5.微睡む君と





夢を見ている。


夜の闇のような青が、世界に広がっていた。
(ここ、は……)
何も聞こえない。夜の闇と、星がただ煌々と漂っている。
光と闇が交互に混ざり合い、美しくも悲しい雰囲気を出している。
足がついている?ついていない?
どこまで続くのかわからない。
僕は、どこにいる?
わからないまま進む。わからない故に進んだ。
やがて、声のようなものが聞こえた。

……

(…誰?)
誰か、僕を呼んでいるような気がした。
その声のするほうへ向かってみると、また声が聞こえた。

…うう、っ……ひくっ……

(誰か…泣いてるの?)
呼んでみると、ふわっ、と光が結集し、ひとつの形を作った。
豪がいた。顔を手で覆い、しゃっくりあげている。
16歳の姿なのに、自分より長身のはずなのに。まるで幼子のように見える。
(お前、なんで…泣いてるんだ?)
そういう声は相手には聞こえてないらしく。どこまで言っても見えるだけで豪には届かない。
(豪、気づいてくれよ。豪……)
泣いてるなら、理由を聞く。困っていることなら、一緒に悩んでやる。

…助けて……

豪は、泣きながら言った。
(豪……)

助けてよ、烈兄貴……!!

泣きながら、叫んだ。
とたんに、どすっ!と豪の身体に剣が刺さった。
(豪!)


……あ………

胸に刺さった剣。豪は涙を溜めた顔で呆然と剣を見た。
(やめろ!豪を傷つけるな!)
叫んでも、豪には届かない。
どすっ、ともう1本、剣が豪の身体に刺さった。
豪の身体はよろめき、倒れる。
(豪!!)


…ダメだ。そんなこと言っても俺は烈兄貴を求めない。


倒れた豪の足元で、声がした。
(…!)
そこにいるのは、まったく同じ格好でいる、もう一人の豪。

助けて…烈兄貴……

うわごとのように、倒れた豪は僕の名前を呼ぶ。
立っている豪はそれを悲しげな表情で見下ろす。
これは、いったい何なんだ?
どうして、豪が二人いる?


確かに、お前は俺の本心だよ。だけど……それは言っちゃいけないことなんだ。


そういって、立っている豪は目を閉じた。


……


豪は泣きながら、手を伸ばす。
その手を、もう一人の豪が取った。
跪き、倒れた豪を抱きしめる。身体から剣を引き抜いて、泣き続ける豪をあやすように抱きしめる。
泣き疲れてしまったかのように、豪は目を閉じて、そして消えた。


ごめん、烈兄貴……


一人残されて、豪は眼を閉じた。


夢は、そこで終わった。



※   ※   ※



「……」
また、同じ夢を見たような気がする。
暗闇の中で、豪が泣いている豪を刺している。
信じられないようなことだったが、ずっとそんな夢。
ベッド脇を見ると、カーペットに座り、ベッドを背にして豪がぼーっとしている。
「豪、起きろよ…」
(……)
豪は何も言わずに、こちらを見た。
「…ご、ごう……?」
酷く、生気の無い目をしていた。顔がやけに白い。
糸が切れるように、横に倒れた。
「豪!」
しばらくして、はっと元に戻る。
(あ……)
瞳に、光がわずかに戻った。身体を起こして、首を振った。
「大丈夫か…?」
(うん…大丈夫)
「ならいいんだけど」
それでも、日に日に豪は昼間でもぼんやりとどこかを見ている日が多くなった。
強制的にそうなってしまうのだと言う。
眠そうな、気だるげな表情。
(ごめんな、すごく眠い感じなんだ。眠ることは、無いんだけど)
そういって微笑んだ。
幽霊に睡眠欲は無いという。ならば、豪は何故あんなにぼんやりしているのだろう。
もしかしたら。
一度眠っていたとき、豪は消えかけた。
もう一度眠ってしまったら…豪は。



