矛盾した言葉は感情に素直な受動



「小崎くん口説いていい?」
何でもない事のように河原が呟いたのは、いつの間にか小崎と河原の間で約束されていた飲み会の席だった。
隣の団体客の歓声に紛れてしまいそうになった言葉を、古谷はしっかりと聞き取った。
「……え?」
しかし口にされた言葉は素直に脳で理解できる物ではなく、彼は1文字で問い返した。
「……あ〜、お前にゃ言ってなかったっけ」
結構付き合いの長い友人は、笑みを浮かべて自分自身を指差して言う。
「俺、バイ」
「……全く、聞いてねえよ」
「んじゃ覚えとけ」
困惑顔で頭を抱える古谷。そんな河原に関する予備知識は初耳で、古谷は河原をただ女好きの、腰も口も軽いただの――そう、普通の男だと思いこんでいた。だからこそ何も言えず、全てを秘密にして付き合っていたのだ。
そんな古谷をどこか困ったような笑顔で河原は見つめる。
「で、いいのか?」
「知るか」
当の本人がいない席で二人は言葉を交わす。
「つーか普通に好みなんだって」
「知るか」
「すっげぇ真っ直ぐにこっち見てきてさ」
「知るか」
「顔のパーツの配置とか、スタイルとかすっげぇいい感じじゃね?」
「知るか」
「っつーかお前と小崎くんって付き合ってんだよな」
「知る……――は?!」
続けて同じように問われた言葉に、同じように古谷は答えかけたが、遅れてその内容を理解して声と顔を上げる。
「やっぱ人の話聞いてなかったな」
にやにやと笑う河原の言葉に、悪ふざけの冗談かと古谷は睨みつける。
そんな古谷に、酒でテンションが上がっている河原は、しばらく心の底からおかしそうにひときしり笑った。その反応に不機嫌に酒と飯をつまむ古谷を見ると、自然と眉が寄った。しかし河原は古谷の肩を抱いて問う。
「で、実際どうなんだよ」
わずかに顔を河原に向けた古谷の目に映ったのは、からかって自分の反応を楽しんでいる河原の笑顔。そう、昔と変わっていない。
「……知るか」
そして古谷は結局同じ言葉で彼の問いに返した。



「あれ、古谷さん、どこ行ったんですか?」
トイレには来なかったけれど、と小崎は席につきながら、古谷の所在を河原に問う。
中身がなくなったコップの中の氷を口に入れて噛み砕いていた河原は、小崎の問いにわずかな間を置いて答える。
「色々いじめてたら、用思い出したとか言って帰っちゃった」
河原の言葉に眉を寄せる小崎。
今日の為に連絡を取り合ってたとはいえ、実際に会うのは今日が二回目だ。以前会った時の小崎の応対から人見知りとは思えないが、それでも多少気まずい思いがあるだろう。相手に微妙な感情を持っているのなら、尚更だ。
そして酒のせいなのか、自分が思っている以上に感情が顔に出ている小崎を見つめて、河原は柔かく笑む。
「つーか小崎くんを口説かせてって頼んだら、帰ったのよね」
その言葉に、一瞬小崎の顔が強張る。そして顔を歪めて嘆息する。
「……あっきれた」
「ん?」
たまんないね、と笑顔が苦笑になる河原には我関せず、古谷が中身を僅かに残していったジョッキを乱暴に取る。
「あの男、そういうトコはアレだと思ってたけど、そこまでやる――」
しかし現在の彼との関係が、彼の優柔不断さの恩恵である事は小崎も重々承知しており、それ以上何も言えなくなる。
苦い顔で酒を飲む小崎に、河原は呟く。
「何も言えないよねぇ……」
「っていうか」
敵対心も露わに小崎は河原の方を向いて言う。
「ぶっちゃけ河原さんは古谷の事が好きだと思ってたんですけど」
「……あら」
目を見張る河原。しかしすぐに元の笑顔に戻って言う。
「何でそう思ったの?」
「男の勘です」
とジョッキの中身を飲む小崎。
「……ただの嫉妬かとも思ったんですけど。酒飲んでから、分っかりやすく古谷に絡んでるから」
分かりやすく、を強調して小崎は言う。こちらを見ずにいるけれど、その真っ直ぐな思いに河原は口を開く。
「だって、他人とは思えなくって」
「はい?!」
「君こそ分かりやすいって言ってんの」
こちらを睨んでくる小崎の頭を撫でる河原。
「そこが可愛いな、って思ったんだけど」
話の展開が見えず、だけれど起こる警戒心と腹立ちに小崎は眉を寄せる。しかしそんな彼の感情には構わず、河原は続けて言う。
「そういう子、好きよ」
「俺は河原さんみたいな人、嫌いです」
迷わず答えた小崎に、河原も間髪入れず答える。
「アタシは好き」
先程から微妙な割合だったが、完全にオネエ言葉になった河原に小崎は溜息をつく。
「俺、帰ります」
「じゃ、アタシも帰るわよ」
無神経さもここまで来れば尊敬物だというレベルで、河原は帰り支度をし始める小崎に続いてテーブルの上の携帯を仕舞い、財布を取り出す。
「あ、古谷はアタシに払ったから」
「……」
そんな彼に、小崎は眉根を寄せて溜息をつく。



