喉が焼けそうだ。水を飲んでも一時しのぎにしかならない。
下腹部で血が滾る。持て余した熱が頭にまでまわりはじめている。
参ったな……こんなに効くとは思わなかった――寝台に身を投げだし、大きな溜息をついた。
良質の媚薬を買いつけるため、出立したのが約二ヶ月前。
目的地の治安は最悪だと聞いていたから、姫は残してきた。
信頼できるつてを頼ったから品物はすぐ手に入ったが、ローデンクランツを発って以来、姫とこんなに長いこと離ればなれになったのは久しぶりだ。
彼女には伴も護衛もついている。とはいえ、慣れない異国の仮住まいでは、さぞ不自由しているだろう。
連れていかなかったこと自体は大正解だったと思うが……そもそも、あんなくだらない依頼、断ってしまえば良かった。
溜息をもうひとつ。喉元から煩悶の音が漏れた。なんという体たらくだろう。
姫の笑い声が耳の奥で響く。……違う、彼女はこんな甘ったるい笑い方はしない――頭を掻きむしった。
遅れて脳裏を過ぎったのは、名前も知らない女達の媚態。姫ではなく、あの女達を思い出したのだと気づいた。
地域一帯の支配者を訪ねた先で、客間に用意されていたのは商品の見本と年若い三人の女。
少女と言っても差し支えない彼女達は、娼館に売られたばかりの生娘という触れこみだった。
少女達は屋敷の主に命じられるまま、媚薬を呷った。
ほどなくして薬の効果が顕れはじめ……三人のあまりの豹変ぶりに、同行してきた仲間の商人一人が、節制を忘れた。
嬌声、蛮声、粘りつくような水音と肉のぶつかりあう音――豪奢な垂れ布の向こうから響いてくるそれらは、商談が終わるまで絶えることはなかった。
三人のうち一人は、真実、生娘だったとあとで仲間から聞かされた。貴族連中が高値をつけるだけあって、この媚薬、効能は確からしい。しかも健康を害するどころか、長期的な服用は身体を丈夫にするという。
いいこと尽くしだ。是非とも姫への土産にしたい。だがその前に。
この薬が具体的にどう作用するのか、自分の身体で直に確かめておきたかった。少女達の穏やかな寝顔や、貴族の評判だけでは安心できなかった。
自己満足にすぎない。長期的な影響までは計りようがないのだから。自分が口にしたことのない薬を、姫に飲ませたくないだけだ。
とにかくそれで、半量を服してみた。そして……この様だ。一回分すべて飲んだら、いったいどうなるのやら。
帰り着いてから試せば良かった。ただでさえ暑い夜が、ますます寝苦しいものになってしまった。
焼ける――今すぐ表に飛びだし、適当な相手を見つけて金で折り合いをつけてしまいたい。ここは宿街だ、手段には事欠かないだろう。
却下だ――あと三日もすれば帰れる、そのくらい我慢しろ、いやその前に効き目が切れるはず……。
「……姫……」
口走ってから愕然とした。言動が抑えられなくなってきている。
やはり帰る前に試しておいて良かった。こんな状態で姫に会ったりすれば、僕は……、前振りなしに彼女を組み敷いて、己の欲求を吐き出そうとするだろう――これで良かったのだ。
なんとか気を静めようと、目を閉じた。けれどなにかが目蓋で明滅していて落ちつかない。
『リオウ』
今度こそ間違いなく、姫の声が聞こえた。
楽しそうに、繰りかえし僕を呼んでいる。
月明かりの中、裸体を惜しげもなく晒して、僕の上にいる。
早く……君の中に、僕を――ふっと我に返って目を見開いた。途端に姫の姿は消え失せ、あとに残ったのは、この地方特有の細工が施された天井。
薬が幻覚をもたらしたのかと思ったが、そこまで酷いものでもないようだ。願望の世界を漂っていたに過ぎない――気を引き締めればすぐに、現実に戻ることができる。
逆に、溺れようと思えばいくらでも溺れられそうだ。身体は「溺れろ」と強く訴えている。溺れて、そして与えてくれ、解き放ってくれと。
『ふふっ……リオウ……』
姫は笑うばかりで降りてきてくれない。熱の塊が、もう弾けとびそうだというのに。
ずいぶん長いこと、触れていない……本物の彼女は今頃どうしているだろう……そうだ、本物の姫が相手なら――深く考える前に起きあがっていた。身体を反転させ、寝台に両手をついた。
こんなふうに僕が上になって……――あおむけになった姫が、切羽詰まった声をあげながら喉を反らせた。