煎餅屋・神代京介の毎日�F

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　別に門前市を成すほど客が並ぶ訳ではない。
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　それに朝から焼きたての煎餅が欲しいと並ぶ
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　暇人もそう多くは無い。
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　だが時としてそう言う暇人が近くに居合わ
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　せる事も、有る。

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　「毎度ですぅ」
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　「いらっしゃい。…其の格好、今日は講義
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　無しかい？」
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　「ええ、もう一コマもおへん。せやから仲
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　見世辺りから流してみよか、思いましてな」
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　話の主は門野（かどや）国松。蒼の同級生
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　にして、今では珍しくなった羅宇屋の若き跡
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　取である。
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　「でも中々客は居ないんじゃないか？」
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　昨今の使い捨て時代、煙管が詰まった、壊
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　れたといって修理してまで遣おうという奇特
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　な御仁は少ない。
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　修理を一々頼むなら廉いものを沢山買って
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　おいたが好いと嘯く人とて居る。
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　それでも、国松は煙管の雁首・吸い口、そ
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　して真ん中の竹…羅宇を吟味し、修理の腕と
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　共に商っている。
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　「愛着のある品やいうて、結構持って来は
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　るもんですから。物珍しさもありますやろ」
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　「羅宇屋のかい？」
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　「其れもやけど大阪弁の。餓鬼ン頃に染み
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　付いた言葉やから、中々抜けませんなぁ」
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　煎餅を選びながら、鶯色の作務衣がゆっく
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　り店内を吟味する。
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　「ほてから爺様から伝言。一遍煎餅持って
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　茶ぁ飲みに来てくれ、言う事でしたわ。蒼も
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　一緒に」
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　「君も物好きだな。楽が出来たろうに」
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　「そらお互い様。好きやからこその商いで
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　すがな」
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　頭を包んだ豆絞りの手拭をそっと外し、店
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　に設えた縁台に腰を下ろす。
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　「爺様の仕事は、ほいほい継げるほど楽な
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　もんでもないですし…血ィ繋がっとるから言
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　うんは理屈になりませんやろ」
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　「…そうだな。苗字を名乗れるだけでもい
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　い、と？」
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　「こっちが拘っとっただけですわ。爺様に
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　も寂しい思い、させてしもて」
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　「茶、淹れようか？」
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　「おおきに」
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　商売始めの静かな一時である。
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　続きは又の講釈で。


　　　　　　　　　　　　　　　　　　　《コメント》
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　久方振りの煎餅屋は国松の登場。と、
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　言っても設定は変えてあります。
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　細かい事は次回講釈で書きますので
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　…お待ち戴けますか？
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　羅宇屋…ちと趣味に走りました。
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　あ、いつもか(笑)