煎餅屋・神代京介の毎日C
蒼が深春を出迎えていた其の頃…。
「よしよし、これで先ず一度目の仕込み焼きは
終わり…っと。一枚目の馴染みは…」
充分味が馴染んだであろう、一時間前に焼いた
煎餅を一枚、手にとって暫し眺め、徐に割り、口
に含む。
「ん。これならいいか」
一人頷く京介。開店前の「千草」店内にはBG
MとしてCDシングルがオートリヴァースでかか
っている。「マイニチ」、アーティストは、栗山
深春。
『お互い、こうなるとは思っていなかったな』
つい含み笑い。
「何にやけてんだい、京の字」
「沙耶さん?又朝早くから」
「年寄りの朝は早いんだよ!…あんたも好きだ
ねぇ、この曲」
「あ…香澄の、旅立ちの曲ですから」
「そうだったね。割れたのでいいから一枚おく
れな。開店前の茶飲み話でもしようか」
流石に珈琲好きな京介でも煎餅に無理矢理合わ
せると言う無茶はしない。煎餅に関わる様になっ
てから、大振りの湯飲で濃い目に入れた番茶を飲
むのも習慣に加わった。沙耶の為には玄米茶を別
に煎れる。
「手馴れてきたねぇ。こないだうちに来た客人
が褒めてたよ。『良い後継ぎが来たもんだ』って」
「負うた子に教えられたんですよ」
「香澄がかえ?」
「学校に行くまでの間、神代の家のお茶を仕切
っていたのはあいつでしたからね。でも其れが却
って良かったのかな。良い立ち直り材料になった
みたいで」
「良い弟じゃないか」
「僕には過ぎた弟ですよ。結局、あの時も自分
の道を決めた上で深春の後押しをしたんだから」
そう、あの時。深春が西村斎にプロ歌手の道に
誘われた時。一番に深春の背中を押したのは蒼だ
った。
『学校、行くんだ』
話が仮決りし、西村が帰った後、蒼は家人に宣
言した。
『平気か?』
言葉すくなに問い掛けた宗に、笑顔で応える。
『京兄は煎餅屋の下駄を選んだし、ミハ兄も新
しい道を歩こうとしてる。ぼくだけ置いてけぼり
って、格好悪いじゃん』
そんな蒼に贈られたのが深春のデヴュー曲でも
ある「マイニチ」だ。
京介と蒼が神代の事を『宗さん』と呼び始めた
のもこの頃。父と呼ぶには照れ臭く、先生と呼ぶ
には他人行儀が過ぎる。せめて、響きで匂わせよ
うか、と言う訳だ。
「…ま、あたしも今更あんたに『お婆様』って
甘えられてもねぇ」
口の悪さは血筋か…愛すべき義祖母がのたまう。
「其れよりもあたしはあんたが『煎餅屋を遣り
たい』って言った時が驚きだったけどね。いい加
減お話しな」
「そうですね。もうぼちぼち棚卸しましょうか」
そして語られた訳であるが…。続きは次回の講釈で。
《コメント》
もう引き造りまくり(苦笑)
自分でも楽しみながら書いてます。
こう言う穏やかな生活を送る人生も
ありじゃ無いかな、と思うんですよね。
…そーすっと京介も神輿を担いだりす
るんだろうか、と想像してみたりして(笑 |