矛盾した行動は感情に素直な能動



何が常識だ。
自分の周りはみんなヘテロセクシャルであると認識している日本人の常識――ある意味での常識を無視している自分の存在を分かっているから、古谷は心の中で忌々しげに呟く。
「……古谷、どうしたの?」
古谷に抱きついている一也。
こんな甘い事を、関係は『友人』であるこの男とするのも慣れてしまっている。
そんな自分にも苛ついて、そして彼の行動にも苛つきながら、古谷は目線をテレビに向けたまま答える。
「……どうしたも何も」
「何」
古谷に見られていない顔に、一也は笑みを浮かべない。
それはおそらく彼も自分の所業が自分を怒らせていると勘付いているからだろう。
「何でああいう事するんだよ」
「……そりゃ古谷が困る事は分かってたけどさ」
しかし一也もその理由は分かっていないのだろう。それが当然だと、一也の言葉に古谷は思う。怒っている本人でさえ理由は分からないのだ。
理由に触れようとする事自体を怖れて、2人はお互い手を出せない。
しかし続けられた言葉に、古谷は眉根を寄せる。
「でもさ、俺と立場同じじゃん、あの人」
「何が一緒なんだよ」
振り返った古谷の怒りの表情に、怯む一也。
「だって」
「だってじゃねぇよ」
問いの答えを説明しようとする一也の言葉を遮る古谷に、一也が失笑する。
「じゃないって、古谷が聞いたんでしょ」
一也の言葉に古谷は舌打ちし、ベッドの上にいた一也を押し倒す。
「え、ちょっと古谷、や」
「うるせぇ」
古谷は悲鳴のような声を上げる一也の唇を、自分の唇でふさぐ。そのまま口腔に舌を差し入れる。
「――んっ、んんんっ」
一也の抵抗に古谷の体はびくともしない。古谷は抵抗に延ばされる腕を掴み、手首をそのまま頭の上に抑えつける。
その間にも、舌は口内を蹂躙していく。歯ぐきの裏をくすぐり、上顎を伝い、逃げる舌を追いかけて古谷の舌は一也の舌に絡む。
一也の服は捲り上げられ、露わになった上半身は乱暴な手つきで体を愛撫される。
しかし古谷の頭は乱暴な行為の割には、妙に冷めていた。
こういう行為を思ってなかった訳じゃない。思ってても出来なかったのだ。自分の一也への感情や、一也の反応を思うと、何も手を出す事が出来なくて。
「――っ、古谷っ!」
唇が離れた隙の、一也の悲鳴に古谷は我に返る。
怯えた一也の表情が古谷の目に映る。それはあの夜にも見た姿だ。
「……一也」
古谷は眉を寄せ、僅かに力を入れて口の端を歪めて笑う。
「……嫌か?」
古谷の問いに、泣きそうな顔を見せる一也。そしてゆっくりと彼の頭が左右に振られ、その腕から力が抜かれていく。
わずかな強ばりは残ったままだったが、それでもいいと古谷はシーツに彼の手首を押さえつけていた腕から力を抜く。
優しく口付けが一也の頬に落ち、額に落ちる。
手が頬に添えられ、古谷の唇が一也のそれに重なった。はさみ込むようにして唇を塞いで軽く吸う。
それだけで離れた唇は、すぐにまた重なり深いキスになる。
今度は一也も拒まずに古谷の舌を向かい入れ、ゆっくりと次第に激しく絡まっていく。
ちりちりと灼くような感覚が体を支配し、その熱を伝えるように古谷の手の平が腕から上半身へと一也の体の線をなぞっていく。
そして腰へと辿る途中で、胸の突起に指の先が軽く掠める。
そこは寒さのためか、それとも他の理由の為なのか、軽く立ち上がっていた。
「……一也」
唇を離して古谷は口の端を上げて、彼の名を呼ぶ。
それに閉じていた目を開けた一也は、すぐに目を閉じる。
寄せられる眉。
軽く舌の先で触れたそこに、今度はねっとりと嬲るように舌の腹でゆっくりと舐めあげていく。
輪郭を何度もなぞり、そして唇で挟んで強めに吸う。
「や……」
「一也」
名前を囁いて、もう一方の手でもう一方の乳首を指でつまんで捻る。そして指の腹で押しつぶして胸板の上で捏ねる。
唇を動かして、軽く歯を立てながら舌で舐る。
「や、め……」
一也の制止の声を無視して、古谷は一也のジーンズの合わせ目に手を置き、
「―――っ」
ベッドの下に落ちる古谷。蹴られた腹を押さえて咳き込む。
吐き気さえ伴う痛みと咳が、全身を痺れさせていき、古谷の痛覚以外の感覚を奪う。
眉を寄せたまま、ベッドの上から一也は彼を見下ろす。
「……ごめん」
謝罪の言葉を口にしたものの、一也は古谷へと助けの手を差し伸べようとはしない。
乱れた服を直しながら、床に置いた荷物を手にとる。
「……じゃあね」
その感情の無い響きの声を聞いた古谷の目元から滴が零れ落ちた。



