることをあきらめてセミナリオへと人を呼びに行ってくれました。
結局、私はセミナリオの兄弟たちに支えられて、セミナリオの宿舎へと戻ってきました。門に入る前に、私はさりげなく辺りを見回してみましたがユミワカマルの姿を見つけることはできませんでした。
その後1週間ほど高熱は私を苦しめ、熱が下がった頃には食事も満足に取れていなかった私は憔悴しきって床から起き上がることもできなくなっていました。
そんな私のもとに、ハポン語に堪能な一人のパードレが訪れました。彼は私にハポンを離れたほうがよいと言いました。 私は日頃から尊敬しているこのパードレにそのように言われて、あわてて病気のことなら大丈夫だ、と言いましたが彼は哀しげな表情で、彼がユミワカマルと話しをしたことを告げました。
その一言で私はこの方は全てを見通されていると直観しました。
パードレは宣教の労苦に年老いた手を私の肩に置き、慈愛に満ちた声で私に語りかけてきました。
「わしはあの少年に、男同士で情を通じることは罪であることを教えた上で、娼婦であったマグダラのマリアの話をした。すると彼はこのように言った。
『私の罪はいかに裁かれようとかまわないのです。私があの人に犯させてしまった罪はどうしたら赦されるのですか。』と。
そこで、わしは彼に洗礼を受けることを勧めた。彼と同じ信仰を持って、彼とともに祈りなさいと。すると少年は洗礼を受けると言ったよ」
そのパードレの報告に私は涙が出そうになりました。
「マッテオ、人は弱いものだ。誘惑から身を守るために君はここを離れなくてはならない。今度は主が君と彼とを同じ志の友として結びつけてくれるだろう」
このパードレは、ユミワカマルにこれを最後に手紙を書くことを勧めました。心の思うままに書きなさい、詳細もらさず翻訳して彼に伝えるから、と。
私はパードレの好意に感謝して病床で手紙を書き始めました。伝えたいことは山のようにありましたが、いかに語学に堪能なパードレとはいえ、私のこの複雑な想いをそのままに翻訳することは絶対に不可能であろうと私はごく短い内容を書くに留めました。
その中で私はもし、洗礼を受けるのなら洗礼名をマリア・マグダレナにするように伝えました。もっとも最後には、受洗しようとしまいと私は彼のために祈り続けることを誓って、ペンを置いたのですが。
手紙を預けて1週間後、私は弱った身体を押してハポンを発ち、スペインへと戻る長い船旅へと出ました。
帰国してしばらくナバラのイエズス会の修道院にいるうちに、私はハポンのパードレからの宣教に関する定期報告の中にあった受洗者のリストに、マリア・マグダレナの洗礼名を見つけました。ユミワカマルの名前ではありませんでしたが、歳と性別からして間違いなく彼でしょう。
その報せを受けて私は嬉しく想うと同時に、まったく彼への想いが痩せ細ってはいないことを再確認し、この心を抱えたままでは修道生活を送るのにはふさわしくないと痛感して、修道院を辞することを決めました。
その後、故郷ガリシアに戻って私は愛すべき女性とめぐり合い、幸いにも娘に恵まれて神へ感謝すべき日々を送っていたわけですが――。
ユミワカマルのことを忘れたわけではありません。
時間は彼への想いをまったく地上のものとは違う世界へと持っていきました。
“私の永久の罪なる愛しきマリア・マグダレナ”
神よ、どうぞ殉教の恵みをもって彼だけを貴方の元へとお呼びにならないでください
罪深き私は煉獄で彼を待とうとしているのです。
私と彼は貴方のとりはからいにより、このように遠く離れたところでも結びつく絆を見つけることができました。
どうぞ、貴方自身の手でその絆を断ち切らないでください。
父と子と聖霊と、我らがガリシアに眠る聖ヤコブの御名において、アーメン。
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