!! 注意 !!
・この小説は実在の人物・団体・国家・事件その他諸々と一切関係ないです。
まったくのフィクションです。
また、特定の人物・団体・国家・思想に対する誹謗中傷は一切意図していません。
・現実世界を真似た部分もあるファンタジーです。
モデルとなっている国家・団体に詳しい方には違和感があると思われます。
!! もうひとつ注意 !!
・年齢制限を設けるような残酷描写はないと思っていますが、たとえば
「地雷で手足を損失した被害者」など想像するだけでも苦手、という人は
読まないほうがいいかもしれません。
この話については、以上の点を特に寛容な心を持ってご理解くださいますようお願いします。
ファントム・ステップス
陸軍病院の面会時間 〜prologue〜
「ファントム・ペイン(幻肢痛)というものを知っている?」
かつては人よりも丈夫なくらいの足が2本、確かにそこにあった場所に手を伸ばしながら、あの戦地での自爆テロ事件以降すっかりやつれたレイは、帰国した病院の硬いベッドの脇に座るほぼ同じ歳のニールに話しかけた。
「聞いたことはある。切断したはずの手や足が痛む、というのだろう」
レイと同じ場所で同じ事件に遭って、爆音で鼓膜を痛め少し耳が遠くなったニールは、相手の問いかけに答えながら、友の声を少しでもはっきり聴き取るべく、耳をレイの口元に少しでも近づけようとベッドのほうへ身体を傾けた。
レイはそんなニールの様子に話す声を少し大きくしてやる。
「僕の場合、痛みはほとんど感じない。だけどね」
レイが言葉を少し切ったので、ニールはさらに首をまわして暗い茶色の前髪がかかった鳶色の瞳を間近になったレイの顔へと向けた。
「まだ聞こえるんだ。自分の足音が。
君の奏でるフィドルと一緒に踊る僕の足音が」
少し遠くをみるような青い眼差しのまま微笑むレイの藁に似た金色の髪は、軍の規律で刈り込んでいた頃よりもだいぶ伸びていてハイスクールにいた頃と大差なくなっていたが、彼の足は決してあの頃と同じになることはない。
ティクリットのベースキャンプ
圧制者として米軍の標的になっていたサダムの故郷、ティクリット。
一般市民をも巻き込んだ激しい爆撃の末、標的を打ち倒したアメリカ軍は今もなおこの街に大規模な展開を見せ、“戦後”の復興に当たっている。
戦争は終わった、と言ってもいまだティクリットのベースキャンプでは多くの人が戦争が生業であるはずの“軍人”として生活を送っている。
そんなキャンプの中で事あるごとに行われる足並みを揃えた行進は、陸軍兵なら誰でもできるいわば兵士の基本中の基本の所作だ。
それだというのに、今朝もニールは、右・左と号令にあわせて足を動かしながらもどうにも落ち着かなかった。自分の足並みじゃなく、隣の男の足並みが気になって。
レイというここに来る直前に入隊してきた彼の足並みが不揃いなわけではない。むしろ背筋もひざもぴしっと伸びていて清々しいほどの歩きっぷりだ。
それでもニールは時折、突拍子もない想像にかられるのだ。
レイが、そのまま軽やかに靴底を打ち鳴らして踊り出すのではないか、と。
その日、埃っぽいベースキャンプの中での朝礼が終わってからニールは思っていることを率直にレイに言ってみた。
まったく、君の行進は気が気でないと。
「君が軍曹の前で軽やかにジグを踏むんじゃないかと思うときがあるよ、レイ」
「軍の号令は、踊るにはいささか無粋すぎるんだ」
君のフィドルの音が恋しいね、とレイは笑った。
ニール自身もホームシックのように、我が身の一部のような楽器のことを懐かしむような気持ちをおぼえた。
今、この砂漠の国で思い切りあの弦を鳴らしたら、どんな音がするだろうと。
本当はこんなに乾燥した空気と砂埃は、繊細な木製の弦楽器には明らかに不向きなのだが。
「そう言えば、ニール。今日の市街パトロールは一緒だったね」
「あのなぁ、レイ。俺と組むのが嫌だったら、上官に言っておけばいいんだよ」
ふざけるように言われた言葉に、レイはおどけるように少しだけ足を踊らせて応え、ニールを苦笑させる。
「いいや。パトロールがニールと一緒なのは気が休まる」
足を止めて、何気なくレイは言った。
その呟きに似た言葉の意味するところが、 ニールにも何となくわかった。
街を歩けば、イラクの人々はとりあえず兵隊たちに友好的にふるまってくれるものの、その場を立ち去ろうとすれば、背中に痛いほどの冷ややかな視線が刺さることを、これまでの数回の見回りでレイもニールも感じていた。
周囲は全部敵。ジリジリと各地で戦友が殺されているこの事実。“戦後”とは単に戦争が第二ラウンドに入ったにすぎないことを二人はここに来て、あらためて思い知らされていた。
「とにかく何事もないことを祈ろう」
「誰にだ?」
「誰がいいと思う?」
ニールの問いにレイは肩をすくめて、イスラーム過激派の指導者の名前を挙げてみせた。
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