人と触れること
 



「天化君、莫邪IIの調子はどうだい?一手、手合わせ願えるかな?」

「へ?いいのかい?」
思いもかけない言葉だった。驚いた。
驚いたのだが、返事はすらっと口から出ていた。無意識に。ごく自然に。

天化の驚いた様子に、楊ゼンは苦笑する。
まあ確かに、いままでなかったことではあるけどね。

「まだ君と、ちゃんと手合わせしたことなかっただろう? 君にとっても、いい機会じゃないのかい?」
その宝貝、相手がいなけりゃ試してみることもできないだろうし。



そう、楊ゼンの言うとおり。
この宝貝を手にしてから幾日経ったか、天化はまだ、これを振るってみていなかった。
ただ持っているだけでも、今まで自分が使っていた莫邪の数倍の気を発している。
師父の強い気が込められているのが感じられる。
   (・・・だから、どーもコーチが死んだって気にならねえさ。)
それだから、闇雲に振るうことにはどことなく畏れを感じた。

使いこなせない、などと思うわけじゃない。
宝貝を本当に使うには、相手が要るだけだ。
ただ振ってみても、岩や山を砕いても、宝貝の本当の姿は分からない。
そしてこの宝剣は、岩や山を砕くためのものではない。
モノを壊すことなら、前の莫邪でも、これでも、今の天化に易々と出来る。 自慢にもなりはしないが、自信はある。
宝貝の力が大きい分、莫邪IIでの方が容易だと言っていいだろう。

そして道徳は、それを嫌った。
素手なら喜んで岩とか壊しそうなヒトだったんだけどなあ、コーチは。
宝剣をモノに対して振るうことは、決してしなかった。
おそらくは、宝貝自体の力を畏れる故に。

道徳は、1日天化と打ち合って飽きない人だった。
それは俺っちもか、と、天化は内心で笑う。
この宝貝は、人と打ち合うためのものだ。
そして相手が強ければ強いほど、宝貝も自分も、その力を存分に引き出せる。
楊ゼンが相手してくれるというのであれば、願ったりかなったりであった。



「ホントに、いいさ?遠慮はしないさ!」
天化は自分で口にした言葉に、ふわっと気持ちが浮き立つのを感じた。

それはなんだか久しぶりの、感覚だった。



連作短編その3です。
>素手なら喜んで岩とか壊しそう、というコーチ評は、亭主の偏見(笑)。
そういうカンジがする、というだけで、コーチはきっと、そんなことしないです。
さあ、今度は打ち合いだあ!あ、でもその前に状況を整える必要があるか・・

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