その間に、推薦入試試験は滞りなく終わった。倍率は高かったが、多分大丈夫だろう。
豪は試験会場についていったが、校舎に入ることなく、外で待っていた。
気にはなったが、とりあえず集中して全て終わった頃には夕方になっていた。
「(豪、何処だ?)」
左右を見渡して探してみる。夕方の日の中で、風が吹く。
(兄貴、終わったんだ)
どこかから、豪の声がした。
「(お前、どこにいるんだよ)」
(ん、上に…)
上を見上げると、銀杏の木の枝に豪が座っていた。遠くを眺めている。
「(お前、そんなことにいたのかよ)」
高いところが嫌いで、絶対そんなことは無いと思っていたのに。
(最近、大丈夫になったみたいなんだ)
身体を投げ出し、豪は木から飛んだ。
「あ……」
さあっと、風が凪いだ。
黄色の銀杏の葉がばらばら散っていく。
長い髪が風に揺れて、今にも飛び立ってどこかに行きそうだった。
(じゃあ、帰ろう?)
烈の傍にふわりと降りた豪は、手を出した。
「ああ」
手を取って、二人で歩いた。
もう、そのときは近いかもしれない。と烈は思う。

豪が高いところを怖がらなくなって。
烈は幽霊をある程度容認した。

烈の未来は、決まりかけている。
豪が死んでいることも受け入れているし、それでも烈は烈のままで生きていける。
ただ、死んだことを受け入れることは出来ても、「二度目の別れ」にきっと心は引き裂かれてしまうだろう。
1度目のようなことは無いが、豪のことを思って、これから生きていくのだろう。
それくらいには、豪のことを、大切に思っている。

豪と出会ってから半年と1ヶ月を過ぎていた。思えば不安定だろう受験も、豪が居たから乗り切れた。
先へ進む道しるべも、今の豪が作ったようなものだ。
「これで、あとはマシン完成に専念できるな」
(そうだな)
家に帰って、二人して笑った。豪は最近になって、烈の部屋で夜を過ごすようになった。
そうして欲しいと言ったのは烈からだった。
思えば、そこからだろう。
あの、豪の夢を見るようになったのは。
(……でも、あんまり一緒に寝たくないんだ。本当は)
「えっ?」
目を細めて、身体を投げ出していた豪の言葉は、烈にとっては予想外だった。
(兄貴が眠るまでは、いいんだ。問題はその後なんだよ…烈兄貴、たまに俺の意識の中に入ってる)
言って、豪はため息をついた。
(ひどいよ、勝手に人の心に入って、全部見ちゃってさ)
ひどいと言ったが、あまり怒っている風ではなく、諦めたような表情をした。
「豪の、心の中に、入ってる?」
いくら一緒にいるからって、そんなことは…と思い直して、はっとした。
「まさか、あの夢か?」
(……)
沈黙は、肯定の意思。
「……そうか、なんか同じ夢ばかり見ると思って不思議に思ってたけど、あれは、お前の……」
(おかしいだろ?兄貴を守りたいって思って幽霊になったのに、兄貴に助けてって、必死で叫んでるんだから)
自嘲地味に笑う。
「そんなことは無いよ、むしろそうして欲しいくらいだ」
烈はあっさりと言い切った。
(烈、兄貴……?)
「お前が自分で何でも解決できないことくらい、わかってるんだよ。10年以上一緒にいた兄貴なんだから」
(……)
「なのに、お前が珍しくそういうことを全部隠して俺に接していたとはな、俺も舐められたもんだね」
きょとん、として豪は烈を見た。
烈お得意のお説教、らしいこれは。
「全く、いっつもいっつも自分の言うことに正直で、人の手ぐいぐい引っ張って連れまわして、そんなお前はどこに行っちゃったわけ?
今のお前、全然豪らしくない。泣きたいなら泣けばよかったじゃないか。離れたくないって、叫べばよかった。そうしなかったのは俺のせいか?
違うね、全部お前のせいだ。俺のこと全然信用してなくて、叫べば俺が悲しむんじゃないかって思ってたんだ。
俺はそんなに弱くないし、兄貴らしいこともできる。というか、今まで兄貴だったんだ。これからも俺は星馬豪の兄で星馬烈だ。
そりゃあ、お前が死んでから一回は壊れたよ。だけど直ったんだ、二度目に同じことで壊れたりはしない。
お前がどんなふうに叫んだって、俺は受け止めるつもりだし、慰めてもやるつもりだ。もう少し信じてくれたっていいんだよ」
はぁ・・・と一気にまくしたてたところで、息が続かなくなり中断した。
「だ、か、ら。お前の中に入って刺さないように止めてやるよ。それでいいんだろ?」
な?と首を傾げて烈は笑ってみせた。
(…く……くく……)
ずっと呆然として聞いていた豪がいきなり震えだした。
(く……あはははは……)
思い切り笑っている。しかも涙まで浮かべている。
(烈兄貴お得意の説教、久しぶりに聞いた……すっげぇ……)
まだ笑いが止まらないらしい。ひーひー言っている。
「お前な……」
烈は呆れた顔で見ている。
(いやぁ…兄貴にそんなこと言われるなんて思ってなかったからさ。確かに今の俺はらしくないよ、でも兄貴にそこまで言われるとは……)
なんか、やっと兄弟に戻った感じ。と豪は笑い涙を湛えた。
「……」
今までぼんやりとしていたのが嘘のように、笑っている。
ここ最近ずっと遠くを見ていて烈を見ていなかったような豪が、久しぶりに帰ってきたような気がした。
(やっぱ俺、幽霊になってよかった)
豪は涙を拭きながら言った。


