吉凶兼ね備えた優しさ、一瞬にして永遠の言い訳



「……何やってんだよ、お前」
河原は高校の同窓生の後ろから忍び寄って、ガードレールを蹴る。
襲撃にうお、と声を上げる男。前に傾いだ体を戻しつつ振り返る。
その手の中には、通信ができる小型電子機器――つまり携帯電話である。
「……メール?――もしかして彼女出来たの、お前?」
自分たちを無視して打ちに行く位の相手を、河原は予想する。
ビールを自分から受け取って、友人は溜息と共に返すのを、にやにやと笑いながら聞く。
「そんなモンじゃねえよ」
「隠したって無駄だっつーの」
と河原は彼から取り上げ、
『駅着いたら』
「おい古谷」
そこまで打ってあるメールを見て、冷たい目で河原は友人を見下ろす。
「何お前、途中で帰るつもり?……せっかくの同窓会なのに冷たい奴だねえ、ホントに」
「……そう言って、本当の同窓会から、何回飲み会してんだっつーの、って返せマジお前っ」
そう言いながら古谷は手をのばすが、河原の手は易々と逃れる。
そんな彼の姿に業を煮やして古谷は立ち上がるが、河原は楽しげな顔を見せて逃げ回る。
「――っ今そいつ忙しいから、滅多に会えねえんだって!――だから返せっ、って、おい河原っ」
「運痴」
身も軽く逃げ回る河原から全く取り返せる気配も無い、相変わらずの古谷に、河原はニヤニヤ笑って言う。
それに反論する事もできず悔しそうに眉を寄せる古谷に、河原は苦笑する。
「ほら」
携帯を投げて返す河原。
さすがに古谷も落とさずに受けとめ、そして彼はすぐにガードレールに座り直して続きを打ち始める。
(……ふ〜ん)
古谷がそこまでする相手が河原も気になって、近づいて行って後ろから覗き込む。
しかしメールは既に送られた後。
ぱたり、と閉じられる携帯を見つめながら河原は問いかける。
「女?」
「男」
古谷は顔を上げ、携帯をポケットに押し込む。
「……何お前。相手男なのにそんなムキになっちゃってさあ。……その分じゃ相変わらず彼女出来てねえだろ」
「生憎ね」
苦笑いの昔から色気より友情、な男に、河原はビール缶のプルトップを開けて口をつけながら言う。
「必要なら合コンセッティングしてやろうか?俺が声かけりゃ、すぐとは言わねえけど集まってくれると思うけど」
「――お前なぁ、奥さんいるクセに」
呆れた顔をして妻の事を出してくる古谷に、河原は笑う。
「本気じゃなきゃいいって言ってくれるも〜ん」



(あら、キレイな子じゃないの)
大きなスポーティバックを抱えて自分の方へ歩いてくる青年を、河原は心の中でそう評する。
遠くでお辞儀をして歩いてくる彼に、先程古谷の携帯で通話中に聞いた名前を問う。
「……小崎くん?」
「どーも、すみません」
「いや、俺たちが飲ませ過ぎちゃったのが悪かったのよ。……て事で。古谷ん家案内してくれる?」
座らせてた古谷を背負いながら河原は言う。
「え?」
「え、て。……だって君じゃこの大男運ぶの苦しいでしょ。俺でも大変だし……っつーかここまでならしちゃったのは、ほとんど俺のせいだし」
耳元でうだうだぶつぶつ言う友人を、よいしょ、と背負い直して、河原は困った顔をしている小崎に笑いかける。
「じゃあ、行こっか」



