……めずらしい。
出迎えてくれてる。
……けど逃げてぇ。
明らかに酔っぱの原嶋さんが近づいてくるのに、俺の心はそう変化する。彼の部屋から覗いているのは、104号室住人青島さんと林田さんだ。
「あっらたぁ!?」
「――大声出さんでくださいよ、夜中っスよ?」
高音で名前を呼ばれ、俺は慌てて走り寄る。
「飲まな〜い?」
まとわりつかんでください、俺は立派にあんたでたつんですから!
心の中の悲鳴はもちろん上げることは叶わず、俺は眉を寄せて彼に言う。
「いや今日ちょっと疲れてるんで」
「疲れなんて、飲んだら取れるわよー」
んなあんためちゃくちゃな!つかマジでくっつかんでください!
位置を腕抱きに固定して、俺を引き止める彼に俺は眉を寄せる。
女じゃないから胸が当たってとかはないが、それでも俺はその気になるんだって……。
おーそうぞ、コラ。
……なんてことは口に出せるはずもなく、あっさりと俺は誘われて……もとい、攫われてしまったのだった。


094 釦


「あらたぁ」
だからあんた何で俺にまとわりついてくるんですか勘弁して下さいよ。
「あんたって、本当似てるわ」
「……何に」
俺は俺で酔っぱらいの話に付き合ってるし。
つかさ。俺が顔をそらせんように、両手でがっしりと顔の両わきをはさみこんでるわけだ。それで俺の顔をのぞきこんでくるんだ。……どうやったって、話に付き合うしかないのだわ。
にっこり笑って原嶋さんは、俺の問いに答える。
「野良犬」
……そうスか。
犬あつかいなんかい、とひそかに落ち込む俺に、嬉しそうに原嶋さんはにこにこ笑ってつづける。
「飯やったらガツガツ食って、そのくせ俺になかなか懐かなかった野良の子に、すっげ似てんの」
「へえ」
ていうか何で"俺"になってるんスかあんた。
……つーか。……かわいいなあ。
酔いはじめて半眼になった目で、原嶋さんを見つめてそんなことを思う俺。
気のない返事をする俺に、林田さんの声がとどく。
「勘弁してやって、敬やん今日マジで酔ってるから」
「はあ。……別に構いませんけど」
少しだけ目線をあげてそう答える俺に、彼は苦笑を向ける。
なんでだ。
しかし俺の顔をぐい、と引きよせる力強い手。つかちーかーいって、んな潤んだ瞳で、お願いその気にさせないで、
「よーちゃーん」
……犬の名前っスか。
結局酔っぱらいなんだよこのひとは。



――は。
気付くと原嶋さんを後ろ抱きに、俺は壁に寄りかかって寝ていた。原嶋さんは俺の体からずり落ちるように寝ている状態で。
そんな自分たちの体勢に動揺しながら、俺は必死で記憶を呼び戻す。
――うん、何もしてない。
……俺の記憶が本当に抜けてなければ、という頼りない前提の元でだが。
……みっともない事をした記憶はあるが。……原嶋さんが喜んでくれたからよしとする。……そう思わんとやっていけんわ。
そんなカットーを心の中で繰り広げながらも、正直に俺の目線は、原島さんの体をはうように移動する。
さすがに女のようにキレイに、とはいかんけれど、下ろされた髪にはそれなりにたまらんものがあって。その先が触れている肩には、細身ながらも引き締まった筋肉があるのが、服の上からでも分かる。
男だよなぁ、という事を再確認しながらも、上から3番目までボタンが開けられたシャツの間からのぞくはだが、
「……あ、らた……」
うがっ!
いつの間にか、首筋に髪越しに触れていた指を、慌てて離す。
ヤバイ。……何がヤバイって確認せんでも分かるくらいヤバイ。
柔かい髪が。声が。首筋が。体温が。
真っ赤になって汗ダラダラ流しながら、俺は誘惑に勝てず、原嶋さんの寝顔を恐る恐る見下ろす。
その寝顔は、安心しきってふにゃふにゃで。
……俺は。そんな幸せそうな寝顔に。
……くそう。
結局俺は、この人にとって犬レベルにしか思われてないのだと絶望し、天井を向いて溜息をついた。





 

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