2 ただひとつの太陽を映す鏡
 



御主人、いくらお許しが出たからって、怠けすぎっス。
さっきまでボクも確かにそう思ってたっスけど。

天化さんが御主人に「おらっ 俺っちたちも行くぞ」と言うのを聞いてしまったら、
そんなふうにはもうちっとも思えないっスよ。

わかってるっス。 楊ゼンさんやナタクさんが必死で戦っているってことも、
それでも紂王さんに歯が立たないってことも、
見ていた天化さんが居ても立ってもいられない気持ちでいるってことも。

それでも御主人に、戦ってほしいとは言えないっス。
どうしても。

だって御主人は。

御主人は天化さんと違うっス。
楊ゼンさんともナタクさんとも違うっス。
御主人が弱いって言うつもりはないっスけど、けど御主人はみなさんと違うっス。

御主人はみなさんと同じように戦えない。
いまのいまのたったいま、急に気付いたっス。

もっと早く気がつけばよかったっスよ。
いままでずうっと御主人を見てきたのに。

御主人はダラダラするのが好きで。
ダラダラしてるように見えても案外先の手も打っていて。
でもやっぱりダラダラするのは好きで。

そしてそんなこととはまったく別のこととして、御主人は戦うことが嬉しくない。

ボクは速く飛べるようになったら嬉しいっス。
たぶん普通は強くなるのって嬉しいはずっス。
ナタクさんはもちろん、天化さんを見てても楊ゼンさんを見ててもそう思うっス。

それは戦いがいいとか悪いとかそういうこと以前に、きっとごく当たり前のことなのに。

それなのにたぶん、御主人は違う。

平和に暮らしてる人を傷つけたくない、もちろん御主人はそう思ってるだろうっスけど、
それは天化さんも楊ゼンさんも、ナタクさんだってそう思っているはずっス。
違いがあるのはそこじゃなくって。
ひとを傷つけることは望まなくっても、強い人と戦って、自分が強くなることはみんな持ってる望みで、それはたぶん悪い望みじゃないっスよね。
道士のみなさんが修行するってのは結局のところそういうことで。

それなのに御主人は、そういう望みを持ち損なっているようっス。
御主人が強さを望むのは、ただただ少ない犠牲で妲妃を倒すため。
宝貝を手に入れるのもただそのためで。

狡い手だって使いに使って、
戦わなきゃいけないときにはしれっと戦って、
にょほほとここまで戦いを進めてきながら。

御主人が戦うのはどこまでも妲妃を倒すためだけだから。
どんな意味でも御主人は戦うことが嬉しくない。
御主人は、天化さんのようには楊ゼンさんのようにはナタクさんのようには戦えないっス。
戦いについてくる痛みが、ホントにただまじりっけなく痛みだけで。
だからそれがみなさんと桁違いに大きすぎるっス。

「天化さん・・・ いまはかんべんして下さいっス・・・
きっと御主人はもう体じゅうがぼろぼろなんっス」

思わず言うと天化さんはボクを見て、御主人を見て。
自分に腹を立てるようにぎりっと宝剣を握り締める天化さんの様子に、
強さを望むことだってちっとも楽なものじゃないとは思い出したっスけど、
それでも御主人がいちばんぼろぼろなんだとボクは思うっス。


連載時には、四不象、何言うんだ、となかなか受け入れ難かったのですが、
何度も反芻して亭主がたどり着いたいまのところの解釈です。
太公望はこれを聞いてもしれっと逃げるでしょうが、こんなあり方が軍師たる所以かと。
天化たちは自己実現と合理的手段の折り合いをどこでつけたらいいのだろう。

ときに、現世の戦争が合理的な手段であるとも言いたくありませんが、
自己実現の手段であるとすれば悪夢のようです。

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