3.逆再生
「こんにちは」
夏休みも終わりに近づいた日、烈は土屋研究所に向かった。
豪も一緒についていく。マシンを作るためだった。
「いらっしゃい、烈くん」
「烈くん、久しぶりでげす」
(その声…藤吉か?)
豪の方が声の主に気づいたらしい。烈が部屋に入ると、確かに藤吉がいた。
「藤吉くん、久しぶり。どうしてここに?」
「やっとオフが取れたから来たんでげす、烈くんが元気そうでよかったでげす」
そういう藤吉は相変わらずの蝶ネクタイを結んでいる。
Jは傍で烈にコーヒーを用意してくれた。
「じゃあ、またすぐに?」
「わては三国コンツェルンの後継者でゲスよ。まぁ、実際継ぐのはあと5年先くらいになるんげすが…」
聞くと、父親が健在でまだ藤吉に全権を譲る気が無いらしい。
まだまだ勉強不足、ということなのだろう。藤吉は世界を回って来るべき日のための修行中なのだ。
「これで、ビクトリーズの3人が来たってわけだね」
「リョウくんも来るって言ってたげすよ」
「本当に?」
「遅くなるって言ってたけどね」
だからゆっくりしていって、とJは言った。
(それじゃ、ビクトリーズが全員そろうんだな)
「(…豪)」
豪はそう言い、目を細めた。
そうして3人でお茶を飲んだ後、Jはふと気づいたように、
「そうだ烈くん、例のパーツだけどできたから試してみる?」
例のパーツというのは、豪が描いたデザイン画にあったオリジナルパーツのことだ。
「本当?やらせてもらっていい?」
「いいよ」
「烈くん、何か作ってるんでゲスか?」
藤吉が不思議そうに烈に尋ねる。
「…うん、豪がデザインしたマシンをね」
「そうでげすか、豪くんが……」
藤吉も、豪は死んだことは知っている。みんな葬式には来て泣いていたのだから。
そのときのことを烈はあまり覚えていないが、口には出さない。
沈黙がしばらく続いたが、藤吉は烈を見て笑った。
「烈くん、わてにも見せて欲しいでゲス」
「…藤吉くん」
(藤吉、お前…)
豪も気づいたのか、まじまじと藤吉を見た。
「わてに出来ることがあるなら、なんでもするでゲスよ」
藤吉にとっても、豪は大切な仲間ということは、全員が知っている。
だからこその要望。
(…いいぜ、藤吉にも見せてやるよ、烈兄貴、いいよな)
豪はふふ、と悪戯っぽく笑う。烈もうなずいた。
「ありがとう、藤吉くんに手伝ってもらえば百人力だよ」
「まぁ、豪くんのデザインだからどんなものかはちょっと怖いでげす」
(なんだと〜!!)
「…!!」
藤吉がはっとしてあたりを見渡した。
「…どうしたの?藤吉くん」
「今、豪くんの声がしたんでげす……」
「…え?」
まさか、と思って烈は豪を見た。豪も驚いた様子で藤吉を見ている。
(まぁ、見えても不思議じゃないかもな)
「(…豪?)」
豪は、なにか知っているような口ぶりでそれだけ答えた。
※ ※ ※
「…豪くんにしては、すごいアイディアでげすな」
原案のスケッチブックに一通り目にした藤吉は言う。
「そうだね、僕も全然知らなかったんだ。見つけたのも、つい最近で」
「でも、この原案を見る限り、新型マシンはコーナリング重視のマシンのようでげすな」
確かに、それは烈も不思議に思っていた。豪がデザインしたマシンは、コーナリングを重視したマシン。
かっ飛びが信条の豪にとって、コーナー重視のマシンを作るなど思っても無かった。
最後のページの言葉を見て、藤吉は納得する。
「これを烈くんの誕生日プレゼントにするつもりだったんでげすね、烈くんにあげるつもりだったのなら、コーナー重視のマシンにしても不思議じゃないでげす」
「そうだね、でもあいつがここまでするなんて思ってなかった」
(…悪かったな)
豪のすねた声が聞こえて、烈は苦笑する。
「…烈くん?」
「いや、なんでもないんだ」
幽霊が見えるなんて、言っても信じてもらえるかどうか。ビクトリーズメンバーの中で、一番のおばけ嫌いだったのに。
「パーツの素材はわての方で用意するでげす、今はあのときよりも技術も比べ物もならないげすから、とんでもないマシンができるかもしれないでげすな」
「まぁ、豪の作るマシンはいつもとんでもないマシンだから…」
「それはいえてるげすな」
二人して過去を思い出し、うんうんと納得している。
(お前ら、そんな風に俺を見てたのかよ)
「(当たり前だろ)」
サイクロンマグナムもビートマグナムも基本アイディアは豪が出した。天才デザイナーとあの時は言っていたが今となると本当だったのかもしれないとさえ思う。、
「でも、烈くんが元気そうでなによりでげすよ」
「藤吉くん」
藤吉は烈を見て懐かしいものを見るように言った。
「烈くんと豪くんはそりゃあ、わてから見ても正反対みたいな兄弟で、そのせいで喧嘩してでも仲が良くて……二人のコンビは抜群だったでげす」
「……」
「だから、その片方がいなくなって、烈くんが落ち込んでいるんじゃないかと思ったんでげす」
確かに、落ち込んでいた。いや、それ以上の状態だった。
壊れていたのだから。そのせいで豪が出てくるくらいに。
「……烈くん」
部屋から戻ってきたJが、烈を見て心配そうに呼びかける。
烈はしばらくして首を振った。
「まぁ、確かに落ち込んだよ、すごくね……でも、今はその前にマシンを作ってやりたいんだ。豪のためにもね」
そう言い、烈は豪を見上げた。豪は笑っている。
「烈くん……」
3人が沈黙したときだった。
「遅くなってすまない」
突然、がちゃりとドアが開いた。
(リョウ!)
