第2章 悩ましき家出少女


 もちろん吉村陽子はこのチャペルの住人ではない。主人なき廃虚に間借りした無宿の少女だ。置き手紙すらせずに遠く離れた実家を飛び出してから一体何日過ぎたことだろう。
 家から持ち出した金もあったので、懐はわりあい暖かかった。そうでもなければここまで家出生活が長く続かなかったに違いない。電車に乗って知らぬ土地を踏み、あてどもなくさまよって着いたところがこのチャペルであった。かなりぼろぼろになってはいたが、雨や夜露をしのぐには充分な場所だったこともあり、いつしかここに住み着いていた。
 多少歩かねばならないがコンビニもあるし、さらに歩いたところに町があるから寂しくなった時も大丈夫だ。もっとも、警察にだけは気をつける必要があった。だがはこのあたりでは幸いにも駐在所が一つあるのみなので、警官の目を避けるのに苦労はなかった。
 だが、平和に家出生活を営む傍ら、自分がまるで山奥の仙人になったような孤独感を胸の奥でひしひし感じることもあった。でも家に帰りたいと思ったことは全くなかった。例え今家に帰ったとしても、この孤独感は癒えないだろう。
 共働きで、今では家にいないことが数週間あることもザラな両親。
 進学志望率一〇〇%の、受験という冷たくも孤独な戦いに皆が一人一人疑いなくのめりこんでいる学校。
 暖かみのない、淡白な町。
 そこに陽子が望むものは何もなく、あるのは人の心を侵食しようとする殺伐とした空気だけ。
 少なくとも家出をしたことでそれらから逃れることは出来たと彼女は思っていた。
 しかし侵食は防げても、埋め合わせることができないでいた。心地よい空間で、他の人の暖かみに包まれてみたい――抽象的でこそあるが、それが陽子が心から求めているものであった。
 家出してから、彼女は赤ん坊を連れた夫婦の姿を何組も通りすがりに見て来ている。陽子はいつもそれを見る度、「あの赤ちゃんになりたい」と思うことしばしばであった。自分が求めているものから随分遠いような気もするのだが、近いような気もするのだ。
 しかしもちろん陽子が赤ん坊に成り変わることなどできない。
(じゃあ、もう私は死ぬまでずっと辛い思いをしないといけないの?)
 何度彼女は涙を流しただろうか。何度彼女は死のうとしただろうか。だが彼女の苦しみは今まで断ち切られることはなかった。孤独を背負って、陽子はそのままこのチャペルに上がり込んだ。
 チャペルに上がり込んでから、彼女は荒れ果てた礼拝堂で傾く十字架に祈る。
(わたしに安らぎを下さい……)
 
