6.雪に願いを、愛する価値を



烈の元に手紙が届いた。
大学の合格通知の手紙だった。
一足早く、烈は受験勉強を終えることに成功した。
(やったな、兄貴)
「ああ」
それでも、遊んでいられるわけでもない。
周りの皆は勉強中だ。嫉妬されることもあったが、そういうことは気にしないことにした。

豪は変わらない。
いや、前より明るくなったのかもしれない。
学校についていって、一緒に帰って。
一日一日、噛み締めるように烈と一緒にいる。

季節が過ぎて、冬がやってくる。
「寒い……」
(そうだな、もうすぐ雪降るからじゃないのか?)
「わかるのか?」
(なんとなく、ね。空気が冷えてるし……)
豪は時間の変化に疎い代わりに、過去の記憶ははっきりしている。
最近気づいたのは、天気の変化には敏感だということ。
雷が近づいたときは落ち着かない様子だ。晴れた日は普通。
雨が降ると嬉しそうだ。天気予報より当たるから、不思議なものだと思う。
(……)
夜になって、雪が降ってきた。
薄闇の中、ちらちらと小さな雪が降り落ちる。
窓枠から、掴むように豪が手を伸ばした。
そのままどこかへ飛んでいきそうだ。
違うのに、豪はそこへ手を伸ばすんじゃない。
僕のところへ、手を伸ばして欲しい。
「窓を閉じていいか?寒いんだけど」
びくっ、と豪は我を取り戻したように手を引っ込めた。
(うん、悪い。烈兄貴)
窓を閉めると、豪は壁にもたれて座っている。
(……)
やっぱり、外を見ている。
そんなに外に行きたいんだろうか。

「豪、外に行くか?」
(……いいのか?)
「お前、すごく行きたそうな顔してるから」
言うと、豪はきょとんとして僕を見た。
「どこに行きたい?」
尋ねると、豪はしばらく考えて、言った。

(烈兄貴の、行きたい所でいいよ)


烈も何処へ行くかは決めてなかったが、とりあえず街中へ出た。
周りはクリスマスムード一色。
きらきらする灯りと、降り続く雪が皆を浮き足立たせているようだった。
「でも、どこへ行くか決めてないんだよな」
豪はというと、周りに興味津々でサンタクロースの周りを回っていた。
(すごいよな、なんかみんな生きてるって感じ)
「…豪……」
お前だって、幽霊には全然見えないよ。
そう言いたかったが、やめた。
(積もらないかな〜)
手を広げてふわふわ浮かんでいる。
「……」
豪はもう、雪を見ることも、クリスマスを過ごすことも無い。
これで最後なのだ。
ぼうっと、回る豪を見ながら歩く。

「おい、こんなところで何してるわけ?星馬」
後ろから突然声を掛けられた。
「えっ?」
振り返ると、私服姿の高校生が、二人。隣のクラスにいたような気がする顔だ。
不良で有名な二人組。
「冬休みにのうのうとお出かけかよ。俺たちは受験勉強だって言うのに」
「……」
受験勉強って、お前たちはまともにやってないだろう、と思うが、烈は黙ってその二人を睨み付ける。
「あぁ?なにその目。すっげぇむかつく」
「なぁなぁ、俺たち今、金に困ってるんだ。ちょっと貸してくれない?優等生の星馬烈くん?」
「嫌だね」
そのまま通り過ぎようとする。とたんに、腕を掴まれた。
「何をするんだ」
「俺たちがこのまま、返すと思ったか?」
「知らない……うっ……」
どすっ、と見えない角度からの脇腹への一撃。
全くの不意打ちでくらった烈はずるずると跪いた。
「あーあ、大人しく渡していればこんなことにならなかったのに」
「そうそう」
「はあっ……はあっ……」
鈍い痛みが体を襲い、それでも烈は二人をにらみつけた。
「ああ?なにその目。全然怯えてねぇの」
「もうちょっと身体に教え込まきゃわからねぇみたいだな」
胸倉をつかまれ、無理やり立たされた。そして、ずるずると引きずられてくように、路地裏へと連れて行かれる。
(烈兄貴っ―!)
やっと烈を見つけた豪は驚いて追いかけていく。

「ほらよっ」
壁に叩きつけられ、衝撃が襲う。
「……」
烈は壁を背にして、立ち上がった。
「あん、どーしてもお前まともには殴られません、って顔してるな」
「当たり前だろ……お前らなんかに、僕は負けない」
「ふん、俺たちに腕力で敵うと思ってんの?」
にやにや笑いながら、指を鳴らす。
「……」
勝てないかもしれない。そうは思うけど、絶対に降伏なんかしない。
そう思っていた。
(烈兄貴!)
「(豪……)」
見上げてみると、豪は二人の上にいた。
さっと烈の前に立つ。
(どうなってんだよ、なんでこんなことに…)
「(悪い、ちょっと絡まれてな)」
豪が二人をにらみつける。しかし、見えないので二人には全くの無力。
「うぜえんだよ!」
「っ!!」
殴る手は豪をすり抜け、烈の頬に直撃する。
簡単に吹っ飛ばされ、烈は冷たい地面の上に転がった。
(兄貴っ!!)
「……」
「あれ?もう動かなくなってんの?弱っちい奴」
(テメーら!絶対に許さねぇ!よくも兄貴を……)
ぶわっ、と怒りの空気を身に纏い、豪の瞳が変わった。
「ご、ごう……」
一時の衝撃で意識が飛んでいた烈が我を取り戻し、見たものは。