「「「リョウくん」」」
リョウが立っていた。長い黒髪は相変わらず、身長はかなり伸びたと思う。
その黒髪をタオルで拭いていた。
「どうしたの?濡れてるみたいだけど……」
「ああ、夕立にやられた」
「それは災難だったでげすな」
外を見ると、雨がざあざあ降っていた。時折、雷が聞こえ出す。
「けっこうすごいね、あ、雷だ」
Jはあまり関心の無い様子で感想を語る。
「Jくん、今日はここまでにしておこう。雷に当たって機械が壊れちゃうとまずいから」
「わかった」
Jは機械を止めに部屋を出て行った。
「久しぶりだな、藤吉、烈」
「久しぶりでげす」
「リョウくんも元気そうだね」
(ホントホント、全然変わってねぇ)
豪は楽しそうに見ている。向こうには全く見えていないのに。
声をかけても、届かないのに。
「(豪、みんなにお前のこと話すか?)」
(俺はどっちでもいいぜ)
俺が決めることじゃないし、と豪はあっさり判断を烈にゆだねた。
「(どっちでもいい、と言われてもな…)」
リョウは藤吉と話をしている。雨が一層強くなり、まるで嵐が来ているようだ。
「…はぁ」
どうしようか悩んで、しばらく経ったころ。
(……っ)
豪が突然きょろきょろをあたりを見渡し始めた。そして、気づいたように上を見る。
(…ん……)
「(どうしたんだよ)」
にらむような表情で、豪は天井を見上げている。
(…来る)
「えっ?」
かっ、と雷鳴が轟いた。
それに続く、耳が痛くなるような轟音。
ふっ、と明かりがすべて消えた。
「うわっ」
「停電、みたいでげすな」
「まいったな…」
真がりの中、思い思いの声が聞こえた。
空は灰色になっていて真っ暗と言うわけでもないが、それでも周りが見えにくいほど暗かった。
烈はとりあえず壁に手をつき、自分の居場所を確保する。
(烈兄貴)
豪の声が聞こえる。後ろを見ると、豪がぼんやりと光っている。
暗闇でもまったく気にしない豪の眼は、烈の姿をはっきりと捉えていた。
「(豪、ちょっと明るくしてくれよ)」
(烈兄貴、俺は非常ライト…?)
「(つべこべ言うな。明かりを探すんだから)」
このままだと明かりを探すのも困難だ。少しでも光源を強くしたい。
(それはいいけど、そうするとたぶん俺は見えるようになる)
「…へ?」
(……)
豪はそれだけ言うと黙った。何も言わない豪に、烈が口を開いた。
「いいんじゃないか?見せてやっても」
そう言って笑った、みんなを脅かすつもりなのだ。烈は。
(わかった。烈兄貴がそういうなら)
豪も悪戯っぽく笑う。
「烈くん、さっきから一人で何言ってるんでげす?」
「明かりを探すから烈も手伝ってくれ」
リョウと藤吉が烈に言うが、烈は首を振った。
「ちょっと、明かりをつけるの待ってくれないかな?見せたいものがあるんだ」
「見せたいもの?」
こんなときに、と二人は思ったがJだけは事情を知っているので
「いいんじゃない?こういう時にしか出られないかもしれないから」
「…は?」
くすくす笑った。
「烈くん、僕も見たことは無かったから見たいよ」
「うん、きっと見えるようになるよ」
烈は数歩歩いて、部屋の中央あたりに立つ。
そばに豪がいる。
(兄貴の上のほうにいるから)
「僕の、上のほうを見てて」
「お、おう…」
「何をする気でげす?」
事情を全く知らない藤吉とリョウが訝しむように烈を見る。
烈が手を伸ばす。
豪がその手を取った。
「出て来いよ、豪」
(おう!)
