「……と言う訳なんですがね、社長。
このお話乗って戴けませんかねぇ」
脂下がった二枚目崩れがこんな台詞を吐くと
哀れとしか言い様が無い程惨めたらしいわね。
媚びているのが見え見えだもの。
「私どものメリットは有りますかしら?」
「イメージダウンを防ぐ事は、可能ですね。
少なくとも」
「少なくとも、ですか?」
随分と余裕たっぷりに頷いてくれちゃって、
まあ。ご本人は大物ぶったつもりだろうけど、
小学生の学芸会の方が百倍はましね。
「即答、しなければいけません?」
「それはご随意に」
ムカツクわねぇ、其の態度!どうせ大した
苦労もなしにスイスイ裏街道とやらを泳いで
きたんでしょうよ。即答したいけど我慢してる
のよ、こっちは!事態をややこしくしない為に
黙っているだけで。
「………後程、内々にお席を設けて、と
言う事でいかがでしょう?」
…我ながら迷演技だわ。強気な女社長が周囲を
護る為に突如しおらしくなる。そんな弱みに
付け込むサイテー男が又多いのよね。目の前の
馬鹿のように。姉さんの仕草を見て学習しといて
良かったわ。
「結構でございますとも。よいご返事、お待ち
しております」
早く出てお行き!塩をたっぷり撒いておくから。
「お疲れ様でした、社長」
静かな台詞とともにあたしの視界に滑り込むグラス。
八分目まで注がれたアイスティー、其の上にはミントの
葉が飾られ、ブランディーも少し落としてあるみたい。
見ているだけで涼しいわ。
「貴方もお疲れ様。いやな話だったでしょう」
「社長程じゃ有りませんよ」
一応社長と秘書の間柄で此処は社内だしね。畏まった
話し方しかできないけど、さっきの男の所為で煮詰まって
しまった気持ちを発散させる行動は、取るべきよね。
彼も同じ思いだったらしい。さり気なく社長室のドアの
前に移動してセキュリティをオン。
カーテンを不自然でない程度に、外からは中が見えない
ように閉めて行く。暫く邪魔無しに二人きりになれる様に。
そしてあたしは上着を縫いで、静かに仮眠用の寝台に
横たわった…。
「……い…たたた…。もう少し…左!………そこそこそこ!
あー………解れてくわぁ……」
「朱鷺、最近遊んでないだろ?いかんなぁ、仕事に
かまけて遊びを忘れちゃあ」
秘書である筈の彼は何時の間にか半袖白衣の上下を着て
あたしの全身を整骨院の先生宜しくしっかり揉み解して行く。
あのー、もしもし?あたしだって常識は持ってるわよ?
安直に秘書と社内で情事をする様な廉い女じゃなくってよ!
さっきの男じゃないんだから。
それにしても絶妙だわ、この解し方。 なんか回数を
重ねる毎に腕が上がってない?
そうこう考えていると不意の声掛かり。
「ハイ、予定コース終了!お疲れ様でした」
「延長、利かない?」
「用事を片付けてからね」
えーん;-;このサディスト!白衣の悪魔!
此処迄で状況が判らない人の為に説明しましょ。
あたし、遊馬朱鷺が母の起こしたジュエリーアカネの
社長に就任してはや六年。優秀なスタッフに恵まれたお蔭で
業績はかなりアップしていると思うわ。正直言ってね。
あたしの全身を揉み解しているのも其の優秀なスタッフの
一人、蔵内一巳。あたしと同い年の幼馴染みで、遊馬家別邸
管理人の末息子。元は整体士だったんだけど、あたしが
スカウトしたの。
で、さっき社長室でだべっていたのは自称・ジャーナリスト。
名刺は捨てちゃったわ。株主総会絡みで解決済みの針の先程の
クレームを盾にとって脅迫してきたの。あたしも舐められたものね。
脅迫への怒りよりも軽く見られた怒りの方が大きいのよね。
「安心はしていいよ。すぐに手は打てる。そう大した相手でも
なかったし」
何時の間にそこまで調べたんだろう。分厚いファイルを片手で
楽々と持って一巳が善後策を練って行く。昔からそう。敵に回すと
恐いけど味方にすると一騎当千。桜井京介と並ぶあたしの難関だ。
まあ、一巳とはお互い恋愛感情抜きだけど。
「親玉がいるの?」
「ちんけな親玉がね。一度でいいから桜井氏並みの仇が出て
来てくれんかなー。そしたら負け甲斐もあるのに」
桜井氏並み…本音は、直接対決を望んでいるんだろう、と思う。
この二人はあたしが蒼に会いにいく度、ニアミスはしているけど
ご対面した事はない。蒼と一巳は名前のよしみでかなり仲が良い、
のだが、そのせいで桜井氏はかなり不機嫌になる、らしい。
今度確認してみましょうか。
「こんなもんか。これ以上朱鷺の脳味噌を沸騰させずに
済みそうだな」
「悪いわね」
「それはいいけどさ」
「何よ」
「さっきの、蘇芳姉の真似か?笑えるからやめれ!」
わーるかったわねー
「……あ……そこそこ……。肩のもう少し下!…もう少し左!
……後、足の裏もお願いねぇ……」
「お前、ホント遊べよ?時間なら捻り出してやるから。
こっちの身が持たんぞ」
「一つ仕事の提案!」
「珍しいね。言って御覧?」
「あんたが所長になってさ、クイックマッサージ開設
しましょうよ!あ、フルタイム出勤宜しくね!」
「朱ー鷺ーィ」
首を思い切り捻られて、あたしは気絶してしまった。
肩凝りからの解放感故に。