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甘い水 (2)




匂いを嗅いだだけで相当に気持ちの悪いものがあるのだが、ベッドに座るライナスの両肩に手を置き、覆い被さるようにして、思い切って唇を合わせていく。少し荒れた唇のささくれた感触があった。開かなくなっている歯の間に自分の歯を入れるようにしてこじ開ける。じりじりとゆっくり、食い違いにくわえ込むように入り込んで、そろそろと舌を入れてみる。

うがっ。

声にはならなかったが、心の中で呻く。破壊的な甘さが舌先に伝わってきた。
死ぬかも―――と冗談ではなくそう思う。だが、ほんとうに死にかけそうなライナスを放っておくわけにもいかない。

この、馬鹿ライナス。食い物を……これを食い物と呼ぶとしてだが……口に入れるときは少しは気を付ければいいものを。

大きな口の中を一杯に占領している頑固な塊に舌を絡める。力を入れて巻き取るようにして、強力に抵抗を返すねばねばを引きずり出す。ライナスの口に思い切り深く入り込むようにして、できる限り大きく噛みとる。ものすごい粘度のにちゃにちゃする塊の中に、歯がぐにゅっと埋まった。

そのまま、力を入れて体を引き離すと、長く伸びる半端に柔らかい飴色の糸…というよりねばつく柱が、自分とライナスの口の間に伸びて、ベッドの上にぐにゃぐにゃと落ちていこうとする。部屋中にその匂いが染み付くことを考え、冗談じゃねえ、とその糸を手で受け止めて巻き取ると、ぐるぐると幾重にも手首に巻きついてきた。そのまま、できるだけ手で引いて、弟の息を止めかかっている謎の物体を引きずりだす。服の上にも、ベッドの上にも、伸ばされた飴色の…ところどころに黒点が混じっている…糸が降り落ちて、もはやどうにも収集のつきそうにない惨状を呈している。

煮凝った糖蜜の塊が、口内の熱で溶けてきて、歯が溶けそうな甘さがじわじわと口の中を犯してくる。無意識に目に涙が滲んでいるらしく、ライナスの情けない顔がぼやけて見える。
甘過ぎて、眉間がずきずきと痛い。口元を押さえながら蝋燭の皿に吐き出しにいこうとするのを、袖を引っ張って止められる。

「はへはよ、はにひ、ひのはへっはく―――」

だめだよ、兄貴、ニノがせっかく作ってくれたんだからさあ。
分かりたくも無い言葉だが、年がら年中一緒にいる弟の顔を見れば、いやでも分かってしまうのだ。

―――俺にこれを飲み込めっていうのかよ―――

ライナスを見れば、ひいひい言いながらも、どうにか動くようになった口をくちゃくちゃと動かしている。
にこにこ笑う少女の顔を思い浮かべ、涙目の弟がげほげほと咽せているのを見て、ロイドは諦め―――悟った修行者のように、もしくは生贄に捧げられた乙女のように、苦行に立ち向かうことにする。
よし、わかった。食う。食ってやるとも。ともかく飲み込めばいいんだろ。

とはいえ、口の中の塊をそのまま飲み込んで、うっかり喉にでも詰まらせたら命が無さそうだった。おそるおそる口の中の塊をしゃぶってみる。

……いや、ほとんど暴力だろ、これは。

舌に触るのも嫌なので、舌を喉の奥のほうに引っ込める。糖蜜の溶け出したくそ甘い唾液など飲み込みたくないので、口の中に溜まるのに任せ、意地でもその塊は吐き出さないように、と口を閉じると、もはやどうにも打つ手が無い。とりあえず、ベッドに腰をかけ、口を押さえて固まる。

――――ぐっ………

「ほら兄貴、俺も手伝うからよ」

ロイドの横で、空を見上げながら、にっちゃら、くっちゃらやっていたライナスのほうは、すでに普通に話せるようになっていた。ロイドが噛みとった糖蜜の固まりの、三倍以上の容量がそのデカイ口の中に残っていたはずなのに。

お前、もうアレを食っちまったのか。
我が弟ながら…なんとも恐ろしい…馬鹿野郎だ。

呆然と弟の顔をみながら、両手で口を押さえ、顔を顰めているロイドである。
その両手をごつい手で外され、顎のあたりを掌で捕まれ、上向かされる。うっかり唾液を飲みこんでしまわないよう、喉のあたりに力が入れる。

ライナスがしゃぶりつくように唇を合わせてきた。舌で突付かれて仕方なく喰い閉めた歯を解くと、唾液が口の端から溢れる。すぐに唇で唇を塞がれ、口の中に溜まった甘い唾液を、音を立てて吸い上げられた。くちゅくちゅと液体をかき混ぜ、ちゅる、と啜る音が、口蓋を通して耳の中に直接響く。それを満足気に飲み込む動きが、唇越しに伝わってきた。

―――てめェ、それ、気持ち悪くないのかよ………

口の中で呼吸を妨げていた液体が出て行って楽にはなったのだが、弟のやっていることを考えただけで、気持ちが悪くなって眉間に皺が寄る。
ライナスはと言えば、溢れて流れ落ちた甘い唾液の筋を喉元まで追ってぺろぺろと舐めとっている。ざらざらした舌が、首筋を強く擦ってくるのが、ぞくぞくとした快感とも、寒気ともつかない震えとなって背中を走った。

「ライナス、これ…を、なんとかしろ」

口の中にまだ、一掴みほどの固まりが入っているのだ。
自分の口調が、半ば泣き言めいて聞こえるのに腹が立つ。

「ん、わかった」

肩を掴まれ、ベッドに仰向けに押し倒される。

「何しやが―――」

文句を言おうとしたが、途中で唇に食いつかれる。舌が入り込んできて、口の中に居座る固まりを舐るように、動いてくる。それにつれ、頬の内側のあたりを、ざらりと擦られる。熱い舌に溶かされた甘みが、口の中に広がってくる。

「うん、ん、―――」

おまえは、俺を、殺す気かっ。
いやだ、死にたくない、って言うか、いっそ殺してくれ。
甘い―――甘いんだよ。舌が痺れるっていうか、頭が痛てぇんだよ。ニノが作ってくれモノは残さず食わなきゃいけないという、お前の責任感と立派な心栄えはよーっくわかったから、俺の分はてめえが食ってくれたらそれでいいだろうよ。



――――――助けてくれ。



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