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 葬儀は妻の実家で執り行われた。彼女の遺骨は先祖代々の菩提寺に葬られることになる。例えそれが最早妻とは呼べぬ白い骨であっても、別れを告げるのは辛かった。しかし山本にはまだ武がいる。田舎に来て以来、いつもの人懐こさは鳴りを潜め、緊張した面持ちで山本の側を離れようとしない武の小さな手を山本はぎゅっと握った。小さくて温かな手は、山本に勇気を与えてくれる。
 事故の影響で棺は閉じたままの葬儀は、つつがなく終った。母親との最後の別れだが、長方形の桐の箱にさよならを言う武は、まだ上手く事態を飲み込めていないらしい。白っぽい木箱にお別れを言っても、それが母とは思えなくて当然だろう。抱き上げた父に当惑した様子で抱きついている幼い息子の姿は、初めてその姿を目の当たりにした親戚達も涙を誘われたようだ。
 葬儀のあと、山本は妻の両親と武の養育について話し合った。前にも何度かやりあったが、武は自分が育てると山本は頑として譲らなかった。最後に残ったたった一人の家族。武を手放す気は無い。当初、両親は山本の頑なさに苛立ち、娘を失った喪失感からも何が何でも孫の親権を奪い取ろうと山本を責め立てた。彼等にしてみれば、大事な娘にひたすら苦労をさせた挙句、若死にさせたような男である。ろくに家にもいなかったとなれば、大事な一粒種の孫を預けてはおけないのだろう。もともと娘と折り合いが悪く、和解の機会を永遠に失った後悔と、後ろめたさもそれに拍車をかけていたのかもしれない。
 妻の事故直後から話し合いは決裂し、また徹底抗戦の構えを見せる父母の態度から、長い戦いになるかもしれないと覚悟していた山本であったが、事態は意外な解決をみた。
 妻には同じ年の従兄弟がいた。18歳で結婚し、19歳で父親になった彼は、山本の境遇に同情し、口ぞえしてくれたのである。もともと妻と双子の兄弟のように育ったと言う従兄弟は、同じようにさっさと子供を作ってさっさと家を出て行った従姉妹を幼い頃と同じように家族と思っていたようだ。童顔に似合わずどこか威厳をまとった従兄弟は、伯母夫婦に言った。妻を失った男から、子供まで取り上げてはかわいそうだ、と。
 それが鶴の一声になったのか、それとも漠然と抱いていた後ろめたさが明確な言葉となって認識されたのか、妻の父母は怒りの矛先を静めた。それでも話し合いは長く続いたが、父母は孫を引き取ることを諦めた。
 従兄弟の弟達と遊んでもらっていた武は、父に呼ばれて大喜びで駆けてきた。頬を真っ赤に染めた息子と視線の高さを合わせるべく、山本は庭の芝生の上にしゃがみ込んだ。
 妻はこの地に眠り、父と息子は家へと帰る。かーちゃんと別れるのは辛いけど、武にはとーちゃんがいるから、じーちゃんとばーちゃんに娘さんを返してあげような、と。
 小さな武は下くちびるを突き出して神妙な表情を作ると、上半身全体を使ってうん、と頷いた。






 亡くなった妻に、武は自分が立派に育てて見せると誓った山本は、新たな生活をスタートさせた。幼い息子に淋しい思いはさせられぬと、勤務先を変えて労働時間を短くし、家にいる時間を長く取るようになったのだ。朝起きて朝食を作り、家事をこなし、武を保育園に預けてから仕事へ出かけ、夜には武を迎えに行って夕食を食べさせ、寝かしつけてから再び仕事へ戻る毎日が過ぎていった。
 小学校に上がると武は地域の野球チームに入った。そうなるともう武は一日中野球に夢中で、早くもほとんど手がかからなくなった。幼い息子に一人で夕食を食べさせるのは忍びなかったのだが、当の本人が一人で大丈夫と言うのだから仕方がない。実際武は学校から直行で練習に向かい、夕食に戻ると食事は5分で平らげ、再び自主練なり特訓なりを始めてしまうのだから、山本が家にいる必要はなかった。あまりに手がかからなさすぎて、妻の仏壇に向かってちょっと淋しいと零したこともあるほどだ。
 こうして山本は昼から夜にかけての安定した仕事をすることができるようになった。武は実にいい子で、父親の苦労を理解しているのか、よく家事も手伝ってくれた。小学生になったお祝いにもらった二階の自室は言われなくてもちゃんと自分で掃除するし、いつの間にか風呂掃除は自分の仕事と決めていたようだ。空腹になれば勝手に食事を作って食べるし、仏壇の掃除も花をあげるのもかかさなかった。
 武はお前好みのいい男に育ってるよ、と仏壇に話しかける山本の目には、遺影の妻があったりまえじゃんと笑い飛ばしているように映った。





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