第3章 美咲は芋虫のお相手

 窓の光の色が赤く熟しはじめたかと思うと、次第にその力を失っていく。ゆっくりと光を押し退けてやってくる闇。
 黄昏時になっても、陽子はエクスタシーを迎えたそのままの格好で横たわっていた。床の穴から光が漏れたのに気付いても、うごいたのは視線だけであった。
「よおし」階下からの不二夫の声は衰えすら見せない。「式の前に二人それぞれでデートタイムだ。よし、最初は操」
「こんなに暗いのに……ですか?」控えめな操の声。
「なんだ、俺と一緒なのがいやか?」
「ううん、とんでもないです不二夫さん。でも、暗いのが恐いんです」
「暗いのがいいんじゃないか。ほら、座ってないで立った立った。――あ、美咲は御留守番だ」
「や、やだ、ひとりぼっちで留守番なんか恐いよぉ!」
「なあに、恐怖を紛らわせるためにいいおもちゃをやるよ」
「ああ、……そんな……バイブ目の前で動かさないで……」
「何いやがってんだよぉ、いつもこれで遊んであげたらかん高い声でよがり声あげるくせにぃ」
「い、いや――はぁっ! うぅう……」
 短い沈黙の中に、くぐもったモーター音。
「ほらぁ、やっぱ嬉しいんじゃないかそんなに腰動かしてぇ」
「ぬぅう、むぅううんっ……」
「……よぉし、足首をちゃんと縄に結び付けて……、これで逃げることもついてくる事もできないぞぉ。じゃ操、行くぞ」
「……あ、はい……」
 二人分の足音。扉が開いて、また閉まる音。
 もう下には一人しかいない。
 耳だけの情報でそれを判断すると、陽子は意を決した。
 ゆっくり立ち上がって、ジーンズのジッパーを上げる。床が軋む。
「ひっ、何、何……?」
 下から美咲の怯える声。だがそれに構わず、陽子はすたすたと歩く。
「ああ、やだ、誰かいるの? 恐いよ……」
 二階の部屋から梯子を下ると、今美咲のいる部屋と廊下を挟んだ反対の部屋に出て来る。そこから陽子はためらいなく歩き、美咲の目の前に現れた。
 上から見下ろしていた陽子にはそれほど感じていなかったが、美咲は割合体の大きい方であった。背が高いからなのかもしれないが、少なくとも陽子よりはひとまわり体が大きいようである。そんな美咲が両膝をつき足を立てて股を開き、身を屈めている。その彼女の手は背中で枷をかけられ、股間には緑色のバイブがまるで芋虫のようにぐりぐりと蠢いていた。
「……女の子……?」
 美咲は一瞬安堵と当惑に満ちた表情を浮かべた。だが、バイブの動きに耐えられないのか、「うぅ」と息混じりにうめいて腰を悩ましくよじらせる。
 陽子は美咲を目の前に、また胸が熱くなった。美咲の痴態は、上で見るより生々しい。視覚はもちろん、嗅覚にも訴えて来るからだ。潮のような匂いと、青々しい臭い。
 熱くなった胸に両手を組む陽子の前で、美咲は体中に鳥肌を立てて顔を赤らめた。
「い、いや! こんなの見ちゃやだ、恥ずかしい!」
「あ、ごめんなさい、上から……覗いて……ました」
 陽子はたどたどしく言葉を連ねる。
「あの、あの、悪気は……なかったんです、でもつい……」
 二人の間に気まずい沈黙が流れる。お互い、相手に何を言えばいいのか分からないからであった。
 美咲の股のバイブの音だけが響く。
「……私達のこと、ずっと……ん……見てたの?」
 美咲が甘い息を交えて沈黙を破る。うなづく陽子。
 と、美咲は目に涙を浮かべた。
 陽子はそれを見て戸惑いを見せる。
「あ、その……すいません、勝手に覗いて……」
「ごめんなさい、いいのよ。構わないで……」
 美咲がうつむいて涙を見せまいとする。
 それから少し押し黙って、再び美咲が口を開く。
「堕ちるところまで……堕ちちゃったんだ。昔はこれでも……んふ……ちゃんとした……人間だったんだけどね」自分を嘲るように美咲は笑う。「今じゃ、オマンコにこんなのくわえちゃってるんだもんね……」
 緑色のバイブは怪しくくねり続けている。
 美咲はようやく顔を上げる。涙こそ頬を伝って流れてはいなかったが、すこし白目が充血している。
 自分に話し掛けるような口調で、美咲は静かに話す。
「ヘンタイになっちゃった。……でもこんな女でも数カ月経てばママになっちゃうんだ……エッチなママだよね……」
 陽子はそんな美咲を見て、なぜか下腹部が熱くなって来た。いったいどうしてこんなに欲情してしまうのか、陽子自身もよくわからなかった。というより、その理由を認められなかったのかもしれない。
