「あんた達はそこの村人を守るさ!」
険しい眼の天化くんがそこに立っていた。
僕はまず、無茶だと思った。
「天化くん!!やめるんだ!あの紂王は誰にも倒せない!!」
僕とナタクが二人がかりでも敵わない。
天化くん一人でどうなるものでもなかった。
「そんなのやってみなけりゃわからねぇ!」
キミはそう言うけれど、それはある程度実力が伯仲している場合の話だよ。
いまの紂王はそんなレベルの話ができる相手じゃない。
キミは紂王に、敵わない。
僕の言葉は確かに天化くんに届いたはずだ。それなのに。
「行くさ紂王!」
天化くんの視線はかけらも僕に向けられることがなかった。
岩を蹴って跳ぶ彼は真っ直ぐに紂王に突っ込んでいく。
何をするつもりなのか。何ができるというのか。
何のために戦うのか?
それは無茶だと、無駄だと答えを出している自分がいる。
まして天化くんは傷を負っている身だというのに。
無駄に己を傷つけるのは愚かしい、そう僕が唇を噛んだとき、ちらり、とナタクがこちらを見た。
天化くんは僕を一顧だにしないのに。
そして僕はそのナタクの視線にたじろいだ、かもしれない。
少なくとも僕は、ナタクが天化くんの戦いを肯定しているらしいことに驚いたのだ。
天化くんは紂王の翼を払った。
土煙を上げ巨大な体が地に墜ちる。
「天化くん!」
僕は彼の身を案じたが、当の天化くんは紂王を踏みつけて飄と立っている。
「貴様よくも・・・よくも天子を地に墜としたな!」
「うるさいさ!!」
宝剣がざっくりと紂王の手足を切り捨てた。
「あいつ、やはり強いな」
「・・・・・・」
ナタクの呟きに、僕は断じて頷けない。
情勢は、僕たちが手をこまねいていたときとさして変わらず、予断を許さない。
天化くんは紂王本体を傷つけるのに成功しているのではないのだ。
そして僕たちが阻まれたのはまさにそこなのだから。
それが僕の出した答えであるはずだった。
天化くんは僕たちふたりを合わせたよりも強くない。
すなわち、天化くんは紂王に敵わない。
それならナタクの言葉を否定してもよいはずだった。
いや、否定はせずともこの段階で積極的な判断を下すことを窘めるくらいはよいはずだった。
そうすべきだと思ったのだ。
けれど。
僕は再び沈黙する。
ナタクの呟きに賛同することが出来ない僕は、しかしナタクの呟きを否定することも出来ないでいた。
天化くんは強いのか。
天化くんは弱くはない。それは知ってる。
攻撃のセンスがいいし、速い。そして闘志に溢れていて。
けれど、いま僕が問題にしているのはそういうことではない。
紂王に比べて天化くんは強いのか。
あるいは、僕と比べたら。
その問いに、僕は答えを出してしまっているはずなのに。
「よぉ、化物!今、首を切り落としてやるさ!」
天化くんらしい、少し乾いた、淡々とした声が通る。
斜に構えているようでもある軽い口調は、しかし、重く響いた。
何故だろう。
「あんたはもう、天子じゃねぇ。なぜなら、誰もあんたを天子と思っちゃいねぇからさ」
その言葉は正しい。
僕はそれを認めながら、けれどその言葉に天化くんと僕の違いを知らされる。
僕はそんなことを言いはしない。言う必要も感じない。
それは僕にとってはほとんどどうでもいいことであり、紂王は敵に過ぎない。
せいぜいが人間たちの対立の、敵側の象徴だというところだ。
けれど、彼には違うのだろう。
彼が紂王を足蹴にし化物と呼ぶのには、確かに僕らとは違う覚悟が必要なはずなのだ。
紂王はかつて彼の天子でもあった、はず。
紂王の首を狙って莫邪の宝剣が一閃し、しかし、それはまた岩のような守りに阻まれる。
「バカを言うなこの虫けらが!予は民全員に愛されている!」
伸びた手足が天化くんを挟み込んだ。ええ?!
「手足が、再生を!」
天化くん!
「へっ・・・!」
こんな状況で、どうして天化くんの声だけはよく響くのか。
脂汗を流しつつ、彼は話すことをやめない。
必死に押し潰されるのをとどめながら、彼は紂王と話をしている。
「あんたを愛する民は一体どこにいるさ・・・
オヤジも・・・四大諸侯もあそこにいるあんたの兵も・・・みんなとっくにあんたを見捨ててるさ!」
こんな状況で何故話すのか。
仮に問うたとしても当然のように答えはないだろう。
手を出すことを忘れそうになるほどに、僕らは耳を傾けてしまう。
彼がそれを口にするのは当然の、全く自然のことなのだ。そして。
「何っ!?」
紂王は、揺らいだ。
彼らは戦っている。そして、彼らは対話をしている。
こんな状況で何故話すのかと問うなら、それは問いが間違っている。
言葉は、戦いと平行してはいない。それらは一体のものだったのだ。
紂王を敵とする意思。王でないと断じる意思。
天化くんはだから戦う。
ひとつの意思を彼は言葉にし、そして行動にする。
片方だけではありえない。
倒せるか倒せないか、そんなことよりもそれは切実だったのか。
「紂王よ・・・足元を見よ・・・」
太公望師叔の声に、立ち尽くした紂王が崩れる。
天化くんは強いのか。
その問いに、僕は答えを出せなくなる。
天化くんは強いのか。僕とナタクを合わせたよりも。
僕よりも。
戦いは終わった。天化くんは強いのか。
戦いを終わらせたものは、力ではない。
認めたくはなかったけれど、確かに認めなければならないことが少なくともひとつはある。
殷郊への変化は、易しいものではなかったのだ。
屈折により遠くを見るのはその名のとおり望遠鏡。
まあこれも「鏡」と付いているので使わせてください。
とはいえ思いのほかまっすぐそのままを見てしまったようです。
大変にお待たせいたしまして、申し訳ありませんでした。
実のところ4年越しで書きたかったものが書けて有り難いです。
中身は一緒でもかたちは最初思っていたのと全然違いますけれどね(笑)。
思い入れが突っ走って意味が通じないのでなければよいのですが。
(ご疑念の点がありましたらどうか、ぜひ。)