trrrrr.........
誰だよ。
trrrrr.........
今日は出ねぇつったのに。
trrrrr..........
レポートがギリギリなんだよマジで!
trrrrr..........
――店長かよ諦めてくださいって!
最初っから切っときゃよかったと思いながら、俺はたくさんの資料の上に転がっていたケータイを取って、通話ボタンを押す。
「はい菅野です」
『……あ、らた?』
聞き慣れない、電話越しの声に、一瞬機能停止する。
持ち替えて、俺は問う。
「……原嶋さん?……どうしたんスか、電話なんかで」
部屋にいるなら階段上るだけの距離、それ以外の場所なら何で俺なんかに電話するのか分からない。
疑問を口にする俺に、少し黙り込んで彼は言った。
『……助けて……』


063:伝染



「ごめんねぇ……新……」
ええ。
気持ちは分かりますよ。
だから打った腰が痛くとも、
「別に気にしないでいいス」
と俺も言います。
「……気にしないで、早く風邪治してください」
「うん……」
布団に包まる原嶋さん。
その背を見つめ、俺は問う。
「……粥か何か、作りましょうか?」
つか食えるのだろうか。
結構ダルそうな感じの原嶋さんに、俺は眉を寄せる。
「食べるけど……」
食えるんだ。
彼の返事に、ちょっと俺は安心するけど。
「……けど?」
「青島ちゃんが、作ってくれたのが」
「あるんスか」
問う俺に、弱々しい声で原嶋さんは言う。
「冷蔵庫」
「の中に?温めりゃいいだけスね。今食います?」
「……うん」


そんで青島さんの作った粥を温めて持ってく。
「原嶋さん」
ぼーっとこっちを見てる原嶋さんに呼びかけて、問う。
「海苔と梅干しありますけど、どっちがいいっスか?」
「のり」
「分かりました、ちょっと待っててくださいね」
冷蔵庫から見つけた、ビン入り海苔つくだにを、スプーンで適当に取って粥にのせる。
そして差し出す。……だが、受け取る手はそこにはなく。
「…………」
ぼーっと俺の手を見つめてる、原嶋さん。
……いや、見つめてくれんのは構わんのだけど、ていうか何か嬉しいけど、飯が冷えますんで。
「原嶋さーん?」
「え?……あ、ごめんね」
掠れる声でそう答えて、俺の手から皿を取る。
……大丈夫かねぇ?
そう思いながらも、俺はゆっくりと手を離す。
「……ゆっくりでいいですから、しっかり食べて。……気分悪くなったら、すぐに言ってください」
「ん」
彼の目はもう俺を見ておらず、ぐるぐるとかき回される粥に注がれていて。
不謹慎にも、俺は粥に嫉妬した。……アホか。







……ぐ、あ。
目を閉じてたのに気付いて、俺は慌てて顔を上げる。
やべえっつの、まだ規定字数こえてねえのに!
一度帰って持ってきた本に囲まれ、俺はレポートを再開する。
だがしかし。
……眠いのだ。
どうしようもなく。
眠い。
容赦ない睡魔からの攻撃に、俺は負けそうになってくる。
……あ゛ー無理だ。顔洗って来んと、眠っちまう。
俺は1回大きなあくびをして、ぐきぐきと首を左右に動かして、立ち上がる。
眠い。
眠い。
寝ちまう。
洗面所に向かう間も、思考はそっちに向かってしまう。
――原嶋さんの濡れタオル、もうそろそろ変えた方がいいかねぇ。
ばしゃばしゃやってる途中でそう思いついて、俺は洗面所のタオルで軽く顔を拭って、そのまま肩にかけて部屋に戻る。
数度変えたタオルは、案の定もう温まってて。
俺は原嶋さんの額からそれを取り上げて。……ふと思いつく一言。
――今この人に何やってもばれないよな。
やばいってそれは。
考えるな、考えたら取り返しがつかねえって。
まじやめろって。
そう思うほど、思考はひとつの事に占められていく。
――もう、他の事考えられねえ。
俺の手は、あっさりと原嶋さんの輪郭をなぞって、頬に添えられる。
「――――」
あっさりと彼の唇に、キスしてしまう。
俺は、ゆっくりと離れて。
――――やばいっての!!!
まじやべえってのやべやべやべやべ。
目を閉じたままの原嶋さんを見下ろしながら、嫌な汗を大量にかく。
罪悪感と危機感とわずかに残る喜びに俺は混乱する。
がちゃ。
「――――っ」
「ただいまー……って、菅野くん?」
開いたドアから覗いたのは、104号室住人青島さん。
「――っちょうどよかった!俺レポートあるんでもうあとお願いしますすんません!」
これ以上ここにいれない俺は、さっさと立ち上がり、ばたばたとレポートと本を無理矢理全部持ち上げて、俺はさっさと部屋を出ていく。
「菅野くん」
でも俺の名を呼ぶ青島さんに、俺は玄関先で振り向く。
おそらくひどい事になってるだろう俺の顔に、彼は笑みを浮かべて言う。
「タオル」
さらりとそう言って、青島さんは俺の首のタオルを取って行く。
原嶋さんのそばに落ちている濡れタオルを、彼は拾う。
最低だ最低だ最低だ俺。
そんな後ろ姿を見つめ、泣きそうになりながら、後ろ手にドアを閉める。
「――原嶋ちゃん」
最後にドアの隙間から、とても優しい声が聞こえた。






 






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