「あーお」
ポンポンと肩を叩かれ、グシャグシャッと髪をかき回される.あー、うざっ
たい!
「勤労青年に対して労わってやろうと言う配慮って無いのかなー、君の辞書
には」
「功労者に対して構いなさいって言葉はあるんやけどね」
ハイハイ.ハイになっている今の君に言っても無理な話だよね。ぼくも今回
は便乗したけどさ・
君がこの場所を好だって気持ち、判るな。頭の中が真っ白になって、ホント
に気持ちいいもんね。
昨日の昼休み、ぼく薬師寺香澄こと蒼に親分こと佐々木国松が1枚のチケッ
トを差し出した。
「何これ」
「暇あったら来ィへんかな〜、と思てね」
「明日の土曜日?急だね」
「あかなんだらしゃーないけど…駄目?」
と言いつつ寂しそうだね、国松君.別に何もないしね。深春はバイトだし、
京介はポスターやCMやらで忙しそうだし.行ってあげようか。
「い〜よ」
「ホンマ?助かるわぁ」
あーあ、露骨に嬉しそうな顔してない?京介の遠山さんに対する感覚が判る
ような気がする。仲良き事は美しきかな、だけど、度を過ぎると…鬱陶しい
よ、ね。
「ライブ?え…っと《PINY‐GATE》に《学天則》?どんな音楽?」
「PINY‐GATEはテクノの要素が大きいかな。学天則はロック色が強い」
「知り合いなの?」
「もっと近い関係」
「あ,双子のお姉さんの?」
「他人の始まりやんか」
「まさか、本人とか」
「ピンポーン」
……この、大阪弁バリバリの国松が、テクノ?
笑わないで欲しいんだけど,ぼくのテクノの知識と言うのは保護者の影響で
YMOでほぼ止まってるんだよね。…駄目だ。どうしても結びつかない。
「PINY‐GATEは君だとして、学天則は?」
「それも僕」
「え?」
「ソロの時はPINY‐GATE.学天則は嫁さんと組んだときの名前」
はい?
疑問符が頭の中を飛び交ったままで開演3時間前の会場に向かう。国松に指
定されたからだけど…あ、リハーサルを見せてくれるつもりか。
「いらっさい。ようお越し」
入り口で躊躇ってたら、ぽんぽんと肩を叩かれた。
「早過ぎない?」
「エーからエーから。ずずいと入って」
半ば強引に客席へ連れていかれる。既に下準備を終えたらしいステージから
女の人が降りてきた。
「国さん、その人がそうなの?」
「そーよ、噂の蒼君」
いつ何処でどんな噂の種にしてるんだヨッ?!いい加減な話だったら学食のA
定食1ヶ月奢ってもらうからね!それにしても…美人だな−。女王様って雰囲
気は朱鷺に似てるし、何処と無く家庭的な雰囲気も…。
…あのー,もしもし。僕が傍に居るのにキスに突入するのは無いんじゃな
い?
「これ,僕の嫁のはるかさん」
「うちの婿殿がお世話になってます」
嫁…婿殿…?国松君,君にはいくつ秘密があるんだろうね。ぼくも葡萄瓜を
問い詰めたくなってきたよ。
「でね」
とりあえず場が落ち着いた所で国松が切り出す。もう驚かないもんね。
「ぼくにヘルプを求めたいの?」
「ご名答!ボーカルの助っ人を3曲ほど頼みたい」
「なんでぼくなんだよ−」
「この間のコンパ2次会のカラオケ,忘れたとは言わさんよ」
「うっ…」
「確かSOPHIAの曲をノリノリで歌うとったよね−。それが根拠」
「テクノの曲なんて歌えないよ−」
「心配すな。学天則はロックだと言うとろうが!SOPHIAのカバーをやろうと
思って準備したんやけど,ボーカルにドロンされてな。…頼む」
いじけた上目遣いで見ないでよー。君のその目、苦手なんだよ−。
で。こっくり首を縦に振って怒涛のリハーサル。そして本番大成功!で,冒
頭のシーンになる訳。
癖になりそう。カラオケで歌うよりもものすごく気持ちいい!
「良かったわ!今日がステージ初めてなんて嘘でしょ?」
「本当だよ!それよりはるかさん,こいつ何とかしてよ。暑苦しいんだ
よ−」
「あのね国さん?嫁ほったらかして男の子といちゃつかないでよね」
はるかさんのバカー。違うんだよ−。こいつに一方的に構われてるんだ
よ−。えーん,スキンシップなんで大嫌いだー。
「誉めてあげてるだけやん。ここで煽てといたらもう一仕事頼み易いし」
「今度は何なの?」
「ジュエリーアカネのCM音楽。ボーカル入れてくれる?」
「あの…さ。ぼくと京介の関係,知ってるよね」
「知っとる」
「その上で・・頼む訳?」
「君の喉が多分要求するやろし,見たいやろ?」
「何を?」
「桜井氏の狼狽」
凄い殺し文句だね。
結局ぼくは自分の好奇心に負けた。あーあ,一本取られたか。いつか取り返
してやろう。
でさ。暑苦しいんだけど…もしも−し?
(多分次でシリーズ完結,の筈)