1.僕達の存在意義


やっぱり、こういう些細なことが、幸せかと思うんだ。


(烈兄貴、最近無理して無い?)
ふと、豪がそんなことを聞いた。
「そんなつもりは無いけど…今まで楽してただけだよ」
そう言って、烈は豪に笑う。
豪はあの日以来、16歳の姿でいる。豪が言うには”もう必要がなくなったから”らしい。
姿が変わろうともその日常は変わらず。物が触れるようになったわけでもなく、豪が生き返るはずもなく。
ただ、両思いになったという自覚だけがあって。
(ならいいんんだけどさ…)
「お前ってそんな心配性だったか?」
(べーつにぃ)
ふっと消える。それを烈は安心して見送れるようにはなった。
恋人らしいことなんて、一度もして無いけど。
お互いがお互いのことを何より考えて理解してくれることが、嬉しい。

豪の作ったデザイン画を、土屋博士とJに見せると、二人とも驚いてそれをじっくりと見ていた。
「すごいな…さすが豪くんというか」
「本当に、デザイン画だけというのが惜しいよ」
二人ともの感想は、すごいの一言。そして最後のページにあった、「誕生日までに仕上げる」の文字に一瞬だけ表情が曇る。
「博士、それで折り入って頼みたいことがあるんです」
「なんだね?」
「…豪がデザインしたマシンを完成させたいんです、ここの設備を使わせてください」
言うと、博士はあっさり承諾してくれた。Jも手伝ってくれるという。
「そうか…私もミニ四駆の設計からは一線を退いている。あまりいい設備とは言えないよ」
「構いません」
「なら、好きなだけ使っていいよ。豪くんもきっと喜ぶ」
「はい」
「兄弟初の合作になるわけだね」
烈は隣にいる豪を見上げる。豪は嬉しそうな表情をして、親指を立てた。
「(これが完成したら、豪は…)」
きっと消えてしまうだろう。それでも、完成させると決めたのは自分だ。
「…お願いします」

そうして、烈は大学受験とミニ四駆の設計を同時にこなす日々を送る。
夏休みも近い日のことだった。
烈がいきなり、大量の作文用紙を持ってきた。
(どうしたの?烈兄貴)
「ちょっと、勉強の方法を変える事にした」
(…変える?)
「大学に推薦入試で入る」
そのための練習用紙、と机に作文用紙を乗せた。
(推薦入試って…普通の試験と違うのか?)
「普通の入試は大体学力試験だけで決まる。だけど推薦入試は今までの成績とか態度とかが問われるんだ。試験内容も違う」
(へぇ…)
”試験に出る小論文の書き方”という本を見ながら、烈は答える。
「内容は面接と、小論文、あと学力検査らしいな」
(でもなんで推薦入試にしたんだよ)
「その方が早く受験勉強がが終わるんだよ」
ぱたん、と烈が本を閉じた。
「推薦入試は普通入試よりも早く試験があるし、その分結果が出るのも早い。部活もそれなりにやってたし、先生も推薦書を出してくれるって」
(…烈兄貴)
ふと、烈がうつむく。
「早く、マシン完成のほうに重点を置きたいからな、夏休みはとりあえず試験のほうに集中するように言ったら土屋博士も構わないと言ってた」
言うと、ふわっと気配が変わった。
(…ありがと、兄貴)
「…」
たまにこうなる。豪はなにか遠い目をして、烈を見ている。あんな微笑み方は、烈には出来ないと思った。
「豪…」
(俺、すっごく嬉しい)
まともに言われて、烈のほうが照れてしまう。
「ばか、そういうことを真面目な顔で言うな」
(え〜いいじゃん)
「よくない」
言われたほうのことを考えてほしいと、烈は悩む。もっとも、声自体は烈にしか聞こえないのだけど。


※  ※   ※



夏休み前の、最後の登校日。
烈は大量のプリントを鞄に詰めて、教室を出た。
それなりの成績も取り、いよいよ明日から夏休みということで、皆が浮かれ気分でいる。
しかし3年生はそうも行かない人間もいる。
烈も朝から夕方まで夏期講習が入っていた。
「(さて、と……そろそろ帰ろうかな)」
そう思って、向かったとき。廊下をすれ違う二人から声がしたのだ。

「星馬って、あの春休みに死んだ星馬豪のことか?」
「そうそう、交通事故で」
「そういえば、なんであいつって死んだんだ?」
「あいつってさ、昔ミニ四駆で世界大会に出てたって言ってただろ?そのミニ四駆を拾おうとして事故ったらしいぜ」
「マジ?そんなオモチャ拾おうとしてあいつ死んだの?」
「まぁ、当時は人気だったけどな、でもそのために命投げ出したんだから、バカっていうか」
「そのおかげで俺たちレギュラーになれたんだから、星馬に感謝しないとな」