「……ねぇ、名前は?」
「あ、あ……よ、よし、吉村陽子です」
「いい名前だわ……私の名前は……ここに書いてあるわね」
 自嘲の笑い。美咲は自分の下腹部の入れ墨を陽子に突き出して見せる。
 名前は「みさき」。誕生日が四月十五日。血液型はO型。スリーサイズがバスト八十・ウエスト五十七・ヒップ九十二――。
「あ、あの、ここの『put』っていうのは?」
「こ、これは……」美咲が答えに詰まって唾を飲み込む。「これはその……精液を、オマンコの中に入れられた日。つまり受精した日……」
「そ、そんな――」
 陽子は絶句した。スリーサイズばかりか、そんなことまで入れ墨を施してまで暴露されるなんて……。
「あぅ……」バイブの刺激をこらえながら美咲は話す。「この入れ墨はね……奴隷妻の証なんだって……。これを入れられた以上は一生、夫の……不二夫さんに仕えなきゃいけないん……んんっ」
 バイブの感覚に時々びくんっと体を震わせながら美咲は涙を溜めた目で陽子を見た。その赤らんだ目を見て陽子はたじろいた。どういうわけか、自分の心を透かして見つめられているような気がしたのだ。
「い、いや……辛いからそんな目で見ないで……見ないで、うんんっ!」
 見れば、バイブがささった秘裂から愛液が滴っている。
 再び陽子の股間が熱くなりはじめた。そろりと隠すように手を当てる。だがカットジーンズの上から押さえた時、その部分がぬるぬるとして気持ち悪く感じた。
 その陽子の行動を、目の前の美咲が見落とすわけがない。
「どうしたの……? あなた、ひょっとして……」
 バイブの快感をこらえながら、美咲は細くした目で陽子を見る。その目があった時、陽子はどきりとした。
(うぅ……そんな目で私見ちゃイヤ……そんな目で見られたら私も……)
 陽子の足が次第に内股になる。
「……いいのよ……ごめんね……私がこんなのだから……」
 美咲は陽子にそう言うと、しゅんとしたように体をややすくませる。だがその腰はわずかながらもじもじとさせている。
「ねぇ……手の枷解いてくれないかしら?」
「え……え、あ、はい」
 慌てた調子で陽子は美咲の背中に回る。木製の手枷は、しかし鍵はついておらず、裏側に簡単なかんぬきのようなものが二つついているだけであった。すこし手こずりはしたが、なんとか陽子はそれを外した。
 すると美咲はすかさずその手を股間にまわした。
 正確に言えば、秘裂の肉をかき分けて蠢く緑色の大きな芋虫に。
「んうあぁああああ! ああぁ、いい、いい! 掻き乱して、い……イクっ、イクっ、ふうううっん!」
 抜くどころか、押し込んでぐりぐりとバイブを動かし、激しく悶える美咲。悦楽のあまりにかすれた声を吐いた後、大きく背をのけぞらせ、その後ぐったりと床に突っ伏した。
「あ……ああ」
 陽子は両手で股間を押さえ、その場にへたりこんでしまった。
(赤の他人の前でイっちゃうなんて……)
 美咲の心理は今の陽子には推し量れないが、美咲の淫らな言動を見て陽子は熱くなる秘襞をおさまらせることができない。
 しばらくぐったりとして動かなかった美咲であったが、ようやくゆっくりと上体を起き上がらせて、股間を押さえる陽子の方を向く。
「こんなインラン女が数カ月後にはお腹膨らませるのよ……。昔は、結婚のことすらかんがえたことなかったのにね」
 腹式呼吸に合わせて、美咲の下腹部のアルファベットが微かに踊る。
「私、これでも昔は会社の係長だったのよ……」
「係長?」
 未だに下の口に芋虫のような緑色バイブをくわえる裸の女から、似合わない単語が飛び出す。陽子は思わず聞き返した。
「そうよ……入社してから男に負けじと仕事に専念していたわ。多分、男の二倍の仕事はやっていたと思う。人を蹴落とすようなことも何度もやったしね……、そのうち、それまでなかった姐御肌がついてきて、いつの間にかOLのおかしらみたいになってたわ」
 そう話す美咲の表情は自らを嘲っていた。
「信じられないでしょ、こんな私にそんな過去があるだなんて――」
 美咲にオーガズムを与えてなお蠢く芋虫。その動きにたまらず体をくねらせてあえぎながら、彼女は自分の過去を語り始めた。

 

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