※   ※   ※



生きている人間同士が、100%分かり合うことなどありえない。
全てわかってしまったら、きっと醜くて澱んだ部分まで見てしまって、避けるしかなくなるだろう。
プライベートな部分があったから、人はいままで群れる社会を作ることができた。

…しかし、それは相手が、生きている人間の話だ。

(……)
また、蒼い闇の中。
光が射したかと思えばふっと消えて、異質だが幻想的だった。
ここには、一人しか住人は存在しない。だから、怖くは無かった。
(出て来いよ、豪…)
まるで深海の中のような、静寂の世界。普段見ている豪とは似ても似つかない。
同じといえば、そのイメージカラーが青で統一されていることくらいだった。

…助けて……

囁くように、声が聞こえた。
(…!)
あたりを見渡した。また、同じ泣き声。
ぼんやりとした光の向こう、豪はまだ泣いていた。
(豪、こっちに来い)
呼ぶと、豪は気がついてこっちを見た。泣き顔で目を見開いている。
今までまったく届くことの無かった声が、やっと届いた。

どうして、ここに……?

(お前が泣いてるから、来たんだよ。全く…一人で泣いてないで正直に言えばいいのに……)


烈兄貴…でも……

(何だよ、今までずっと呼んでたくせに。いまさら拒絶か?)

言うと、豪はふるふる首を振った。
顔を上げて、ごしごし顔を擦って涙を拭く。
僕は豪の元へ進んでみた。今度はちゃんと近づいていって、豪の傍に行くことができた。
ほのかな光に囲われた豪は、まだぼうっと僕を見ている。

俺、こんなに弱いなんて、知らなかった……もう、離れたくないんだ。
兄貴は、そう思ってくれている?

尋ねた瞬間だった。
豪の背後で、煌きが走った。

(豪!)

振り下ろされた刃を掴んだ。
その先にいる、冷たい目で豪を見ている。もう一人の豪。
阻止されたことに、わずかに眉を寄せた。
僕が睨み付けても、平然としている。

なんで、烈兄貴が邪魔するんだよ……そいつを刺さなきゃ……

ぐぐ、力をこめる。力では豪に適わない。本気で自分を刺そうとしている。
しかも、僕を無視して。
(この、馬鹿豪!)
ぱちいん、と軽快な音が響いた。
左手で思いっきりひっぱたいてやった。豪を殴るとは思わなかったが、この際はしょうがない。
こうでもしないと、話を聞こうとしないだろう。
豪は驚愕して刃を手放した。落ちた剣が闇に落ちて消える。
泣いていた豪も、僕を呆然と見ている。
赤くなった頬を押さえて、表情の見えない顔を見せた。

(はぁっ…お前、いつまでこいつを刺し続ける気だよ)

………

(俺がこの豪を見て、泣くとでも思っていたのか?馬鹿にするな!)

