Siren 3



91/100 サイレン → 船人をおぼれさせる人魚、時報・警報。
その他にも、魅惑的な美人、縛る、男たらし、
陥れる者、くっつけるなど、多くの意味を持つ。




面倒だ。
結局その一言に尽きる。鈍い悪友への思いも、拒まない為に始まった鋭いあの男との関係も。
正しい答えはないし、悪友の恋人に関しては求めている答えも知らない。自分で答えを考えるのも面倒だ。
だからどちらの男からの求めも拒まないし、そのせいで今の状態になっているのは自覚している。だから己に文句を言う筋合は全くといっていいほどないのは、分かっている。
分かっているのだが、三上はその言葉を口にせずにいられない。
両者とも拒むか、どちらか選ぶかすればいいのだが、それもどうやったとしても角が立つ。両者ともそれは望んでいないし、己も望みはしない。
ならば知らない振りをし、己を隠していけばいい。
所詮この世は夢幻というじゃないか。それなら身軽に己の思うままに生きていきたいのだ。その為に多少の芝居は打つ事を、彼は厭いはしない。だから彼は、親友にもあの男にも、何も言わない。気付いている素振りも見せない。
そのつもりだったのだが、既に事態は動き出していた。
「ごめん、やっちゃった」
呼び出されて、第一声にそう言って、大塚は額の前で手を合わせた。
「何が」
呆然として問う三上に、苦笑いで大塚は言った。
「もう我慢できないから、お前も告白しろって、あいつに」
「――何で」
そう言いながら、己の言葉に眉を寄せる。
三上は自分たちの関係の不安定さを知っていた。長く続くはずもない事も。
それでも、無意識のうちにそんな問いを向けてしまう程に、彼らとの関係に執着してしまっていた。
それに気付かされて動揺する三上に、大塚は笑って――酷薄にも受け取れる笑みを浮かべて、言った。
「何で、って何で?」
その言葉に、三上はひどく裏切られた気分を抱いた。
「誰も、このままでいいなんて、言ってないよ」
「何で」
再び繰り返された問いに、意味はない。
そんな問いに、大塚は真っ直ぐに大塚を見上げて答える。
大塚が口にしたのは、まるで子供の夢物語だった。いや、子供はそんな夢など持たないだろう。汚れきった大人だから、数えきれないたくさんの望みを持ってしまった大人だからこその望み。
けれど荒唐無稽な大塚の説明に、いつか本気で夢中になっていく自分を三上は感じた。
言い訳ができるなら、ずっと三上はわがままな大塚も、考えすぎている柳瀬も、この腕に抱いてしまいたかったのだ。そしてもう何も心配はないのだと、己が巻き起こして背負わせた不安を取り去ってやってしまいたかった。
けれど、一つの不安があった。
「あいつが、嫌だっていったらどうするんだ?」
三上の問いに、男の恋人は笑う。
「二人がかりで説得」
意味ありげに浮かべられた笑みに、言葉の意味を悟って、三上は声を立てて笑う。
そして一頻り笑った後、笑いを収めた三上は、ベッドの上にいた男の恋人をそっと抱いた。
「ずっと、好きだったよ」
伝えた事のなかった言葉を、三上は口にした。
「――うん」
それに三上の背に腕を回し、嬉しそうな声で大塚は頷いた。



ベッドの上で白い枕に顔を埋め、広い背を見せている柳瀬。そしてそれを見つめ、不機嫌な顔つきで椅子に座っている三上。
三上は不貞寝している男に、結局己から行動に出なくてはいけないのだと、ようやく気付かされていた。
「……おい」
散々寒い、気分が悪い、調子出ない、寝たら悪い夢見ると、投げやりな口調で言う柳瀬に、三上もいい加減堪忍袋の尾が切れかけていた。
「……あのな。一応俺はお前が用あるからって、来たんだぞ」
これは事実だ。まあ男を『振った』恋人が告白を強制して、何時に会う事を段取りして両者に伝えた事を、そう言うならの話ではあるが。
「どうせ二日酔いだろ。寝たらよくなるんだから、さっさと俺に用話して寝ろ」
柳瀬の躊躇いを分かっているくせに、その言葉は卑怯だと三上は思う。
「俺は、何も聞いてないんだよ。……何も聞いてないから、何も出来ないんだよ。……察しろって言うのかよ、おい」
そして投げつけるのは、真実一歩手前の言葉だ。
「俺は、超能力者でもないんだぞ」
お互い往生際が悪いと、三上は思いながら片手で短い髪を掻き毟る。
「……なんで俺ばっか喋ってんだよ。喋りはお前だろ。いつもあり得ねえくらい喋ってんだから、喋れよ」
だが三上もごまかす事はともかくとして、言葉に乗せて伝えるのは不得手だ。親友の男相手には、尚更である。
「……実力行使に出るぞ、おい」
早々に限界が訪れてしまった三上は、舌打ちして椅子から立ち上がる。
そしてベッドの上の男の肩に、手をかける。
けれどそれ以上の行動に出るのは、躊躇いを覚える。嫌悪ではなく、怖気づいているのでもなく、ただ彼は緊張していた。
「……なあ」
僅かに触れていた手を離す。完全に閉じこもってしまっている柳瀬に溜息をつき、床に膝をつく。
「酒なきゃ、キスも何も出来ねえって訳じゃねえだろ」
その言葉に柳瀬は顔を上げる。その充分に大きな目は、驚きに更に大きく見開かれていた。
名前を呆然と呼んで、そのまま黙り込んでしまう柳瀬に、三上は苦笑を向ける。
「……これ以上言わせんなよ」
「……言わせねえよ」
柳瀬は眉を寄せて、抱き寄せる。
壊れ物の様に触れる腕に、三上はそっと笑う。いつも怖れている男は、まだこの状況を疑っているのだ。
それに気付いている三上は、しっかりと抱き返す。
「……大丈夫だって」
「……うん」
そう頷いて僅かに力を込める男に、大塚が昨日口にしたのと同じ言葉を三上は思ってしまった。
そんな己がおかしくて、三上は肩を震わせる。
「こういう事か」
「……何だよ」
僅かに身を離して怪訝な顔を見せる男に、何でもねえよ、と言って口付ける。
それに柳瀬も一瞬驚いた顔を見せるが、すぐにそれを受け入れ応える。
三上は柳瀬の広い背を抱き、深い口付けを柳瀬に施しながら、己の余裕の無さに悟る。
親友に見られていると気付きながらも、それを受け入れてしまった時から、ずっと己の中のサイレンは鳴っていたのだと。




 




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