「まだまださ。
どんなにがんばっても、まだまだ追いつけねえさ。」
戦いの間に漏れた、楊ゼンの笑みと呟きに、天化も打ち込む手を止めずに答える。
それは天化にとって、本音である以上に自然な、よくなじんだ感覚だった。
師父はいつも目の前に高くそびえ立っていて、どれほど走っても僅かに追いつけず、
どれほど打ち合っても超えたと思えたことはない。
第一、何をやっていても先に息が上がるのが天化で、より楽しそうなのが道徳だ。
あんなに近そうで。けれど決して底が見えない。見えたことがない。
師父のようになることが強くなることだと、天化は疑ったこともなかった。
ただひたすら強くなりたい。
道標は、常に眼前に居てくれる。
自分にも、そんな修行時代があったことを楊ゼンは否応なく思い出す。
それは、この上なく幸せな時代だったことも。
追いかけられるものがある幸せを、まだ彼は意識していない。
それを失った、その先も。
ガシン、と三尖刀で莫邪の宝剣を受け止めると、楊ゼンは動きを止めた。
「それじゃ困るんだけど。」
は?
刀をおろし、髪を振り、さらっと言った楊ゼンに向かって、天化は反射的に聞き返した。
その自分の反応は、なんだかとても間が抜けていると思いながら。
「それじゃ困るんだけど。もう、ね」
楊ゼンは同じ言葉を繰り返した。
崑崙の戦力が、何人残っているか、分かっているよね?
道徳師伯も、玉鼎師匠も、十二仙の十人までもがもはや失われ。
そして妲己は、髪の毛一筋ほども傷ついているわけじゃない。
妲己が、聞仲よりも弱いという保証はどこにもないんだよ。
いや、おそらくは、聞仲の上をいく。
そして、
さすがに楊ゼンは言葉を継ぐのをためらった。
「道徳さまは聞仲に敵わなかったのだから」
これだけは、いつもの余裕たっぷりの楊ゼンの声ではなかった。
天化はいつも、楊ゼンに子ども扱いされている気がしていたけれど、
今はそうではなかった。
楊ゼンの青い目がじっと自分を見つめていたが言葉を返せず、
再び天化は莫邪を煌かせると無言で打ちかかっていったのだった。
連作短編その6です。対話編、その2。
楊ゼンの心の中も結構ぐちゃぐちゃですが、手が回りませんでした。
道徳好きな方、ごめんなさい。亭主も大好きなんですよ・・。
生気を取り戻したかと思えば(亭主に)いじめられる天化くんも大変です。
しかし楊ゼンのほうが大変です。