思いっきり怒りをぶちまけてやった。怒っているのは豪に対してじゃない、そんなことにさえ分からなかった自分自身。
そこまで豪に弱いと思わせてしまった、自分自身。

…そうじゃない、よ……兄貴……

やっと、豪が声を出した。頬を片手で押さえて、目を伏せた。

俺は、兄貴が強いことを知ってる。それに、俺が頼っていたことも。
でも……俺が烈兄貴のそばにいる理由は知ってるだろ?兄貴を守りたいって。それが今の俺の存在理由。
もしそれが逆転しちまったら、どうなる?俺は本来の目的を見失って、消えちまう。

それは、俺もわかってた。

後ろを向くと、泣いていた豪がぽつぽつ口を開いた。

助けて、と叫び続けていられたのは、烈兄貴にその声が届かないから。
届くなんて、最初から思ってない。それでも叫ばずにいられなかった。
俺が俺を刺すのは、叫びすぎて烈兄貴に届くのが怖かったから。その前に、自分を刺して止めたんだ。

(…そんな……)

だから……
再び、豪の手に剣が現れて、握り締めた。
切っ先を烈に向ける。

…烈兄貴、そこをどいてくれ。俺は消えるその日まで、俺を刺す。
叫び続ける俺を止めるために。

(そんなことはさせない!)

僕は豪の前に立ちはだかって両手を広げた。
二人の豪が、驚いた表情をする。

…どいて、烈兄貴。

(嫌だ、絶対にどかない!お前だって分かってるんだろう?それがお前の本心だって、なんで否定するんだ!)

じゃあ、そこにいる俺を、烈兄貴はどうするつもりなんだ?

(…え?)

放置すれば、俺は消えるよ?約束のときより前に…自分の存在理由と、思いが矛盾を起こして、
前のようなことになるぜ。いや…もっと酷いことになる。
今度は、俺が壊れる。それでも、烈兄貴は俺を止めるのか?

豪が、壊れる?
そこまで豪は、自分を追い込んでいたってことになるのか?
刺して、刺し続けて、そうでもしないと叫んでしまう。
幽霊は、思いの塊のようなもの。それが変わってしまうくらいに、豪は僕のことを……
今の僕に、何が出来る?
少しだけ考えた。いや、もう答えは決まっていたのかもしれない。

(……豪、少しだけ、時間をくれないか)

……何を、するんだ?

僕は後ろにいる豪を見た。涙の後がいくつもいくつもあって、頬が乾いてる。
そうして、ずっと求めていた豪を。

(こっちの豪を説得する。少なくとも、俺はここにいるから、その思いを聞いてやることは出来る。
現実で聞くと豪の心が壊れるって言うなら、ここで聞くんだ。それなら文句は無いんだろう?)

もう、自分自身で傷つけることの無いように。
今ここにいる僕が、できる唯一のことだ。

しばらく僕の顔を見た豪は剣を下ろし、僕に言う。

……その俺は、本能で烈兄貴を求める俺だ。
説得するというなら、してみるといい。俺は、烈兄貴が強いことは知ってるけど、どこまで強いのか、知らないから。

(見せてやるよ、僕の強さを)
挑戦的な笑みを浮かべると、豪は仕方ないというような顔で苦笑いをした。

烈兄貴……

見合わせると、豪は怯えるような表情をする。
(大丈夫だ)
跪いて、豪と同じ位置に目線を合わせる。
(ごめん、情けない兄貴で。でも、そんな泣いているお前も、強がっているお前も全部好きだ)
腕を伸ばして、抱きとめた。身長もこっちの方が低いのに、豪は不思議なほど腕の中にしっくりくる。
背中に腕を回して、抱いてやった。それくらいしか、できることは無かったから。
(離れたくないのは、俺も一緒なんだよ……いきなり豪が消えたとき、俺は豪の姿を探し続けて、疲れて、壊れた。
お前にそんなことはさせたくない。俺は、ここにいる。だから、全部吐き出してしまえ)
ぎゅうっと抱きしめてやる。長い髪を指で絡めた。

あ……ああ……

豪は震えだした。そして、世界は変わった。


うわああああっ……!!!