ふわ、っと空気が変わった。
烈の手を握り締めた端から、ゆっくりとその存在を明確にしていく。
「…ご、豪くん……」
生きていたときそのままに。16歳の豪が陽炎のように現れる。
まるでビデオを逆再生するかのように、溶けかけたアイスを戻すように。
伸ばした烈の指の先を握り締めて、豪が浮かんでいる。
やがて、その手が離れた。
(どう、見えるか?って…見えてるみたいだな)
二人ともこっちをみてぽかん、としているのだから。
「あ〜…えっと……」
烈も反応に困り、頬を掻いた。
「豪くん、ひさしぶりだね」
口火を切るように、Jが豪に話しかける。
(おう、久しぶりだな)
笑った豪に、Jも嬉しそうに返した。藤吉が恐る恐る聞いてみる。
「じぇ、Jくん……”あれ”は何でげす?豪くんそっくりでげすが…」
「え?だから豪くんの幽霊でしょ?」
さらりと返した。烈はすごい…とJをまじまじと見た。
「ゆ、幽霊って……まぁ、そう言われれば……」
藤吉が最後に見た豪は棺の中で眠っていた豪だ。それと比べるとこっちの豪のほうが明らかに豪らしい。
(悪かったな、久しぶりに会ったのにこんな感じになってよ)
口をぱくぱくさせる豪に、首を傾げる。
「烈くん、豪くんはなんて言ってるんでげす?」
「久しぶりに会ったのにこんな再会で悪かったって」
「豪くん……」
豪はくす、と笑った。ふわふわと浮かんでおり、半透明だが、これは豪だ。確かにそう思う。
「まったく、ぜーんぜん幽霊らしくないでげすよ豪くん」
かつてのように突っ込みをいれると、豪は怒っていた。なんだか可笑しくなる。
「リョウくん、これは豪くんでげすよ」
藤吉はそういうと、リョウを見た。リョウは固まっている。
(…リョウ?)
「あ、ああ……」
いくら豪でも、リョウは幽霊がダメだった。身体が硬直してしまっていた。
豪はリョウのまわりをくるっと回ってみる。そして納得したように離れた。
(お前は俺の存在が体質的にダメっぽいな、しょうがないから黙っておいてやるよ)
「…豪?」
(なんでもないよ)
豪は烈の隣へと戻った。
「烈くん、これはいったいどういうことでげす?説明して欲しいでげす」
「うん、実は……」
※ ※ ※
「なるほど、そういうことだったんでげすか」
藤吉も納得した。
「信じられないことでげすが、証拠を見せ付けられては認めないわけにはいかないでげすな」
「藤吉くん」
(藤吉…)
二人で顔を見合わせて笑ったとたん、ふっと電源が戻った。
とたんに、Jと藤吉から豪の姿が消える。
「あ、消えたでげす」
「僕も見えない…」
烈には普通に見えている。
(光で俺の姿が見えなくなったみたいだな)
豪がそういった。
「ごめん、3人とも……豪の存在を、信じてくれる?」
こんな姿だけど、確かに見えるし、いるのだから。
「当たり前でげす。わては見たものはきっちり信じるでげすよ」
「僕もだよ、豪くんがいれば、マシンの完成もはかどると思う」
「…俺も、信じよう……」
そういったのはリョウだった。
「リョウくん…」
「いることは、信じる。だが……」
身体が拒絶してしまう。リョウは唇を噛んだ。
「それで、十分だよ……」
それから、藤吉も暇を見つけては烈に電話したり、土屋研究所に来るようになった。
”しかし、驚いたのは烈くんでげす。一番幽霊がダメだと思ってたのに”
「まぁね、豪以外はダメっぽいから」
(烈兄貴〜)
ひや、と肩に豪の手が置かれた。
「うわあああ!!」
烈が絶叫する。豪がとっさに耳を塞ぐ。
「豪!お前俺を呼ぶときは声を出せっていつもいつも言ってるだろ!」
(悪い悪い、つい…)
ぷっ、っと電話越しに噴出す声が聞こえた。
”本当に、変わってないでげすな”
「まぁね」
電話越しに二人で笑い、豪は首をかしげた。
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