「……信用できないんですけど」
「……あのねえ」
河原は呆れた顔で小崎を見下ろす。
敵意を持つ彼の言葉に少し悲しくなりながらも、見放せずに河原は小崎に応える。
「一応見捨てずにいるんだから、少しは信用してよ」
「さっき好きだって言った相手に、もう見捨てるとか見捨てないとか、そんな言葉を使うんですね……」
じゃあ何て応えばいいんだ。
街角に座っている小崎に、酔って頭の動きが鈍くなっている――というより、考えるのが面倒になってきている河原は心の中でそう呟く。
古谷が飲み残していった酒を普通に飲んでいたから、彼も弱くはないのだろうと思っていた。だけれど店の外に出て駅に向かって数分後、彼は蒼い顔をして座り込んでいた。
「それよりも飲めないなら飲むのはやめなさい、その年だったら自分の酒量ぐらい把握してるでしょうが」
「俺今普通じゃないんで」
河原が自動販売機で買ってきたペットボトルを揺らしながら、小崎は力のない声で呟く。
「……今っていうより、ずっと普通じゃないんですけど」
その力のなさが、ここにいない誰かを思い出させて河原の体を衝動的に動かそうとする。
小崎が見ていない顔に、わずかな憂いが浮かぶ。
「そんな顔するのはやめなさい。もっと自分に自信持ちなさいよ」
しかし浮かべた感情には似合わない、強気な口調で河原は小崎を諌めた。
「今アタシ小崎くん口説いてるけど、実は奥さん持ちなの」
そして小崎は、続けられた告白の突然さとその内容への嫌悪感に、思わず眉を寄せた。
それに河原は構わず続ける。
「だけどアタシ、自分に嘘つくのすっごい嫌いなの。アタシは両手に花を持ちたいし、出来る事なら両手に抱えられるだけの花を抱えたいのよ。だからアタシは、古谷も小崎くんも口説くわ」
そう言って、に、と口調に合わない笑みを浮かべる河原。
彼の言葉と表情に、ペットボトルの茶を飲みながら小崎は答える。
「それなりに、欲張りですよ。……でも、時々、ね」
「……相手があの古谷じゃね」
断れない男、という描写があれほど似合う男は河原の知り合いにいない。人間関係での優柔不断さは彼の欠点だと河原は思う。
そしてその欠点はおそらく恋愛では不利に働いているのだろう。
苦しむ小崎の姿を見て、そして小崎との関係を言い切れずに悩んでいた古谷の姿を思い出して河原は溜息をつく。
「……でも結局そんな古谷も、そうやって悩んでる優しい小崎くんもアタシは好きよ?」
「……俺。河原さんは、苦手ですよ」
「嫌いじゃないならいいわ」
言葉尻を取り上げて笑う河原に、小崎も苦笑する。
「同じ穴のムジナだし、仲良くしましょ?」
しかし続けられた言葉に、冷たい目を向ける。
「嫌です」
「……あら」
つれない言葉に、河原は首を傾げさせた。



しつこいと思いきや、明日妻との約束があると一也の回復を確認後、河原は急いで帰ってしまった。
残された一也は、駅への道を一人で静かに歩きながらコートのポケットから手を出す。その手に握られているのは携帯電話だ。
短縮で、ある電話番号に電話をかける。
そして何回目かの呼び出し音の後に、相手が出た。それまで堅いものだった一也の表情が柔らかく変化する。
「……古谷」
そして彼は愛しい彼の名を呼んだ。







  









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