揺れる電車の中。
自分と同じように酔っぱらったオッサン、彼女連れの男たち、真面目そうだけれどやはりスカートは短い女子高生。それらを何とはなしに河原は見つめながら、傍らの古谷の体温を感じる。
「……あの、このお、じゃなくてこの人にどの位飲ませたんですか?」
「……へ?」
少し酒が回ってぼーっとしている河原に、小崎は再び問う。
「だから。古谷、さんって。かなり酒強いじゃないですか。俺古谷さんと酒飲む事多いから知ってますけど。……なのに、ここまでなっちゃうって」
「一升瓶5本一気飲み、ジン、テキーラ3本一気飲みはさすがに俺もびびったわ」
「はい?!」
冗談を本気にして眉を寄せて古谷を見る小崎に、河原は笑って言う。
「冗談。さすがにそこまではやんないでしょ、この馬鹿も」
「……それは俺も信じたいトコですけど」
そう答える小崎に違うと言って彼を安心させたい所だが、酒が入った状態で調子に乗らせるとやりかねない古谷を河原も知っていて、それ以上は否定できず、苦笑する。
手摺りに寄りかかって無防備な寝顔を晒している古谷の顔に、河原は手をのばして撫でて、髪をつまんで引っ張る。
「……多分疲れてるんだろうね。仕事忙しいみたいだし……まだ彼女がいたら別なんだろうけど」
実感としてそれを知っている河原はそう言って、小崎の方へと顔を向けて笑う。
微笑み返す小崎。
「まあ反対に疲れせられるときもありますけどね」
「ま、ね」
頷く河原に、彼はその笑顔のままに言う。
「まあ、俺は疲れさせる方ですけどね」
「そうなの?」
河原が問うと、苦笑する小崎。
「好きな人に対して、どうしても甘えちゃうんですよ。……疲れてんの分かってても、相手がまた、文句言いながらも受け入れてくれちゃうから……」
顔をしかめて欠伸をかみ殺す小崎。
また彼も疲れているのだろう。そんな時でも――むしろそんな時だからこそ、恋人の顔を見たくなって甘えたくなる、人肌が恋しくなるという事は河原も知っていた。
「……自分でも、駄目だなぁ、って。思ってはいるんですけど……」



河原はドアを開ける。
電気がついていない薄暗い部屋の中にダブルベッドを見つけ、眉を寄せる。
彼女がいる、またはいた、なんて話は聞いていない。個人的な話題を話せない関係ではないと河原は思っていて、だからこそ余計に隠していた古谷に腹が立つ。
不機嫌な顔つきのまま、その側に言って、大荷物を投げ込む。
乱暴に扱われた古谷は、不快そうに眉を寄せ、うめき声をあげる。
そんな古谷に構わず、むしろ構いたくもなく、苛々としながら河原は、小崎が朝起きたまま足元に寄せてあった布団を甲斐甲斐しくも掛けてやるのを見る。そして見えたのは、呑気な、幸せという文字を書いたような顔で寝ている古谷の間抜けな顔。
そんな姿に、河原は気が抜けた顔を見せる。
頭をかいて、その横でぽんぽん、と布団を叩いて顔を上げた小崎に尋ねる。
「トイレどこ?したくなっちゃったんだけど」
「そこの廊下の奥です」
彼はそれに迷わずに答える。



