3.今はいない君のために


豪が烈だけに見える幽霊になって3ヶ月。
季節は梅雨を迎えていた。
(俺は結構好きだぜ)
学校帰り、服が濡れるといってぼやいた烈の対しての、豪の返事。
(空気が冷たくて、過ごしやすい)
生前の豪なら晴れた方がいいと言っただろうが、今は雨が好きだという。
「お前はいいだろ、濡れないし、傘いらないし」
(まぁな)
ふふ、と豪が笑った。

そんな豪と烈の生活は奇妙とはいえ、うまくはいっていた。
御飯に呼ばれれば豪はふっと姿を消し、部屋に戻れば普通にいる。
「お前、消えている間はどうしてるんだ?」
(う〜ん…ぼーっとしてる、かな。それが一番言いやすい)
夜は闇の中でじっとしいたが、その時の感覚を言うには”ひとつになっている”とのこと。
烈にとっては闇の中でひとつになるなんてまっぴらごめんだと思ったが。
(…烈兄貴にはわかんないよ)
とたまに大人びた表情で言った。
10歳の姿だから、よけいにギャップを感じる。
中身が16歳だということに。

朝起きると、豪は隣の部屋でじっとしていることが多い。
烈が周りに聞こえない程度で呼ぶと目を覚ます。
支度をしている間は庭にいたりして過ごし、門を出ると同時に豪も家を出る。
電車も乗るし、学校までついてくる。
教室につくと、豪は姿を消す。
そうして、夕方帰るときまで、どこにいるのか分からない。
最近気づいたのは、それは生前の豪のライフサイクルをそのまま再現してることだ。
豪は部活、烈は補習授業。
何かしら帰りが遅い二人が、会うことはたびたびだった。しかし、豪がそれを脱却してしまったために
進んで烈と帰ろうとするのだ。
「なぁ、豪…」
(…ん?)
「幽霊ってもっと好き勝手にしてると思ってたけど、お前は違うのか?」
小学生のときに実際幽霊に会ったときはミニ四駆を走らせたかった少年だった。
豪はどうなんだろうか。
(俺も好き勝手してるよ。烈兄貴の傍にいたいから)
「なっ…」
あまりにもストレートな物言いに、烈のほうが面食らってしまった。
(でも本当のことなんだ)
ふわっと浮かぶ豪は、高所恐怖症がそのまま残っていて、高く浮かぶことは無い。
それでも、烈の背よりは遥か高く、浮かぶことはできる。
「豪…」
呟くと、豪は振り返って笑った。
(それでも、烈兄貴がダメって言うなら、俺は消えるけどな)
ふっ、と豪の気配が消えた。
「…豪っ」
手を伸ばしたが、それは空を切るだけだった。

※ ※ ※

雨音が夜の闇に響く。
「……っ」
悪夢で目が覚めてしまった。というより、フラッシュバック。
豪が目の前で跳ねられた瞬間を。
叩きつけられて、自分の腕の中で、血まみれの豪を。
冷たくなっていく感触を。
無力な自分を。
壊れたモノを。
「はあっ…」
ひどく、喉が乾いていた。汗もかいたのか、身体がじっとりとしている。
あれから、豪はまったく現れない。
(それでも、烈兄貴がダメって言うなら、俺は消えるけどな)
豪はそういった。
「それを、僕がいう資格があるのかよ…」
豪がこうなってしまったのは、自分のせいだと思うのに。
自分をかばって事故に遭い、死んだ豪。それでも会いたいと思ってやってきた豪に。
消えて欲しいと言えるわけがない。
それに。
「僕は…」
ずっとこうしていたいと思うのは、間違っているのだろうか。
高校も一緒になって、すごく嬉しかった。けれど、1学年違うことと、部活が始まって、一緒に話すことも少なくなっていった。
もういつでも二人一緒っていうわけにはいかない。お互いわかっていたはずのなのに。
いなくなって、ようやく気がついた。
自分は、豪ともっと一緒にいたいと思っていたのだ。
「豪、どこにいるんだよ…」
(呼んだ?)
「うわぁぁっ!」
突然闇の名から声がして、烈は飛び上がった。
(れ、烈兄貴っ……)
慌てたような豪の声に、気絶しそうだった意識が引っ張り起こされた。
「なんでいきなり出てくるんだよ!」
(兄貴が俺を呼んだからだろっ!)
「あ…」
そういや、そうだった。雨はまだ、ばらばら降っていたが、夜明けが近いのか空は少し明るい。
「ごめん、豪…」
(……)
沈黙が続く。豪は何かを考えているようだったが、やがて一言だけ言った。