あまりの怒りに、風すら味方につけて、立っている、豪。

雪が降っているからこそわかる。豪の周りで、風の渦が巻き起こっていることが。
「な、なんだ…?」
「どうなってんだよ」
不良二人は困惑している。見えない豪からの敵意だけは感じ取っているのか、風の妙な吹き方に驚いているだけなのか。
烈からは豪が後ろから見えるので、わからなかった。
今、豪がどんな表情をして立っているのかを。
しかしひとつわかることがある。
このままでは、豪はとんでもないことを起こす、と。
「や、やめろ…」
烈は何とか立ち上がろうとした。
豪は気づかない。怒気を含んだ声で叫んだ。

(烈兄貴から、離れろ――!!)

「―!!」
烈の全身の毛が逆立った。
周囲にびりびりと衝撃波のようなものが走る。
「な―!」

ばきっ。

衝撃波に耐え切れなかったのか、隣のビルの窓ガラスが、ビシビシ音を立ててひびが入る。
「な、なんだよこれ」
「おい、やばいって……」
壁に隣接する全ての窓にひびが入る。それでも衝撃波は止まらない。
「やめろ、豪……」
かすれた声は、豪には届かなかった。

(許さねぇ!!)

一斉に、窓ガラスが割れた。
ガラスの破片が、雨のように不良二人に降り注ぐ。
「うわあああ!!」
「ぐわっ!」
二人の絶叫が響いた。それも、道一本はずれた明るい道には届かない。
頭に突き刺さり、腕に突き刺さり、足に突き刺さる。
それでも雨はやむことを知らない。
「やめろ、豪…」
豪は答えない。じっと、悶え苦しむ二人を見ている。
悲しい。また豪は守ろうとしてくれている。でも、これではやりすぎだ。
このままでは、あの二人で死んでしまう。
烈を守ろうとする、豪のせいで。

「止めろって言ってるんだ!」
(……!!)
めいっぱい叫んだ。
豪はびく、と痙攣して止まった。風が、止む。
(烈、兄貴……?)
ガラスは8割ほどを完全に破壊して、止まった。
「ひいい!!」
怪我もそのままに、不良二人は烈を捨てて逃げていく。
豪は追いかけることはせず、ゆっくりと、烈のほうを向いた。
「……豪、お前……」
(大丈夫?ごめんな……兄貴が怪我する前に、こうすればよかった)
豪は微笑んでいた。しかし、どこか悲しげに。
それは自分が怪我をしたことに対しての後悔の色。
「なんで、あんなことしたんだよ」
(そうしなきゃ、烈兄貴はもっと酷いことをされてたぜ。そんなの、俺は耐えられない)
「だからって、お前、あの二人を殺すつもりだったのか?」
(……)
目を背ける。本当に、殺すつもりだったのか?

「馬鹿豪!」
ひゅん、と豪の頬を通り過ぎる烈の手。
殴るつもりだったのか、豪は呆然と烈を見た。
(なんで……?)
泣きそうな顔で、ひっぱたこうとした烈。
口についた血をぬぐい、息を吐く。
「お前、どこまで馬鹿なんだよ……」
(烈兄貴……)
背中から壁にもたれ、呟いた。

「お願いだ、もうこんなことはしないでくれ」

豪は目を見開いた。
(なんで、だって俺は……)
「…お前に人殺しなんてさせたくないんだ。たとえ裁かれない幽霊でも」
烈を守ろうとする豪、それが存在理由の豪。
だけど、それだけじゃいけない。
あと少しで、豪はいなくなってしまう。
「…強くなりたいよ、豪……」
お前が安心できるように。存在理由を奪うとか、そんなのじゃなくて。
ただ、豪には最後まで笑っていて欲しいと思うから。

(烈兄貴は、強いよ。ただ、強さの質が違うだけなんだ)
雪が降り続く中、烈は顔を上げた。
豪は雪を見上げている。雪も豪をすり抜けていく。
(だって、烈兄貴はあの二人に喧嘩売られても、負ける気は無かったんだろ?)
「……」
(俺は、そういうのも強さだって思うぜ。腕力で勝てたって、どうしようもないものってあると思う)
「豪……」
空を飛んでいる、豪はそっと手を伸ばした。
感触は無い。ただ、目を細めて、愛しげな表情をして、両手で頬を撫でていた。

