501 名前:テュランの筏4/7:2006/11/18(土) 17:05:14 ID:9Dk/AZ7d0
………ぬるいうるおいが、喉を下っていった。
それは口をぬらすていどの、ほんのわずかな量で、何度も何度も繰り返された。
胃袋に到達する前に、それはからからに乾いた喉で、吸収されてなくなってしまう。
もっと、欲しいのに。思うが、じれったいほどに、わずかな水が注ぎこまれるだけだ。
まるでスプーンで池の水を汲みだそうとするようだ。
僕はねだるように、次にあてがわれた注ぎ口を、唇で包みこんだ。
吸いつくすように、ちゅうちゅうと音を立ててねぶる。
注ぎ口はとても熱く、びっくりしたように震えもした。
それでも赤ん坊をあやすように、僕の気がすむまで、されるがままになっていた。
口の筋肉が疲れてしまい、それを解放する。
今度は、やや間があってから、注ぎ口があてられた。
僕は舌をうごめかせて、再びむさぼる。
先端の味らいが、甘味を感じ取った。
何日ぶりだろうか。
舌の奥をぴりっと刺激する、すっぱさをともなって、ずっと僕の身体に欠けていた栄養素を、満たしてくれる。
うっとりと、全身が弛緩するほど、感動に包まれる。
鼻がオレンジの香りをかぎとり、僕は五感を取り戻していった。
注がれる果汁を決して逃さないよう、舌を絡め、唇をすぼめながら、両腕を何かを求めてさまよわせ、絶え間ない潮騒を耳にとらえ、最後にゆっくりと目が開いていった。


502 名前:テュランの筏5/7:2006/11/18(土) 17:06:06 ID:9Dk/AZ7d0
………鼻のすぐ先に、クリフの顔があった。
僕は開いたばかりのまぶたを酷使し、さらに大きく見開いた。
頭を………動かして自分が何をしたかったのは不明だが、身動きならなかった。
頭の下は柔らかく、そして耳の後ろはしっかりと包みこまれ、支えられている。
あ、と短く呟き、僕は「注ぎ口」を解放した。同時にクリフの顔が遠ざかった。
「今、口の中にあるものを、飲みこんでから身を起こせ。気管に入るから」
耳の後ろを支えた感覚が消えうせた。
僕は忠告通り、頬にたまった唾液をも喉にくだしてから、ゆっくりと上半身を起こす。
「僕………」
呟いた言葉は、まだかすかにかすれていた。
クリフはオレンジ色のラベルがついた、ガラス瓶を差しだした。
「アミノフィリン合剤は、さすがにもっていなかった。
症状は軽度だから、糖分とビタミンの補給で大丈夫らしい………飲んでおけ」
まだ僕の頭はぼんやりしていたのだろう。
押しつけられたそれを、傾け、半分ほど一気に飲み干してから、やっと思考が回転しはじめた。
「え、って、クリフ、これ?」
腰をひねって振り返る………そんな事、しなければよかったのだ。
僕は、あんなに辛そうなクリフの表情は見た事がなかった。
そして………見たくなかった。

503 名前:テュランの筏6/7:2006/11/18(土) 17:06:55 ID:9Dk/AZ7d0
日焼け途中なのか、白い肌に薄いピンク色が浮きかけているクリフは、上半身も下半身もすべて夕日の下にさらけだしていた。
しげみの薄い股間、そこを隠すように下りている両手には、短い鎖の枷が。
そこから上へ視線をはわせる勇気は、僕にはなかった。
床に置いてある、開封途中のペットボトル、手のつけられていない食品、僕の手にあるオレンジ飲料。
答えは明らかだった。
「ッ、あ、くぁ………っ」
クリフが短く叫んで、背を反らせた。
ビクンビクンと身体中の関節が跳ねている。
まだぼんやりしている視界の端に、そこだけくっきりと映った人物。
リモコンを持つ藤吾。
薄笑いを浮かべ、スイッチを次々切りかえる藤吾。
視線は獲物をいたぶる、肉食動物のようだった。
「や、やめろっ………まだっ」
苦しそうに発するクリフの口からは、同時に熱い息も漏れていた。
胸の先端の、銀の鈍い光が、夕日に照らされるより早く、僕は誇り高い彼に、命を救ってくれた彼に報いらなければならない………身をひるがえして、タープの中にくるまった。


504 名前:テュランの筏7/7:2006/11/18(土) 17:08:04 ID:9Dk/AZ7d0
緑色の内部に身体を丸め、耳をふさいだ。目も閉じた。
それでも、甲高い声はシートを通して鼓膜を震わせた。
いかだの軋む音は、決しておだやかな波のせいではなかった。
握ったこぶしを噛みしめると、ハラハラと涙がこぼれてきた。
自分の発する嗚咽が、すべての聴覚を遮断してくれないかと期待したが、蛇口をひねったように、涙はただ無機質に流れ落ちるだけだった。
目の後ろと鼻の奥をぬける熱いものを感じとりながら、僕は呪った。
すべてのものを。
海の上を漂ういかだ。それを支配する暴君。なすがままにされる乗客。
沈没した客船。穏やかな死を迎えた故人。
マスコミか自衛隊に救われ、今ごろ生還談を語っているであろう人々。
なんで、なんで僕たちだけが、こんな理不尽な目に遭わなくちゃならないんだ………。
テュランの筏に乗らなければならない、何か咎でもあるというのか………。
神様なんていやしない………いるならば、僕はその存在すら呪ってやる。
緑色のタープが、涙の海と化しても、それでも僕はあらゆるものに対して、呪いの言葉をはきつづけた。

