「はい。お土産」
脇に避けておいた小さな瓶を、未だ寝台の上でぼんやりとしている姫に差し出した。姫はゆっくりと起きあがり、僕の手からそれを受け取る。
「これは?」
「媚薬」
姫はわずかに眉をひそめ、目線を泳がせる。やがて、
「……びやく?」
ずいぶんと間をおいてから、ひとつひとつの音を確かめるように、僕の返答を繰りかえした。
馴染みのない言葉だったのだろう。だが意味はわかるようだ。なぜ今頃になって出すのか、という表情が顔一面にひろがっていく。聞かれるのは時間の問題だから、先手を打つ。
「もっと早く渡そうと思ってたんだけど、君があんまり積極的だったから、出しそびれちゃって」
いつもの色を取り戻したばかりの頬に、赤みが差した。でも反論はできまい。
帰り着いた僕を見るなり、姫は満面の笑顔で飛びついてきた。
荷物を整理する間にも何度か、控えめにだけどすりよってきて、そのたびに僕らは軽い口づけをかわした。
土産物のうち、当たり障りのない小物類は、出てきたそばから渡していったけれど、媚薬だけは――どうやって姫に勧めるか、あれこれ考えを巡らせながら、袋に入れたままになっていた。
ようやく旅装を解いて、姫が煎れてくれたお茶を飲んでいたそのときが、事前に切りだす最後の機会だったのかもしれない。
穏やかな香りと、心地良い静けさ。そこに吐息混じりの呟きが重なって……それはすぐに、別の言葉で塗り替えられたけれど、聞きもらすほど僕も落ちぶれてはいなかった。
姫は「寂しかった」と言いかけて、慌てて「帰ってきてくれて嬉しい」と言い直したのだ。その時の繕うような笑顔は本当に健気で。
「寂しかった?」と問いかけると返答に窮する様が、たまらなく愛おしくて。
憑かれたように、「僕も寂しかった」と本音を告げれば、その後の流れを押し止められるものはなかった。
薬など飲むまでもなく、姫は熱かった。離れている時間と久しぶりの行為は姫にとって、それだけで媚薬のようなものだったらしい。
「これをどうしても買いつけなくちゃならなくてね。せっかくだから君にも、と思ったんだけど……」
必要なかったかな、と続けようとして、姫の興味津々な様子にその言葉を飲みこんだ。
「試してみたい?」
姫は、まるで大切なものを扱うかのように、媚薬の小瓶を両手で持ち直す。
あどけない表情が手元から、やがて僕の顔に向けられた。