「……何でお前がここにいるんだよ」
「常連さんだから」
あの出来事の後に初めて一也に会って気まずさを味わう可能性もあったが、古谷はむしろその可能性を望んで幸が働く店に来ていた。
しかし望んだ彼の姿は見つからず、その代わりに今一番会いたくない男がカウンター席にいた。
「嘘つけ」
男の横の空いた席につきながら古谷は毒づく。
「ここでお前の姿見かけた事すらねぇよ」
「うん嘘。小崎くんに教えてもらったのよ」
笑みを浮かべそう答える男に溜息をつき、幸乃に酒を頼んで、男を見つめる。
その視線に気付いて、困った様に眉を寄せて河原は問う。
「……何見てんのよ」
「いや、一也がさ」
しかし出てきた名前に顔を歪める。
「お前と立場一緒だってさ」
そして呆れた表情を浮かべ、溜息をつく。
「何言ってんのよ。アタシと小崎くんじゃ大違いじゃないの」
「……だよな」
眉間に皺を寄せ、古谷は独り言のように呟く。
「何でそれが分かんないんだろ」
「そりゃあんたが何も言わないからでしょうが」
男の声とハスキーな女の声が重なる。
顔を合わせる河原と幸乃。
手で先をうながして、幸乃は古谷の前にグラスを置く。
グラスの中の琥珀色の液体を軽くあおって、頭を掻いてから、河原は再び口を開く。
「あんたね、何も言わないで分かってもらおうっていうのは余りにも手前勝手よ」
真剣な目つきで古谷を見つめる。
「アタシが何も言わないで、あんたアタシの気持ち分かった?」
その言葉にわずかに眉を寄せ、顔をこわばらせる古谷。
そんな彼の姿に河原は笑う。
「ごめんなさい、意地悪い質問ね。……っていうかさあ、やっぱ可愛いわあんたってば」
手を延ばして、手で包み込む様に頭を撫でる。
それに拒否するほどの嫌悪感を覚える事も出来ず、戸惑いながらもその行為を古谷は受け入れる。
「幸さん、古谷このまま抱きしめちゃ、ダメ?」
しかし、続けられた幸乃への問いかけに、たまらずその手を払う。
「嫌だっつーの。っつーか何で幸乃さんに聞くんだよ」
「あら可愛くない」
そう言いながらも笑顔の河原に、歯を剥いて怒る。
「お前に可愛いなんて思われてたまるか」
「そんな可愛くない事ばっかり言ってると、襲うわよ」
「ふ〜ざ〜け〜んな!」
「ふざけてないです〜」
そこで上がった笑い声に古谷も我に返り、河原はそんな古谷を見てにやける。
「2人とも可愛いってば」
しかし、幸乃の言葉に顔を見合わせ黙り込む2人。その顔に浮かんでいるのは、両者とも不快に近い表情である。
「っていうかさ、古谷くん」
打って変わって神妙な口調になった幸乃に目を向ける古谷。
「一也も大概プライド高いんだから。そんな軽い気持ちで告白した訳でもないし、古谷くんが抱きたいって言うのを簡単に受け入れた訳でもないでしょ」
真顔の幸に、古谷は何も言わず酒に口をつける。
一也は言葉は軽い。だがそれは弱い自分を見せない為のものだ。他人の前ではめったに弱音を吐かず、弱った姿も見せない。――本当に取り返しのつかなくなった時を除いて。
そして、初めて会った時の一也の姿が、古谷の目に浮かぶ。涙で顔をぐしゃぐしゃにして、それでも振られた男を好きだと言ったあの顔が。
そこまで考えて渋面を作る古谷に、河原は嬉しそうに目を細めて、笑みを浮かべる。
「……従順そうに見えて、情の強い子よね」
古谷の眉間の皺が深くなるのに、笑い声を殺しながら幸乃が言う。
「……河原さん、言葉の選択間違ってる……」
「……じゃなくて」
それもそうだが自分が顔を歪めた理由はそれではなく。
「何で知ってんだよ二人とも」
幸乃の発言と、それに動揺もしない河原を、古谷は不審に思う。
「さっきまで小崎くんがいたからに決まってんじゃないの」
笑う河原の言葉に、席から立ち上がる古谷。
「それをさっさと言え馬鹿!」
そう言って、急ぎ足で彼は店内を通り、店の扉をくぐって出て行った。
その後ろ姿を見つめながら、独り言の様に河原が呟く。
「これで上手く行きなさいよね……」
それを聞きとめる幸乃。
「いいんですか?一也と古谷くんの話聞きながら思ったけど、河原さん結構二人の事好きですよね?」
「いいのよ。古谷に対してはもう青春の1ページとして吹っ切れた部分はあるし。……小崎くんは話聞く限りじゃ無理そうだしね」
「……拗れたままだったら、望みはあったかもしれないのに?」
幸乃の言葉に、河原は苦笑で返す。
「まあね。こう言いながらさっきまで迷ってたし。……でも、それでも無理よ」
「どういう意味?」
猫のような目で見つめてくる女に、河原は答える。
「……秘密」








  









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