2001年1月6日

 ひっきりなしに扉を叩く音がする。
 かなり遅くに起きた大司氏は、その音を昼前に耳にする。しかし彼は全く相手にしようとせず、誰もいない厨房で簡単な食事を作り、ゆっくりそれを食す。
(そうか、りなは無事なんだな)
 心の中で大司氏はほっと胸を撫で降ろす。本当の所、今回ばかりはあまりに厳しすぎるのではないかと少し後悔していたのだ。なにしろ裸同然で外で放り出したのだ。下手をすれば死に至る。しかしそれでも彼は途中でやめることはしなかった。そうするわけにはいかなかったのだ。
 いつまでも彼女の望むままに甘やかしてはいけないのだ。結局いずれは身にこたえるような厳しい鞭をいれなければならないのだ。そうしないと、彼女は真の意味で完成しない。
 ふと食堂の窓を見つめる。
 冬の空は曇り一つなく青々と澄み渡っている。
(りなの心はこれほどまでピュアになっているだろうか……?)
 大司氏はゆっくりと席を立ち、のろのろと玄関の方に向かっていった。

 大司氏自身、疲れ切っているのだ。
 突然日本に立ちこめた不況の空気。だがインターネットと携帯電話の爆発的な普及を背景に通信関係の業界が一時期盛り上がりを見せていた時期があった。
 もともと大司氏はうだつのあがらない会社の一サラリーマンだった。しかし彼は今後につなかるビッグウェーブの予兆を見て取るやすぐにその会社を辞めて、インターネット関連ベンチャー企業の発起人となり、一気に新しいビジネスフィールドに勇み足で乗り出していった。
 大司氏は斬新なアイデアを生み出し、ぐいぐいと会社の業績を向上させていった。いつしか彼はそれに喜びを覚えて、昼夜駆け回ってビジネスにはげむようになった。かくして、幹部の中では一番地位の低い営業部長にありながら成果を認められてかなりの高給を稼ぎ上げ、かねてからの夢であった郊外の豪邸を中古ながら手に入れることが出来た。
 だが不況は勢い盛んなIT業界にも暗く冷たい影を落とした。それまでは一つ事業を思い付けば千にも万にもなって返って来たのに、今ではライバル企業同志で既存の限られたパイを奪い合う夢も希望もない状況に陥ってしまった。
 そんな中で大司氏の勤める会社の企業経営が傾くのも目に見えていた。さすがに起業当時から居続けた会社を去るのには抵抗はあったが、かといって心中する気もなかったのも本当の所であった。
 退職の話を持ち出した時、それまでの戦友達は何とか留まるように大司氏を説得した。しかし結局彼は会社を去った。
 それ以降は細々と株式などを続けながら静かに生活していた。だが、他人の目には悠々自適に見えていても、彼の心の中は空虚であった。何か趣味を作ってそれを埋め合わせようと努力するのだが、駄目であった。かえってそれが空虚を膨らませ、あげくの果てには鬱症状をうったえるまでになってしまった。
 そんな時、大司氏にそれまで全くなかった欲求が強く沸き起こったのだ。
 ――女。女が欲しい。
 いつも自分の側にいてくれるような、献身的な女が欲しい。
 しかしそんな女などどこを探してもいない。しかしそれも仕方のないことだ。何しろこの世の中、男も女も明日の糧を求めて必死なのだ。他人に献身的になれるほど親切な人間などいやしないのだ。
 ならば、作るしかない。
 それはかつて優秀なビジネスマンであった大司氏にしてはあまりにも確実性に欠けた計画であった。失敗する可能性は多分にある上に、リスクは非常に高い。しかしそれでも彼は欲求を満たすべく、その計画を実行に移した。
 とにかく金はあった。派遣会社を金でつることは赤子の手をひねるくらいに簡単だった。あとは好みの女を探して、自分の手元に引き寄せるだけ。
 そこにりながやってきた。
 だがりなはこの隙だらけの計画の中で順調に飼いならされていった。それは大司氏の運ばかりではなかろう。彼女にはもともとそういう素質があったのかもしれない。
 彼女が自分の望みどおりの女になっていくのに、大司氏は喜びを覚えていた。それはかつてベンチャー企業で働いていた時の気持ちにも似て、爽快でもあった。
 きっとりなは自分を癒す存在になってくれることだろう。大司氏はそう思いながら彼女を調教し続けていた。――さて、今日彼女は「完成」しているのだろうか?

 ノブに手をかけて、大司氏はゆっくりと玄関の扉を開いた。
 白い肌を一層白くして、寒さにぶるぶると裸体を震わせるりなが地面にへたりこんでいた。
 しかも、座っているあたりはびっしょりと液体で濡れていた。
 体同様に震える唇で、りなは言う。
「ご……ごめ、……ごめん……なさい……」
 彼女の目から涙がこぼれる。
「漏らしちゃいました……、う……う……、我慢したけど……できなかった……です」
 ただ無言で大司氏は彼女の言葉を聞く。
「ごめんなさい……私の……ひうぅ……私のおしっこで……玄関汚しちゃいました……。でも……ひっく、お願いだから……ひぃぃ、私を捨てないで下さい……。捨てちゃいやですぅ……大司さんのそばにいたいんですぅ……ふぅう、ひうぅぅぅぅぅ……」
 両手を地面について、りなはぼろぼろと涙を地面にこぼして泣く。
 その彼女の姿を見て、大司氏はうなづいた。そして、もういいだろうと自分に言い聞かす。
「さあ、入るんだりな。一緒に風呂に入ろう」
「う、あ、……ひっく、ありがとうございますぅ……本当に有り難うございますぅう」
「もう泣くのはやめるんだ、りな」
 立ち上がってもなお弱々しく震えるりなを抱き寄せて、大司氏は浴室に向かう。

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