 一階の光景は、生まれてこの方体験したことのない世界であった。
 結局一階の様子をそれ以上見ることなく、ようやく陽子はゆっくりもぞもぞと体を動かして床ののぞき窓から離れる。
 胸は何故か高鳴っていた。そして自分の股ぐらが何だか奇妙に気持ち悪かった。
 潰れた壁から僅かに光の筋が差し込むだけの、二階の部屋。床をきしませぬように、音を立てないように、陽子は僅かな光のもとに自分の体をさらす。
 それから、まずカットジーンズのジッパーをゆっくりおろし、その中を覗き込む。
(あぁ……濡れてる)
 白赤縞のタイツの股のあたりが濡れて、そこだけ黒くにじんだかのように色が変わっていた。
 それが自分の一番秘密の部分の奥深くから湧き出て来たものであることを、陽子はむざむざと感じ取った。触ればはっきりと濡れた感触ばかりでなく、さらに秘密の部分の形状までも感じ取ることが出来た。その窪んだ一本の筋を右手の指でなぞると、陽子は思わず声を漏らす。
「……あっ」
 悶々とした切ない気分が、陽子の体に充満する。誰もいない家でやっていたように、満たされぬ思いを自分の指で心ゆくまで慰めたいが、下に人がいる以上それもままならない。だが、慰めはじめた陽子の右手指はその動きを止めることはなかった。なんとか左手で右手を押さえて、エスカレートするのを押さえている。
 濡れたタイツの上、抑える左手の平の中で、指の慎ましくも淫靡なダンスが披露される。
 声に出せない恍惚感に悶々とする陽子の耳に、一階にいる不二夫の声が入って来る。
「……二人とも、いい唇と舌を持っているなぁ。しぐさに愛がつたわるよ」
 不二夫の言葉の裏についてきこえる、ねちっこい音。再び沸き上がる好奇心に誘われるまま、陽子は再びそろりと壁の穴をのぞいた。
「えむ……ぬむむぅ……ふぅんっ」
「んぅ、んぅ、んぅ、むぅっんう」
 操と美咲は並んでひざまづき、そそり立つ不二夫の男根に口を寄せていた。
 フェラチオだ。
 女二人は懸命に不二夫の男根にむしゃぶりつき、自分達の唾に自分の口を濡らして唇や舌でそれをまぶしている。まるで頬擦りでもするかのように顔を不二夫の雄々しい男根に近付けてゆっくりと舐めあげる操に対し、美咲はひたすら首を動かして、唇と舌先で不二夫を激しく刺激しようとしている。二人の対照的だが濃厚な愛撫に挟まれて、青筋浮き立たせて屹立する男根はグロテスクにぶるんぶるんと揺れる。
 その様を見て、陽子の興奮もさらに膨らみ上がる。
(すごい……あれ、すごい……)
 五百ミリペットボトルくらいの長さはありそうな不二夫の男根に陽子の秘裂の奥が熱くなり、ぺちゃぺちゃと音を立ててそれを舐めあげる操と美咲の姿を見て、陽子の胸の中が熱くなる。
 もう我慢できなかった。壁の穴から目を離すと、床が軋むのもかまわずその場から退いて、手をタイツの中にいれてじかに慰めはじめた。濡れた秘襞を弄んだ後で、そのままゆっくりと指を中に沈み込ませる。膣の中をかき回す陽子の指。だが、持ちこたえた理性はなんとか喉元で声をせき止める。
「……ん……」
 陽子が腰を動かすたびに軋む床の板。しかし幸いにも下の三人にその音は聞こえていない。
 頭上への注意どころか、操と美咲の熱心なフェラチオはいよいよクライマックスを迎えていた。
 不二夫が二人の頭を鷲掴みにして腰に押し付けると大声でうめく。
「二人ともいい、いい! よおしよおし、教えて来た通りにフィニッシュさせてくれぇえ!」
 操の右手と美咲の左手が、不二夫の男根を挟んで組まれる。二人の組まれた手がゆっくりと卑猥な往復運動を始めると、はち切れんばかりに大きくなった亀頭に二人の唇が押し付けられる。
「おおおおおお、いい、いい、バーチャルオマンコだ、最高のオマンコだ、うああああ、出る……うう……よおし、二人ともしっかり受け止めろぉぉぉ……」
 不二夫の叫び声が、陽子の脳にフェラチオの光景を描く。それが彼女を興奮の高みに連れていく。
(あああああ、出すんだ、出すんだ……恐い……いい……ああもう、弾けちゃう……!)
「ぁぁああああああああ!」
「うぉおおおおおおおお!」
 陽子が眼鏡を片側にカチリとずらして最後の理性を突き抜けていったのと、不二夫がおびただしい精液を操と美咲に発射したのと、全く同時であった。
 床によだれを垂れ流してうなだれる陽子。
 不二夫の精液を下で舐めとって口の中にためこむ操。
 口の中で唾液と混じり合わさった精液をゆっくりと喉にこくっと流し込む美咲。
 三人の女の瞳は、虚ろに鈍く輝いていた。

 下の部屋から誰もいなくなった。陽子の意識が朦朧としている間に、何処かへ行ってしまったようである。
 床にうずくまる陽子。その両手はまだ自分の股間にあてがわれている。ひどく濡れそぼってしまった。
 それは今までで一番心地よい自慰であった。
 その絶頂の瞬間を思い出すと、陽子の子宮の奥辺りがまた熱くなってきた。しかし今度はそれ以上に、背中に吹き付ける風の冷たさを強く感じた。止めどなくこみ上げてくる熱い欲情と、寂寥に満ち満ちた風の冷たさが、華奢な陽子の体でせめぎあう。
 陽子の指が彼女の胎内で再び動き始める。燃え上がる子宮。背を丸める陽子。
 だが自分のその姿を頭に思い浮かべるや陽子は改めて今の自分の孤独を痛感する。誰もいない屋根裏部屋で一人手淫に耽る自分の姿。
(寂しい……)
「う……うぁ」
 寂しさを振り払いたくて、陽子は喘ぎ声を漏らす。誰もいないのに、誰かに媚びるような切ない声。
「あ、ああぁううんっ!」
 誰もいないからようやく声を出して自慰ができる。しかし陽子は同時に淋しくもあった。
 その中で彼女は、一階の三人を頭に思い描いて自慰をしているのだ。
「いい、いい、私、私、私もぉぉ――!」
 絶叫。それから再び陽子の瞳が虚ろになる。
 孤独のすきま風が、彼女の体を覆っていく。

 

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