505 名前:風と木の名無しさん:2006/11/18(土) 18:51:04 ID:GPU4Gtt/O
乙乙!激しくGJ!
とうとうクリフが……(ノД`*)これをきっかけに堕ちて逝けばいいよ。

506 名前:リレー 分岐エンディング506:2006/11/18(土) 19:03:15 ID:TumftH8sO
478から分岐

御前の言葉に従兄弟の腰の動きがぴたりと止まった。
夕焼け、笹舟、小川のせせらぎ。
仔侍に「あにさま」と呼ばれた遠い日が従兄弟の脳裏をよぎった。
「あにさま」
虚ろだった半狂いの侍の目が、従兄弟の小袖にそそがれ、
奇しくもそこに染め抜かれていた笹舟紋様を見つめる。
「あにさま」
弱々しく伸ばされた指の先が、小袖の中の笹舟に触れたとき、
従兄弟は言葉を亡くし、侍の後孔から
いつのまにか萎えていたそれを抜こうと腰を引いた。
抜かないでくれとばかりに、下の口を窄める侍を突き飛ばし、
しんなりとした一物を引き抜くと
誰もが呆気に取られる中、従兄弟は韋駄天のように駆け、廁へ飛び込んだ。
飲み明かした朝のように胸がむかつく。
口からもののけを産めそうな吐き気に襲われ、従兄弟は嘔吐しようとした。
誰かが口から手を突っ込み、はらわたをたぐり寄せている。
そんな気がしたが、従兄弟の口からは何も出てこなかった。
なぜこうも酷い気分になるのか従兄弟は、わからなかった。
分家の妾腹の男など、御前から話を持ちかけられるまで、散りや芥に等しかった。
ただ一度だけ川辺で遊んだ幼き日は遠い昔。
思い出と呼ぶより、「おぼろげながら覚えている出来事」に過ぎないのに。
従兄弟は、自分が冷艶と称されている事を知っている。
そうでありたいと思い、そのように振る舞ってきた。
その自分が身内をひとり、狂わすことに、こんなにも吐き気を覚える事が解せず、
従兄弟は廁にしゃがみ続けた。


507 名前:リレー 分岐エンディング506:2006/11/18(土) 19:05:12 ID:TumftH8sO
御前は、座敷を出ていった従兄弟の弱さを嗤い、侍を引き寄せると、
三枚目の絹布を手にし、愉しげに侍の後孔に押し当てた。
「一枚目は初々しい小梅。二枚目は咲き誇る牡丹。これは何に見えるや?」
絹布を広げ一座を見渡したた御前に、侍を剃毛した男が言った。
「落椿(おちつばき)に見えまする」
枝についていた時と、そう変わらぬ姿で、地面に転がっている赤い椿を
男は絹布に見た。御前は満足気に、にこにこと笑い、三枚の絹布で
従兄弟と交わした約定より、やや多い金子を包むと自分が座していた場所に置き、
従兄弟が廁から戻るその前に、侍を連れ、供の者を従え去って行った。
戻ってきた従兄弟は誰も居ない座敷に息を飲んだ。
金子と侍の後孔を押隈した絹布が目に飛び込んでくる。
気が付いたとき、従兄弟は絹布に顔を埋めていた。
鼻と口を押しつけ、其処に侍の匂いを探したが何も嗅ぎ取れない。
其処に残された、生々しいあとをまじまじと見つめながら、
従兄弟は絹布を握り締め啜り泣いた。所縁(ゆかり)ある者を売るには、従兄弟は柔(やわ)過ぎた。
御前は心に永久凍土を持っている。
だが、従兄弟のそれは薄氷(うすらい)だ。
「あにさま」の響きに容易(たやす)く溶ける薄氷(うすらい)だ。

仕立て上げた抱き人形で遊びながら、御前は思う。
人は蛇の道に踏みいるべからず。鬼に成りきれぬ者は、人らしく生きるべし。

以上です


508 名前:風と木の名無しさん:2006/11/18(土) 21:30:19 ID:kMANStIFO
クリフ格好良すぎ。筏タン、投下中に邪魔してゴメンナサイ...リロッタノデワザトジャナイデス。。
分岐ED乙です。過去スレの箱庭思い出した。文章綺麗で萌ッス。

509 名前:風と木の名無しさん:2006/11/19(日) 00:14:00 ID:NHbXpIcSO
>>508
リロったけどわざとじゃない、の意味がよくわからない
支援のつもりだったってこと?
筏タンの投下は名前欄みれば全何レス予定なのかわかるんだし
リロ忘れか支援以外で投下中にレス挟む理由が思いつかないんだけど

運悪く邪魔しちゃうこともあるだろうけど
キチンとリロって明らかにまだ投下中だとわかる状態なのに
支援目的以外でレス入れるのは控えてホスィ…と思った
細かいこと言ってゴメン

510 名前:風と木の名無しさん:2006/11/19(日) 05:36:37 ID:rOzODeEG0
>>506 乙!
やっぱりバッドEDなのか…OTL
尻拓の絹布で金子を包ませる姐さんの感性が好きだw


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