今、何て言った?
豪が、ミニ四駆を拾おうとしてそのために死んだのが、バカだって?
「…おい」
「ん?」
そのときの自分の顔は、きっと怖かったに違いない。
「豪が、バカだって?」
ぎり、と歯が軋む。こんなに怒りを覚えたのは生まれて初めてだ。
「お、おい…」
「やべ、こいつは……」
逃げようとした一人の腕を掴んだ。
自分の出せるだけの力を持って握る。
「…ミニ四駆を助けようとして死んだ豪が、バカだって?」
睨み付ける二人が怯む。
ダメだ、こんなところで争うべきじゃないのに。わかっているのに。
止められない。
握った腕を振り、壁に叩きつける。
まだ、足りない。
「お前達にわかるのか?俺達がどんな気持ちでミニ四駆を走らせてたのか、何よりも大切だったと思うのか」
「な、何言って…」
「どんなに時間が経ったって、大切だと思うものに変わりなんて無いんだ。それを、オモチャだって?」
ぐるぐると憎しみが増大していく。
目の前のものを破壊したくなる。
「わかってほしいとは言わない、だけど……」
腕を振り上げた。

「豪を侮辱することは、絶対に許さない!」

腕を振り下ろそうとした。そのとき。
(ダメだ、兄貴!)
「…!」
ばんっ、と大きな音がする。
軌道が逸れた。手を窓枠に強かに打ったが、痛みよりも、悲しみが襲う。
「……はぁ……はぁ……」
息が荒くなる。腕を解放された奴は、そそくさと逃げていく。
全部の力が抜けて、跪く。
「(…豪)」
心の中だけで呼ぶと、心配そうな顔をして豪がそばにいる。
半透明の幽霊で。
(烈兄貴……)
人が集まってくる。とりあえず立ち上がってその場から駆け出した。
どこへ行こうかなんて、決めてなかった。


「…豪、殴ろうとした僕を止めたの、お前だろ」
たどり着いたのは、屋上近くの階段。埃っぽいところだが、人がいない。
(……うん)
「何で止めたんだよ」
(だ、だって烈兄貴、推薦されるには態度がどうのこうのって……)
「そんなの、どうだってよかったよ」
ずるずると下がり、階段に座る。豪は何かを感じたのか、隣に同じように座った。
(烈兄貴、何があったの?俺を侮辱するのが許さないって……)
「お前が、ミニ四駆を助けようとして死んだこと、バカだって言うから…つい、かっとなった」
豪は驚いたようだったが、
(なるほどな、それを烈兄貴の前で言っちゃったのか…そっちの方こそバカなのに)
怒らせると怖いからな、烈兄貴は。と言い、くすくす笑った。烈はその豪の態度に呆然とする。
「…なんで、お前、怒らないんだよ」
(え?だって……本当のことだぜ、ただ、ひとつ間違ってることがあるけど、な…)
そういって、ふと豪は目を伏せる。
片手を出すと、ぽうっと光が灯り、豪の手にはビートマグナムが納まっていた。
(烈兄貴が何にも言わないから、たぶん忘れてると思ってた……思い出して欲しく無かったけど)
「…豪?」
思い出して欲しくなかった?誰に?
そういえば、どうしてビートマグナムは豪の手の中にあるんだろう。
豪がマグナムを持てると言うことは、マグナムも幽霊ということになる。
(ビートマグナムは壊れたんだ。俺と一緒に、火葬された。死ぬときさえも一緒だったんだな、マグナム……)
そういって、豪は子犬でも撫でるかのようにマグナムを撫でている。
「そんな……豪、お前……」

あの日、豪が死んだ日。
”僕が”マグナムを持っていた。それを子供に見せたあと、その子の不注意でマグナムが車道に飛び出した。
それを取ろうとしたのが僕。反対車線にいた豪は、たまたま僕の姿を見つけて。
何が起こったのかも知らずに、ただ助けようとして。
飛び出したんだ。

(マグナムを棺に入れてくれたの、烈兄貴なんだよ。そのおかげで、マグナムはまたここにいる)
俺が触れる唯一のもの。マグナムがあったから、烈は豪の存在に気づいた。
「…豪」
(何?烈兄貴)
「お前、僕を憎まないのか?」
(どうして?)
きょとん、として首をかしげる。
「僕のせいでお前は死んだのに。そのうえ、その元凶を作ったのは僕で、マグナムを壊したのに……」
(それはもう後悔して泣いて謝っただろ?だから2回目は無しな)
だから泣くなよ、と豪は苦笑いをした。
(俺は大丈夫だから。マグナムは壊れたけど、烈兄貴は生きててくれてる。それで十分だよ、マグナムも許してくれる)
な、とマグナムに語りかけると、肯定するかのように震え、そしてまた光になって消えた。
「なんで、豪はそんなに優しいんだよ……」
(へ?俺優しい?そういわれると照れるな、でも……)
ぐっっと手を握り、豪は立ち上がる。

(あいつら許せねぇ、烈兄貴の前でそんなこと言うなんて!復讐だっ!!)

