「あんた達はそこの村人を守るさ!」
そいつの目は険しかった。
怒っているな、とオレは思った。
「天化くん!!やめるんだ!あの紂王は誰にも倒せない!!」
楊ゼンが言う。
その気持ちはわからんでもないが無駄なことを言うものだ。
確かにいまオレ達は次の手を考えあぐねてはいるが、こいつもそれは見ていたはずだ。
言葉で納得するくらいならここに立ってはいないだろう。
その身体で。
「そんなのやってみなけりゃわからねぇ!」
予想された答を返してそいつは紂王に突っ込んでいった。
楊ゼンがきっと唇を噛む。
こいつは案外過保護なんだ。気を遣い、なるべく確実な策を取る。
瞬時に計算し、完璧に実行する。
そして試すべき価値のある目算が立たなければ、仲間を傷つけないことを選ぶのだ。
楊ゼンのする冷静な計算。
だけどいまの黄天化はそんなものに基づいて動いているわけじゃない。
それはオレにも一目瞭然だった。
やってみなけりゃわからない。
オレの計算でもこいつは勝てない。
オレよりも、楊ゼンよりも、ふたり合わせたよりもこいつが強いのか、ごく単純な比較の問題。
けれどやってみなけりゃわからない。
それが戦いというものだ。
だからオレは凝と見る。
こいつがどう戦うのかを。
「行くさ紂王!」
そいつは高く跳躍するとまず岩の羽根を狙った。
合理的だ。オレ達と違って天化は飛べない。
どーんと轟音を響かせて巨大な敵は地に墜ちる。
墜ちた岩の上、紂王を見下ろすそいつは何か言いたげだ。
「貴様よくも・・・よくも天子を地に墜としたな!」
紂王の恨み言。
「うるさいさ!!」
そんなふうにこいつが吐き捨てるように叫ぶのを聞いたことはなかった。
宝剣の光が強く、そして長く伸びる。
それは天化の意のままに撓り、ざっくりと紂王の手足を落とす。
まさにそれは切り捨てる、と言うべき動き。
何か激しいものが天化の内に渦巻いている。
一方で、狙うところは至極冷静だ。
オレたちは紂王本体を狙って効果がなかった。
だからこいつはまず第一に羽根や手足を狙ったわけだ。
動きを封じられれば本体を攻める手も何かあるだろう。
そう、合理的だ。
ひどく激しい何かと冷めた思考がこいつの中でせめぎあっている。
せめぎあい、けれど打ち消し合うのではなくそれぞれがあり。
外に、戦いに現れているのは冷静な計算の答えと見事に統制された身体の動きだ。
その中に、何か溢れ出しそうに激しいものを持て余しているのに。
「あいつ、やはり強いな」
オレの強さ、楊ゼンの強さとは多分違う。
だが、いや、だからこそ、そう呟いた。
内に何かを抱えるあいつは強いと思う。
戦ってみたい。だがおそらくそれは叶わないことなのだろう。
その何かがオレに向けられることはない。
不思議だ。その何かが何かはわからないのにそんなことはわかるのだ。
瞳の色に垣間見える激しい何か。
紂王に向けられ、そしてそれだけではない何か。
王に向かって淡々と語るあいつは、それをぶつけようとしているのではない。
けれど瞳の中その激しさは消えはしない。
紂王の首を狙った一撃は、オレたちが仕掛けたものと同様に厚い岩の守りに阻まれた。
手足が再生し、天化を叩き潰そうとする。
それに抵抗しながら天化は紂王と会話を続ける。
やはり淡々と。
瞳の中の激しさは相変わらず消えはしない。
それがある限り天化はあきらめることはないのだろう。
冷静な計算とは違うその衝動。
こいつが戦い、そして強くある理由。
紂王に向けられ、そしてそれだけではない何か。
紂王に打ち込み、話し、けれどそれだけではない何か。
攻撃にも、言葉にも、外には出さない天化の中で渦巻いている何か。
天化の中に、己に向けられる何か。
そして、外へ向かおうとする何か。
はじめ、怒っているな、とオレは思った。
けれど、オレが知っているその言葉では、こいつの激しさを正しく表せてはいない。
怒りはきっとあるだろう。紂王に対しても、己に対しても。
それでもそれは天化の中の激しい何かのすべてではない。
敵への怒りのままに剣を振るうなら、それは無謀というものだろう。
己への怒りのままに剣を振るうなら、それは単に八つ当たりだ。
怒りにまかせて強くあれるほど、戦いは人に甘くはない。
だからこそあいつは外に向けては静かに語り、冷めた計算を立て、
その体の動きは己の意思で統制できる。
だから強いというのだ。
怒りにまかせて強くあれるほど、戦いは人に甘くはない。
オレにわかるのはここまでだ。
天化の抱く激しさは何だろう。
人の感情はよくわからない。
天化がそれをわかっているのかどうかもわからないが。
ただその激しさは天化の強さそのもので。
そして天化そのものなのだとオレは思った。
天化の心の中、いろいろありすぎます。
まず衝撃なのは、これを書いて初めて痛切にそう思った、ということでして。
いままでいったい私は天化の何を見てきたのだろうと思ってしまったことでした。
もうひとつは、仕上げた文章を読み返せば当たり前のことしか書いていないこと。
「いろいろ」が書きたいのに、なかなか。
でも好きだから書きたくて、そして書いて見つけたい、まさにこれが目的ですね。