一気に風が舞い上がった。
(……っつ)
これは、何だ?過去の記憶が無理矢理再生されている。
僕が笑っている、怒っている。泣いている。落ち込んでいる。
全部、豪から見ている僕だ。
竜巻のように強い風を伴って舞い上がる。

ハナレナイデ。

イッショニイテ。

キエタクナイ。

烈兄貴が、好き。

シニタクナイ……

(……豪……)
僕を守って、死んだ豪は、その行為を後悔して無いと言った。
だけど。
死にたくなかった。もっと生きていたい。
僕と一緒に、生きていたかったんだ。

……うあっ……あああっ……

かつて、僕もそうして、豪にすがり付いて泣いた。
そのときは、豪は黙って僕の後悔の言葉を聞いてくれた。
けれど、豪は違う。
泣いても泣いても、僕に何も言っては来ない。
ずっと、泣いているだけだ。

(ごめんな、豪……俺に、お前が消えることを、止めることはできない。だけど……
お前のことを絶対に忘れない。忘れたりなんかしない――)

竜巻が、止んだ。
周りが見えるようになって、左右を見渡してみると、薄い青色の世界。
光が差して、まるで水の中のように浮遊感がある。

(豪?)
腕の中にいる豪は、眠っていた。
泣き疲れたらしい。やがて、すうっと消えた。
全部吐き出して、満足したのか安らかな表情をして。

…たいしたもんだな、烈兄貴は。
見ると、剣が柄の部分でなくなっている豪が、立っていた。

(見たか、俺は強いだろ?)

ああ、と豪は笑った。あんな冷たい目をしていた豪が、初めて笑ったような気がした。

こうなると、俺の出番がなくなりそうだな。

(…え?)

気がつくと、僕は豪に後ろから抱きしめられていた。

俺は、どんな風に兄貴を求めてた?
質問に、僕は消えた豪を思って、目を伏せる。

(…死にたくないって)

さまざまな思いがあったが、最後はいつも、僕が叫んでいた。
あれは、豪が死ぬ寸前の記憶だ。

(それは、誰もが持ってる感情だよ。豪はそれを言い出せなかったんだ。僕を責める事になるから。
消えたくないって感情より、そっちのほうが強かった)

そっか…生きていたかったんだよな。俺は…こんなに兄貴を幸せな時間が過ごせるなら幽霊でもいいかな、って思ってたけど。
俺は生きてこんな時間を過ごしたかったんだ。

豪は腕を離した。僕を間近で見る豪はとても嬉しそうだ。

(お前は、豪でも全然印象が違うな)

俺は、兄貴を助けたいと願う俺。でも…それも兄貴を求める心と同じもの。
ちょっと、形が違うだけ。兄貴が前に言ってたよな。

(そうだな)

形が変わっても、根本は一緒なんだ。


ありがと、烈兄貴。



 ※   ※   ※



(烈兄貴、おはよ)
目を覚ました。豪が隣でにこにこ笑っている。
「豪……」
(なんか、めちゃめちゃすっきりしてる。烈兄貴のおかげ?)
「もしかして、お前、覚えてない?」
(ん?何のこと?)
知らない知らない、と首を振る。
冗談めいている。しかし、豪はそれでも嬉しそうだ。
「まぁいいか。おはよ」
(うん)
でも、もうちょっと眠っていたい。
なんか、睡眠時間を全部豪に持っていかれた感じがする。
もう一回布団を被った。
(あれ?兄貴二度寝?)

「…お前のせいで、まともに眠った気がしないんだよ……」

もうちょっと眠りに浸らせろ、と顔を背けた。
(そっか、じゃあ俺も寝たふりでもしてようかな)
「……」
寝たふりだと分かってるじゃないか。

(……兄貴ってば、やっぱすごいよな)

「なにが……」
(なんでもないよ)
豪はそれ以上何も言おうとはしなかった。

「お前が、死ぬ前に、こうすればよかったよな……」

(そうだな……)
朝の光がカーテン越しに弱く照りつけた。


 

 

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タイムリバースの話中、一番現実味が薄い話。



豪の中には「烈を守護する豪」と「烈に庇護される豪」が存在する。
しかし、幽霊なった時点で豪は「烈を守護する豪」しか表に出せなくなっていた。
庇護されてしまうと、存在理由がなくなり、消えてしまうため。
助けて欲しい、と泣く自分を、豪はずっと刺すことで止めていた。

いくら直情でまっすぐでも、消えてしまうことよりはマシだから。


それをなんとかして烈が引っ張り出す話。

豪は消えること自体になんの未練もないが、
「生きてこんなことをしたかった」と未練を残している。
直情、故に全てを願わない。



 

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