烈兄貴手伝って、と手を伸ばした。
「…豪?」
(兄貴もこのままじゃ済まさねぇだろ?二人であいつらに復讐するんだよ)
「復讐っておい、どうすんだよ」
(烈兄貴、今俺幽霊なんだぜ、幽霊が復讐することって言ったら一つしかないだろ?)
にや、と笑った。

(呪ってやるんだよ……)

耳元で囁いてやった。
「うわあああ!!」
烈の絶叫に豪が耳をふさぎ、怒られたのは言うまでも無い。

そして、その日の夜。



あの二人の名前と家は、豪が知っていた。
時刻は夜11時、計画を実行に移すときが来た。
散歩に行くと適当に母にいい、外に出て30分。
烈と豪は1軒の家の前に立っていた。
「よし豪、思いっきり呪ってやれ」
(なんか兄貴、張り切ってる……?)
「当然だろ?」
本当に楽しそうに見える。
こういうときの兄は逆らわないほうがいいことは、豪が一番よく知っていた。
(俺がおどかすから何だけど、ごめんな…)
豪はぼそっと呟いた。烈はじっとその家を見ている。
「二階の窓が開いてるな」
(これなら入れそうだぜ)
「豪、行け」
(へいへい)
ふわっと豪が浮かぶ。
「幽霊らしく、生気が出ないようにしろよ。お前は幽霊らしくないんだから」
(でもそうすると、俺誰にも見えなくなるぜ)
「見える程度に」
(…そうかよ)
豪はため息をつく。ダメだ、驚かされるのが大嫌いな分、驚かすほうになるとノリノリだ。
(烈兄貴、手を出して)
「ん、どうするんだよ」
(ちょっとした願掛け)
大人しく手を出すと、豪は両手で烈の手を包み込んで瞑想しているかのようにわずかに目を閉じた。
確かに、祈っているようだと烈は思う。
(よし、終わり)
豪は手を離すと、家に向かった。
(じゃあ兄貴、行ってくる)
「いってらっしゃーい」
手を振る。幽霊にすることかよ、と思いながら豪は部屋の中へ進入した。

(えーっと、あいつの部屋は……)
壁をすりぬけ、きょろきょろあたりを探す。
3回くらい壁抜けをして、1人でテレビを見ている人物を見つける。
(お、いたいた)
1人でいることを確認して、豪は眼を閉じた。
烈が言っていたことを思い出す。

「いいか豪、あんまり言葉は喋るなよ。まずは、部屋の明かりを消すんだ」

幽霊指南を兄貴から受けるとは思わなかった。たぶん、自分が怖いと思うことを言ってるんだと思うが。
ふっ、と明かりとテレビが消えた。
「うわっ、停電か?」
豪は目を開けた。驚いている相手が見える。豪の眼は今となっては夜昼関係ない。

「相手は部屋を出ると思うから、ドアの前に立って現れること。顔は見せるなよ」

(分かってるよ、兄貴)
ドアの前に浮かび、ゆっくりと存在を明確にさせていく。下を向くようにして、前髪で目を隠す。
烈が言うには、夜になると少し光るらしいから、相手を見るにはちょうどいい。
「うわああっ!!」
絶叫成功。あとは畳み掛けていく。
ひた、ひたとゆっくり足を踏み出す。なるだけ歩きにくそうに身体を揺らしながら。
「ひぃ…お前……せい、ば……」
髪を揺らしながら、前に前に。相手が壁に当たって身動きが取れなくなったところで、顔を上げる。
(……)

「お前に呪いそうな目なんて無理だから、眠そうな感じで見ろよ」

本当に心霊現象ですよお兄様。
確かにここまでやれば幽霊らしさ満点だろう。雰囲気づくりの天才じゃないかと豪は思った。
「…せ、せいば……なん、…おまえ、死んだ……」
ああ死にましたよ、お前にレギュラー譲るためじゃないけどな。
だけど、兄貴を怒らせたことは、償ってもらうからな。
ゆっくりと、怯えるそいつに顔を近づける。
そして、一言だけ囁く。

(…兄貴に、謝れ………)


「ぎゃああああ!!」
一軒家に、絶叫が響いた。
(終わったぜ、兄貴)
降りてくる豪に、烈は満足そうな顔で向かえて、
「よくやったな、豪」
頭を撫でてくれる。
(なんか、とんでもなく呪いを間違ってない?兄貴……)
「何か言ったか?豪、次の家行くぞ」
(はーい……)

月夜の下、1つの影が歩いていき、2人の夜は更けていった。


翌日、夏期講習に行くために学校に来た烈が見たのは、例の二人だった。
「……あの、これ星馬の墓前にやってください」
差し出したのは、花束。
「君たち……」
見ると、二人は気まずそうな顔をして見合わせた。
「昨日は、すみませんでした」
ぺこ、と頭を下げ、そのあと二人は駆け出していった。
「……」
烈はその姿を見送る。
「…だってさ、豪」
(まぁいいんじゃねぇの?俺の墓前、っていうのはがちょっと気に入らないけど)
綺麗な花には罪はないしね、と豪は笑った。
「でも帰りに渡して欲しかったな。どうするんだよ、これから授業なのに」
烈はそう言ったが、本気で困っている言葉ではなかった。
 

 

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ミニ四駆を棺に入れたら怒られます。
おそらくこっそり良江さんが取り出して処分したかと。

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