(俺はこういうことしか出来ない。今だって、兄貴を守れなかった。傷を治す力もあればいいけど。そう上手くはいかない)
「豪…」
手を離して、地面に降り立った。
足跡など付きはしない、余韻のように、
(ごめん、さっきはやっぱりやりすぎだったよな。先のこと、全然考えてなかった)
「お前らしいよ……」
二人して、苦笑した。

※   ※   ※


痛む身体を引きずって、とりあえずそこから逃げ出した。
帰ると、母親は殴られた痕にびっくりして、急いで手当てをしてくれた。
幸いたいしたことはなかった。不意打ちで打たれた腹も、痣が残ったがしばらくすれば消えるだろう。
(俺のせいで、ごめんな)
部屋に戻ると、豪は落ち込んだ様子で座っていた。
さっきの怒りはどこへやら、すっかりしょげていて髪さえハネが無くなっているように見える。
「お前のせいじゃないって、あれは俺に難癖つけてきただけだからね」
(え?烈兄貴あの二人知ってたの?)
「同じ学年で有名な不良」
(そっか……)
いまさら正体を知ったところで、どうしようもない。
追いかける気も無かった。あれだけの怪我をすれば、それどころでもないだろう。
「でも、お前が楽しそうだったから、俺としては満足だけどな」
(えっ……)

烈は部屋の窓を開けた。
風が吹き込んで、雪が部屋の中に舞い散って霧散する。
(れ、烈兄貴……)
「う、やっぱ寒い」
震えて、両腕を抱きしめた。
(何やってんだよ、風邪引いちまうだろうが)
「いいんだよ。コート持ってくるからちょっと待ってろ」
そういって、烈は早速階段を駆け下りて行ってしまった。
(何なんだよ……)
豪は窓から振り込む雪を見る。
ぼうっと、舞い散る雪を見て目を細める。

…自由で、いいなぁ……

はっと気が付く。
(え?今俺、なんで……)
そんなこと思ったんだろう。何不自由なんて無いのに。
今俺は、十分過ぎるほど幸せなのに。
(……)
夜の闇に、烈の部屋に、無造作に散らばって、解けていく。
はかない結晶。
ふと、吹いた風に、髪が揺れた。豪は微笑んで、手を伸ばす。

ぱたぱた音を立てて、烈が階段を上る。
「豪、コート持ってきたからこれでしばらくは大丈夫だ。ついでココアも……ってあれ?」
また、豪がいない。
残されたのは、解けた雪と、はためくカーテンだけ。
烈は苦笑する。
「またか……まぁ、そのつもりで窓を開けたんだからかまわないんだけどな」
部屋のドアを閉め、コートを着込んだ。
そのまま窓の外を見た。予想通りの姿。

(あはははっ……)

夜と、雪振る白の中で。
くるくる踊っているように、空中で遊んでいる。
小さな子供のようにも見える。それでも、豪なのだと思う。
風に揺れ、自由奔放な姿は、やっぱり変わらない。
「おい豪、勝手に外に出るなよ」
(烈兄貴)
烈が戻ってきたことにやっと気づいた豪、烈の前にやってきた。
「ま、お前のことだからなんとなく想像はついてたけど」
(悪かったな)
「いや、全然悪くない」
即答で答えられ、豪は面食らう。
「遊んでろよ、俺のせいで台無しになったんだ。それくらいは許すよ」
(じゃあ、そのために……?)
「俺はココアを飲む」
窓枠の近くに椅子を引きずり、豪が見える位置まで持ってきて座る。
「ただし、俺が寒さの限界に来るまでだ。風邪引いたらお前のせいだからな」
微妙に言い分が一致してないが、豪はあまり気にも留めずにぱあっと笑顔で答えた。
(サンキュ、兄貴)
「……」
飲みながら、烈は横目で豪を見た。
豪は再び雪と戯れる。それが遊び相手なのかはわからないが、楽しそうなのでいいのだろう。
ココアはすぐに冷たくなるだろう。それでも構わなかった。
「……なんだかなぁ……」
兄の色目、かどうか。
豪がとても綺麗に見えるのだ。
そう、ちょうど少女の物語に出てくる天使のような。
羽なんか生えてないし、性格だって全然馬鹿なのに。
ただ、このとき、今だけはそう思ってもいいのだろう。
今日はクリスマスなのだから。
「豪」
呼ばれて、豪は振り向いた。烈は笑って手を伸ばした。
「メリークリスマス」
きょとん、とした表情、思い出したように。ふっと笑って。
伸ばした手を、感触も無く掴んだ。

(メリークリスマス)

殴られもしたし、豪は回りに迷惑かけるし、散々だったけど。
今日は、冬の一番のイベントの日。
見えない恋人との、最高の日だ。


粉雪から本格的な雪に変わるとき、幽霊の遊戯は終わりを告げた。

 

 

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何が辛いって、この時期にクリスマスの話を書くことが辛い。
豪の心境と、烈の心境がリバース2の1話とは違う。

豪のポルターガイスト、本領発揮。
しかしガラスしか割ってない・・??



 

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