熱帯→ラテン(後ろ見ながら前に進む)のイメージ。明るいか暗いかどっちか。
魚
→捜す、引っ張り出す、奴の意味(英語)。魚釣り。
鑑賞用。美しい。夢占いではみんなの注目を浴びたい、後悔、心労の象徴。
釣り人×熱帯魚の主人
物理的三角関係の始まり。
暗い部屋。
部屋の主が不在で誰もいないはずの部屋に、生き物の気配があった。
それは、主人が飼う熱帯魚。グッピーの仲間で赤く、その中の数匹は尾びれが剣のようになっている。彼らは、雌から雄に性転換する事で有名な、レッド・ソード・フィッシュと呼ばれる初心者向きの熱帯魚である。
彼らは主人のいないまま、しかし丁寧に水質管理された水槽の中をたゆたう。別に主人を待っている訳ではなく、何も考えず水の中を漂っているだけだ。このまま主人が帰ってこなくとも、主人を恨む事はなく、ただ酷い飢えを感じるだけ感じて死んでいくのであろう。
むしろ、彼らと情を交わしたいと思い、慰みを欲しているのは、ここにいない、満たされずにいる主人である。
しかしそれも、おそらくすぐに。
「ぅあーつー!」
そしてその静かな部屋に、不快指数200%という声を上げて乱入してきたのは、もちろん、帰宅した主人である。
「ありえねーっ」
続いて入ってきたのは、この部屋の主人より5センチほど上背のある男。主人も170半ばに少し足りない程度であるから、彼は長身と言っていい部類だ。
「ごめん、ビールある?」
帰ってきた途端に冷蔵庫に直行した主人に彼は問う。
冷蔵庫の中を探りながら、主人は答える。
「あるよー、チューハイもいる?」
「うん」
冷蔵庫の中の缶を取りながら、ゆっくりと歩いてくる彼に問う。
「コップいる?」
「いーよ、めんどくさい」
「だね」
彼は手を伸ばして、主人の腕の中のいくつかを受け取る。
そして彼は背を向け、リビングに戻っていく。
立ち上がる、熱帯魚を飼う男が、その後ろ姿を見つめ、そっと微笑むのを知らずに。
「……ちょっと。……おーい」
酒に強いはずの彼は、なぜか今彼の体を揺すっている男より先に潰れてしまっていた。
眠たそうな目で、酔いの為に舌足らずな声で、彼を呼ぶ。
「寝ちゃったのー?」
しかし彼が起きる事がないのに、溜息をつく。
――こんな上手く行くとは思わなかったなぁ。
計略が上手く行った喜びを感じながらも、この男は順調すぎる行程に戸惑っていた。
酒量を抑え、彼にばかり飲ませる。行ったことはそれただ1つだけだが、自分が先に潰れてしまう可能性もあったのは分かっていて、だからこそ嘘のようなこの幸運に喜んでいる。
――大体、油断し過ぎなんだよな2人とも。
けれど小さな頭を掻きながら、そう独り言ちる。
そんな己に、ある種の虚しさを感じている男は、彼に向かってそっと手を伸ばした。
首元に触れ、指をそっと首筋に滑らして、離す。
伸ばしていた手を膝に置きながら、詰めていた息を吐く。
「……やっぱ、ときめくよな……」
その行為から来る感情に救いを求めていた男は、眉を寄せながらも諦めた笑みを浮かべる。
それは予想はしていた事で、今起こる感情に嫌悪感や拒否感は起こらない。そんな己の持つ価値観と世間のそれとのずれ方だけが、先程とは違う重みを持ってやってくるだけだ。
けれど、あの時程は切羽詰っておらず、冷静さを持っている自分に、安堵する。
そして笑みを無くした男は、静かに彼に覆い被さる。
腰を跨ぐようにして膝をつき、彫りも深くなくあっさりとした顔立ちの彼の頬の輪郭を、そっと撫でた。己の好きなタイプの顔がよく分からない、と思って笑いながら、そっと唇に触れる。
それだけで一気に自分の心が色に染まってしまうのに戸惑って、けれどそんな自分も肯定して再び唇を触れ合わせる。戻る気持ちも止める気持ちも始めからなかったけれど、己の内から来る感情に抗えずに何度も口付けた。
唇に触れ、瞼、額、頬、首筋、耳元に触れる。
「……――?」
「起きた?」
そう言いながらも笑って離れずに、半眼の彼に口付ける。
まだ半分夢の中にいる彼は、唇が離れたと同時に問う。
「……俺、襲われてん、だよな」
「そう見えるならね」
彼の完全に呆けた問いかけに、襲っている最中の男は笑う。
そして彼の肌に触れながら言う。
「……嫌なら、抵抗した方がいいと思うけど」
「だよな……」
その間も、彼の体の上を唇と指はさまよい続ける。
シャツを捲り上げ、腹に口付け、そっと舐め上げる。
くすぐったがって眉を寄せて笑う彼。
「……汗かいたままだって」
「……つか、抵抗しないでいいの?」
彼のこれといった反応のなさに、どうしようもなく苛つきを覚えてしまう。
「嫌じゃないみたいだしなぁ」
好きなはずの彼の笑みと言葉に、苛ついてしまう。
「……じゃあ、これでも?」
もう一度、深く口付ける。
そして離れてからも、抵抗感を示す事のない彼に、溜息をつく。
「……あのさ、少しは抵抗しなよ。酔ってるでしょ」
「酔っては、いるけどさ」
絡んでくる男の体を押して、起きあがる。
そして、呟く。
「嫌じゃないんだよな」
彼はそう言って、戸惑った目をする男を、じっと見つめ返す。
「それでいい?」
その言葉に、一瞬眉を寄せる男。
「……いいって、何が?」
その仕草は躊躇いの為なのか、痛みの為なのか、それでも笑みを彼に返す。
――俺は、そんな2人だから。
「俺は、甘えさせてほしいだけだよ。本当に分かってるのかって、ちょっとムカついただけ」
嘘ではない。ある意味では彼らに甘えているだけだし、おそらくこのまま行けば願いは満たされる。
好きな男に愛されたいという願い。
それはごく自然なものだ――その好きな男が、恋人の思い人である点を除けば。
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