1 明るく滑らかな鏡
 




戦いが、始まった。
何十万もの兵が整然と動くのをあたしたちは小高い丘から見つめている。

小さいころからパパに付きまとって軍中で育ったあたしには、それはとくに目新しい光景ってわけじゃあなかったけど。人々が果てしない平原いっぱいに広がるさまはやっぱり今まで見たこともないほどで、最後の戦いなんだっていう漠とした不安をかき立てた。

「・・・大丈夫なのかしら・・・」
ハニーを膝の中にぐっと抱く。こんなときハニーはあたしの好きにさせてくれるのだ。
あたしはハニーが大好きだ。そう思うとへへっと笑いたくなる。
あたしはハニーを手放せない。ううん、手放すつもりなんて、あるわけないじゃん!

も一度ハニーのあったかさを抱える胸で感じたとき、太公望が四不象に乗ってふよーんと浮かび上がっていった。 ちょっと驚いたけど軍を動かしているのは楊ゼンと武王なわけね。
そして空のうえ太公望と向かい合っているのは相変わらず綺麗な、ひとではない、ひと。
「妲己・・・!」
隣にいた天化が呟いたのが、はっきりあたしの耳に届いた。

でも天化の声なんかより。
「ぬおお 妲己様v」
むっ!人がせっかく愛を噛み締めてるってときにハニーってば、まったく!

あたしだって確かに綺麗だなあって思うけど、それはそれとしてハニーの首を締めてみる。
あのひとは綺麗だけど、あたしのほうがいい女よ、絶対。だってハニーのこと大好きだもの。
あのひとがどんなに綺麗だって、ハニーと一緒に生きていくのは絶対あたしなんだから。

ぐええ、と苦しそうに暴れるひとを手の内にして感じるのはあたしの日常。
その感触に大きくふうっと息をつく。
確かめた。あたしはいつもと変わらない。ハニーもいつもと変わらない。
これが最後の戦いだろうとなかろうと、するべきことは目の前の敵を退けること。
戦いはいつも変わらない。それをあたしは知っている。
伊達にケ九公の娘をやっちゃいないわ。

だからハニーを抱いたまま、手に柔らかくしっかりと五光石を握った。
これもまた、いつもの感触。これがあたしのいつも拠って立つちから。
戦いに備えてくっとそれを握り締めたとき、不意に石が軽くなった。
あ、そっか。手の内の宝貝の手応えのなさに、あたしたちは太極図の発動を知る。

あたしはハニーから手を離し、立ち上がった。眼は一点に釘付けに。
陣頭の武王の一隊が、駆け出した。
あたしの横で天化や武吉くんも、同じ一点を見つめているのがわかる。
ひとの戦が、始まったのだ。

前駆けの一隊が殷兵の矢に散らされて帰ってくる。
あたしたちの宝貝は使えないけど殷の兵には誘惑の術が効いているってわけね。
だめだめじゃん、太公望!やっぱしあたしたちがいないといけないのよね!
五光石を手から離し、あたしは剣を構えた。

「どうやらスースは妲己のテンプテーションが周の兵にまで及ばねぇようにねばってるみてぇさ」
天化の言葉に頷いて返す。
「でも兵の数が超不利ね!宝貝は使えないけどあたしらも剣で戦いましょ!」
天化がちょっと目を見張ってあたしを見た。

「おいらはダメだ、剣なんか使えねぇ」
ハニーがそう言ってごろんと転がる。
そりゃあそうよ、それでいいのよ。
人の剣を振るうのは、仙道の業じゃないもの。
あたしはハニーに軽く手を振って、混戦の中へ踏み込んだ。

接近戦の真っ只中で引きながら陣形を保つのって結構厄介なのよね。
超不利な人数でよくやるわと太公望に呆れながら、狙いを定めて刃を動かす。
あたしの隣でその瞬間にも向かってきた二人の殷兵を討った天化が、へっと笑んで茶々を入れてきた。

「あんたがああいうふうに言うなんて意外だったさ」

ちょっと天化、あんたあたしに喧嘩売ってんの?
それとも呆れたらいいのかしら。それとも?

まあいまさらコイツに男女差別するなんてムカツク!って言ったって、無駄なんてことはわかってるし。 (あれは親の育て方が悪かったのよ、絶対。)
あんたの宝貝はどっちにしたって剣だけど、あたしの五光石はそうじゃないから、 あんたみたいに剣がすっごく得意って訳じゃないのも確かだけどさ。

あたしの武器で、五光石で戦いたいと思わないでもない。
何のために楊ゼンに嫌味を言われつつ修行したのかしらと思ってもいいかもしんない。
けど。
あたしは剣も使えるのだ。ならそれを振るうのが当然よね。
戦いはもう始まっているんだもん。

そのとき横合いから突き出された刃をかわして、返す刀であたしはその兵の肩を刺した。
見ていた天化が「案外やるさね」と独り言を呟いたのがわかったから、喧嘩を買うのは勘弁したげる。
で、笑い飛ばしてやることにした。

「なーに言ってんのよ。もしかしてあたしのこと見直した?」

がっはっは。あたしは仙道で、そしてパパの娘で、軍人で、しかも周の兵だ。
周についたのはハニーと一緒に生きていくため、理由として不足なんてあるわけないし。

これはひとの戦い。あたしは人として戦う理由を持っている。
それは周を建てるため、それ以上でも以下でもない。
いまするべきは、目の前の敵を退けること。

だからあたしは剣を使う。いつもの得物じゃあないけれど、使える道具には違いないもの。
ま、天化はある意味心配してくれてるんだろうけど。
自分の力を試すために戦うわけじゃないんだからさ、慣れなくたって何だって構いやしないし。
ないよりはあったほうがましならそれでいいのよ、それしかないしね。

だからだーいじょうぶだって、あたしなら。

戦いを見失ったりなんかしないもの。

重要なのは周が勝つこと。
あたしはハニーと生きていくため周の兵として戦うんだけど、だけどあたしが勝つわけじゃあない。
戦うのは周を建てるため、それ以上でも以下でもない。
いまするべきは、目の前の敵を退けること。
だからさ、誰が戦ったのかとか誰が止めを刺したのかとか、そんなことはぜんぜん問題じゃないのよ?
あたしはそこを見失ったりなんかしないから。

隣で同じくひとの剣を振るっている天化はその辺どう考えているのかしら、と
ちょっとだけあやしみながら。
戦いが終わって周が建ったら今度こそハニーと結婚式よね、と
そっちを真剣に考えつつあたしは剣を使うのだった。



ごめんなさい、蝉玉ちゃん。
貴女の科白に目を見張ったのは亭主です。
そして惚れ直しました。

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