誰も死なない場合の設定 その5
同日同時間に死刑になる人間を映し、キラを挑発して殺させたことに警察内外から批判の声が上がった。この件で明らかとなった、捜査本部を統括する人物が、Lという正体不明の探偵であることも問題となった。
『ICPOを通じて日本警察には私に協力するよう、要請がいっていたと思っていたんですがね』
「そうだ。正式にきている。マスコミが勝手に騒いでいるだけだ」
「それにしては夜神さん、さっき席を外していたのは上層部からの問いただしがあったからですよね」
「…何故それを」
「万が一のことを考えてこの建物の管理システムをコントロールしてます」
「盗聴していたのか?」
『はい。すみません』
機械音声で謝られても、感情がつたわってこない。いや、そもそも済まなく思っているわけではないだろう。表向きはキラ捜査の統括者である夜神総一郎は大きくため息をついた。
卓上にぽつんと置かれたノートパソコンのモニター上に、『L』という文字が浮かび上がっているだけだった。
捜査本部との通信を切り、別の回線を繋ぐ。若い男が、フローリングの部屋の真ん中に、通信用のパソコンを床に直置きし、てひざを抱え込むように坐っていた。
「ワタリ、日本捜査本部全員の関係者及び、警察庁、警視庁上層部とその関係者の動向チェックをFBIに依頼してくれ」
『分かりました』
まもなく、その依頼の応諾があり、ただちに人員を配置したとの連絡があった。その人員のリストに目を通し、指示を返すとその回線をも切った。
「……少しつついたらこの反応だ…。分かり易すぎる」
ぼそりとつぶやくと立ち上がって、隣室に向かう。背を丸くして、親指の爪先をかじりながら。そして、裸足のまま歩き回るためにぺたぺたと音があがる。
「L、お茶のまえにまず足を」
テーブルに紅茶を用意していた老紳士が振り向きもせずに言った。言われたほうは少し首をかしげて、ドアマットに足裏を何度かすり付けた。本人は足を拭いたつもりだ。
「FBIは明日から行動を開始するとのことです、L」
「早いな」
「何名かは別件で日本に来ているからと」
紅茶や色とりどりのケーキとともに置かれたものを示した。十数枚の調査票で、FBI側の人員のデータが、顔写真付きでまとめられていた。
椅子に乗り、膝を抱えたLはその一枚をつまむように取り上げた。
「では、結果がでるまでそうかからない、と」
□
リンゴにかぶりつきながら部屋を物色する死神を放っておき、月はPCを操作していた。警察庁の父のPCにアクセスし、新たな情報に目を通す。
メディアにはLという正体不明の探偵が強行した、『公開処刑』について問題視する論調が起きていた。予想されたことだが、加速度的に過熱していること、そしてキラ事件の報道が押し流されていくことが、キラにとって好都合な結果をもたらすかもしれない。
「ライトー、これなんだ??ゲームってやつ??」
振り向くと、棚にあったものをほとんどすべてひっくり返し、床やベッドにそれらが放り投げてあった。音がしなかったのは、一応、死神なりに気をつかったのだろう。
「……お前、わかってるだろうな。僕が寝るまでに全部もとの場所にもどせよ」
「わかってるわかってる。で、これゲームだろ、やりたい」
なぜ死神がテレビゲームをしたがるのか、こんなにも人間の生活空間でくつろげるのか、ということを死神本人に問うても無駄なことを、出現した初日に月は理解していた。こういった存在に、行動の意味を求めること自体、無意味なのだ。
ため息一つついて、死神からゲームを受取り、プレイできるようにセッティングして、やり方まで教えてやった。死神は嬉しそうにとりかかかり、再び静かになった。
自分以外の人間に見えないことで、いちいち取り繕う必要がないことが月にとってはありがたかった。キラ事件の解決まで、死神にはこちらにいてもらわなければ困る。幸い、かどうか、とにかく死神リュークは、月が死ぬまで取り憑いていると言う。もしくは飽きるまで。
『…それは勝手に出ていくのか?』
『いや、お前を殺すか、』
『………』
『あっっ、リンゴ返せっっ、全部やるっていったじゃんかよっっ』
『さっさと答えろ、僕を殺すか、なんだ?!』
『お前にやったノートを、誰かに渡してくれるように頼むとかさ』
『……要するに、殺すこと以外、お前は自分の意志での行動を制限されるのか』
『まあ、そういうこと』
丸い目をくるりと動かして、無邪気なさまでこっくりと頷いた。
精神構造がそもそも違う。月はそう達観した。親しくなった人間を、自分の都合でなんの躊躇いもなく殺すこともできると、暗に示したのだ。
この殺人ノートは死神たちにとっては自らの寿命をコントロールする命綱だ。ここに名前を書き、殺した人間が本来生きるはずだった時間、寿命を自分にプラスさせることで生き永らえているという。そしてこの死神は、この暢気さから察するに、相当の長い寿命を蓄えているに違いない。
出現した時に交わした会話を思い出し、この死神を甘くみないことだと自分の裡に言い聞かせる。四苦八苦しながらも、楽しそうにゲームに興じる死神リュークの背を一瞥し、PCに向き直った。
その数日後、リュークの物色癖が功を奏する事態が待ち受けていた。
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