(兄貴のせいじゃないから。俺が飛び出しただけなんだから、そんなに自分を責めなくてもいいんだよ)

「…え?」
わかっていたかのような、豪の言葉だった。
(悪いと思ってるのは俺の方、馬鹿みたいに飛び出して。でもそうでもしなきゃ、兄貴を守れないと思ったから)
深く考える余裕なんてなかった。
ただ、このままじゃ兄貴が危ないって思ったから。
ぺたん、と床に座り、思い出すように、ぽつぽつ口を開いた。
(……気がついたら、俺、兄貴の腕の中で。兄貴が呼んでるんだ)
「……」
(頭がすっごく痛くて、でも…)
かろうじて見上げると、兄貴は必死で何か言っていた。
何か言ってるのか、全然わかんなかったけど。
(兄貴は大丈夫なんだな、って思ったら、なんかほっとした)
それが俺の最後の記憶。と、豪はなんてこともないように、自分が死んだときのことを言った。
(なぁ、兄貴)
手を伸ばす。半透明な手が、烈の頬にそっと触れた。
「…ごめん、豪……」
ぽた、と涙が滑り落ちた。
(俺はもう何にも出来ないけど、ここにいることだけなら出来るからさ…なんでも、聞くから)
「う、ああっ…」
豪が死んでから、泣くことが麻痺していた気がする。
今まででもあまり泣くほうはないが、豪の前で泣いたのはいつだっただろうか。
「僕が、お前を……」
(だから、責めるなっていってるだろ?泣きたいなら泣いていいから)
「っ、だって、僕、は…お前の……うあっ…ひっく……」
全部を奪ってしまったのだ。
あの日、あの時、少し注意さえしていれば。
豪の未来は、まだまだあった。死なせてしまった。
夢もあったんだろう。Jから本を借りていたのだから。それも奪ってしまった。
豪が死んでから、自分のことで精一杯で、泣くことすらできなかった。やっと、豪のために泣けた。
弟を慰めたことはいっぱいあったのに。肝心なときに限って、弟に慰めてもらう自分は、もう兄失格なのかもしれない。
いや、もう失格なのか。兄ではないのだから…
(そんなこと無いよ、烈兄貴は俺が出来ないことをたくさんしてくれた。兄貴が出来ないことで、俺が出来るならそれでいいだろ)
「…うん、……」
豪はこんなにも大きかっただろうか。自分を包み込んでしまうほどに。
今まで泣けなかった分だけ、たくさん泣いた。泣きすぎて、真っ赤になろうが豪は黙って聞いてくれた。
それがどれだけ過ぎただろう。落ち着いた烈に、豪は一言だけ聞いた。
(俺、まだ少しだけここにいていい?)
「…ああ、好きなだけ、ここにいていいよ」
(サンキュ、烈兄貴)
豪は悪戯っぽい顔をして笑った。

それでも、長くは持たないかもしれないけど。
豪は内心で思っていたが、何も言わなかった。
あと、少しだけここにいられたら。

それだけを思った。



翌日、烈は泣いてすっきりした代わり、目の周りがむくんで大変なことになった。
顔を洗う烈の隣、豪はいつもどおりにいる。
(あ、烈兄貴、バレそうだったらさ、声で呼ばなくて大丈夫だよ)
「何でだよ」
(…わかるんだ。なんとなく)
てれぱしー機能装備?なーんてね、と豪は消えた。
「…そんなもんなのか?」
そういえば、自分が豪が死んだときのことを思い出して震えてきたときに…
自分を責めなくていいと。それはつまり。
わかっていた、のだろうか。
それに、今でこそ自覚するが、ミニ四駆を走らせていたとき、確かに二人は頭の中だけで会話をしていた。
「最悪だ…」
感情がある程度わかってしまうというのか、今の豪は。
「烈、ごはん出来たよ〜」
母親の呼ぶ声がして、烈は顔をあげた。
また、烈には普通の日々だが、やはり普通じゃない日がはじまるのだろう。
「今行く」
食卓には3人分の朝食が並ぶ。
それでも、豪はいる。
玄関をくぐると、雨は止んで青空が広がっていた。
(綺麗だな)
「そうだな、行こう、豪」
(おう)

やっぱり普通じゃないかもしれない。
いつまでも続くと思いたい。こんな日々が。

 

 

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