「小崎くん」
呼ばれて顔を上げる。
どうやら彼がトイレに行っている短い間にもうとうとしていたようで、疲れている自分を自覚しながら、一也はドアの所に立っている河原へと顔を向ける。
「俺もう帰るけど、小崎くんはどうするの?」
「え、っと……」
今日は古谷の家へ泊まる予定でいたし、古谷ともそのつもりで連絡を取り合っていた。その本人がこの有様ではあるけれど……。
小崎は困りながらも微笑んで言った。
「すみません。俺今から行っても終電間に合わないし、古谷ん家泊まらせてもらいます」
「もしかして最初からそのつもりだったとか?」
「え」
言い訳をしたが、河原に何気ない口調で図星をさされ、一也は言葉に詰まる。
「いや、メールしあってたからそうなのかな、と」
笑顔でそう言う河原に、一也は微笑む。
「まあ、そうだったんですけどね。一応色々と話したい事があったんですけど……相手がこれじゃ」
「あ〜飲ませすぎちゃってごめんね」
「いえ、気にしないで下さい」
「でもごめん。……あ〜ごめん、もう俺出なきゃ」
恐縮しながら自分の荷物を取る河原。
慌ただしい彼を玄関まで見送るために、一也は立ちあがり、彼についていく。
「じゃ。君も古谷もよく休みなね」
革靴を履いた河原がそう言いながら立ち上がるのに、一也は口を開く。
「――すみません、河原さんこそお疲れ様でした。古谷おぶってもらっちゃって、俺一人じゃ多分大変でしたから」
「気にしないで。また今度皆で飲もうね」
気さくな笑顔で、河原は約束を口にする。
それに頷くと、彼は嬉しそうな顔をしてホントよ?と問いかけて、じゃあね〜とドアを閉めた。
小走りの足音が遠ざかり、一也は鍵をかけ、ドアに頭を預けて溜息をつく。
「……どうよ俺」
色々な思いが交錯し、思わず口から出た言葉は、案外鋭く自分の胸を刺す。
「……どうしようもないけどさ」
その言葉で逃げていると分かっているが、現実を直視したくはなく一也はそのまま古谷のいる部屋に戻る。
無防備な彼の寝顔を見下ろす。
溜息をついて、古谷の寝ているベッドのそばに膝をつく。
そして乱れた彼の髪を愛しさのままに、優しくすく。いつもより幼さを感じさせるその顔を、一也は見つめる。
だけれど、どうしても河原の事が思い出されて、一也は古谷の頭を撫で、彼の髪を摘んで引っ張る。
「何で、気付かないんだろうね」
仕種を思い出しながら、一也は呟く。
河原に笑顔で対応していたものの、内心穏やかではなかった。だから、彼のそばにいれるのは自分だと、彼の昔からの友人にわざと誇示するような真似をしてしまっていた。それが愚かだというのは自分でも分かっていたし、全くの勘違いだという可能性もなきにしもあらずだ。
しかし、嫉妬にとりつかれている為に見当違いの方向へ目が行っているとは一也も思いきれず、顔を伏せる。
部屋の中に静かな沈黙が満ちる。
河原もおらず、古谷は寝てしまい、一也も物思いと寝ている古谷への遠慮に黙り込んでしまえば、残るのは家電製品が動く音と遠い町の音だけだ。
一人古谷を思い続ける自分と、そんな自分を知らずに寝てしまっている古谷。
そんな二人の姿が、今の自分たちの距離の遠さを表している様に感じられて、一也は眉を寄せた。
同じ部屋にいる事、そばにいる事は許されている事だと分かっているのに、どうしようもない切なさに襲われて涙ぐみそうになりながら、一也は息をつく。
そんな自分が情けなくて、更に涙が出そうになって更に情けなくなる。
泣きそうになる自分と、一也は戦い、
「……古谷ぁ……」
仁義なき戦いのテーマに脱力する。電子音にすぐにそれが携帯電話の着信音だと気付いた。だが古谷への電話をとる訳にはいかず、一也は古谷のポケットに手をのばさずにそれを聞く。
「……誰だよ」
もう日も変わって数時間たっている時間帯に電話して来るのは誰だ、と鳴り止まない着信音に独り言を言う。
しばらく続くイントロしか聞いた事のないテーマに、一也は意外に長い曲なのだと感心して、へぇボタンを一人押す。
やがて留守番電話サービスに切り替わる。
『――、……――』
不明瞭な男の声。仕事仲間や仕事相手だろうか、それとも友人や家族だろうか。どちらにしろ遅い時間だろうと、自分の所業を棚に上げ一也は心の中で文句を言った。
そして切れる電話。再び静けさが戻って来る。
その静けさの中で、嫉妬まみれの自分の馬鹿らしさに一也は笑う。しかしどんなに愚かであってもこの感情を抱き続けるだろうと思いながら、古谷の寝顔を眠りにつくまで見つめていた。








  









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