甘い水 (3)
覆いかぶさっている弟の重みを、必死になって押し返す。自分より軽く一回り以上大きい身体は、下から目一杯押してみたところで動きやしない。
頭にきたので、ライナスの頭やら肩やらをばしばしとひっぱたいてやるが、相手は気にした様子もなく口の中に居座っている。
呼吸をすると唾液を飲み込みそうなので、できる限り息を止めていると、酸欠で頭がぼーっとしてきた。唾液を啜ろうと強く吸われるから、その勢いを借りて、固まりを相手の口の中に押し込んでやれ、といやいやながらに舌を使う。舌先に触れる甘みは強烈で、舌の感覚が無くなりそうだった。舌ごと大きな口の中に飲み込まれる感じで、ようやくべたつく固まりが出て行く。
ほっとして唇を離そうとしたら、舌を噛まれて止められた。
放せ、馬鹿っっったれ〜!
向こう脛を蹴り上げてやろうとしたのだが、さすがにライナスのほうも慣れたもので、両膝のあたりを脚で挟む感じに固定されている。たいした動きはとれない。
「ふ、んん、や…、放せっ…、んー」
舌を噛まれ、唇をしゃぶられながら、訴えようとするのだが、漏れる音が言葉となる前に、被さる唇に遮られる。
鼻に掛かった涙声になっているのは、互いを粘膜を探りあう行為のせいではなく、文字通りに歯が溶けそうに甘いキスが、本気でイヤだからである。声だけ聞くなら上擦った睦言か快楽の喘ぎかといった感じに濡れて、溶けているのだが、本人はそういうつもりは全く無い。
「んん!?」
かぶりつく、といった感じで口を覆われ、顎の蝶番のあたりをつかまれる。喰い閉めようとして果たせなかった歯の間から、べとつく固まりが入り込んでくる。
いやだ、やだ、ヤダっつってるだろ。くそ馬鹿っ。本当に嫌なんだよ。てめえだって口の中にナメクジとか入れられたら、いくらなんでもイヤだろうよ。そのぐらい嫌なんだよ。てめえとは生まれたときからの付き合いだってェのに、なんで俺が本気で嫌がってるのが判らねえんだよ―――てめえは腹が死ぬほど減ってたら、もしかしたらナメクジでも喰いやがるかもしれんが―――あああ、ともかくイヤだって言ってんだろうが―――
「ん、ん、んや…」
うっかり叫ぼうとしたら、甘い唾液が奥に入りこんできて、喉に絡み付いて、いがらっぽく染みる。
喉が痛いので反射的にゴクリと嚥下の動きをとってしまい、破壊的な甘さに味付けされた自分と弟の唾液を飲み込む。
そのあまりの衝撃に頭は麻痺して働きを止めたが、身体のほうが思い切り反応して、びくびくと震えた。
ライナスの舌も一緒に入り込んできていて、ロイドの口の中にある固まりを舐めてみたり、ロイドの中を舐めてみたりしている。口蓋の上の辺りを擦られると、擽ったさの中に、お互いの粘膜が貼り付くような粘り気と、ざらざらとした結晶化した糖分が舌と口蓋の間で擦れる感じがある。
腰が抜けたかのように力が入らず、それでも何とか弟の腕から逃れたいと、もぞもぞと手足を動かしていたら、全然動かない下腹のあたりに、思い切り硬くなったシロモノがあたってくる。口付けを解かぬまま、脚に擦り付けるように動いてくる。
こんな時に、そんな気になるか、馬鹿―――
そう思うが、筋肉に覆われた脚を脚の間に差し込まれ、ずるずると服越しに擦られると、神経に触られるような、あからさまな快感を感じる。そのあたりに意識を寄せてみれば張り詰めてきつい感じがあって、そこに昂ぶった熱を強く擦り付けられて息を飲む。どうやら興奮してきているのは自分も同じらしいということに気づき愕然とする。
こんな甘ったるい匂いの中で、なんて冗談じゃない。身体を起こそうともがく動きが、ライナスの熱を反って煽ることになったらしく、口の中を嬲る動きが荒くなって、舌と糖蜜の固まりを一緒にくちゃくちゃと噛まれ、溢れる端から唾液を吸い取られる。
嫌なんだか良いんだか、身体も頭も混乱しはじめる。
ともかく早く口の中の固まりを消してしまわないと身動きがとれない。仕方なしに自分でもそれを舐め、咀嚼する。ぴちゃ、くちゃ、と粘り気のある音が響いて、甘さが口の中を満たし、粘膜にまで染み込んできそうな気がする。
「は、ん―――」
しつこく残っていたどろどろした固まりが、二人分の熱で溶かされて消えていく。その途中で間の前が暗くなりかかり、慌てて息を吸い込めば、その空気まで甘く匂っていて目が回る。べたつく固まりは無くなったというのに、貪り喰われるような動きは止まなくて、さらに熱を煽られる。
唇を解かれても動く気がおきない―――というより、動けなかった。乗っかっていた体重が離れていくから思い切り息を吸おうと思うが、甘ったるい匂いが気になる。自分の荒い息だけが耳に入り、重く感じる額を両手で押さえる。
「ライナス、窓開けろ。それから、水…いや、酒」
我ながら情けない感じの声で、弟に命令する。
「はいよ。兄貴ってば大げさだなあ。人間甘いだの辛いだのぐらいじゃ、死なねえって」
いいや、死ぬ。てめえは死なないだろうが、俺は死ぬ。
ばたばたと騒々しく窓を開ける音がして、冷えた空気が入り込んでくる。一杯に吸い込んで身体の中に淀んでいる甘い匂いを吐き出す。
「兄貴、口開けな」
言葉に従ったというより、顎を撫でて頬の辺りを捕まれて促されるから、口を開けると、再び唇が合わされる。ライナスの唇から流し込まれるのは辛く舌を焼く酒だったので、喜んでその唇を貪る。そうしながらも、消えていかない甘い匂いに、少し眉を潜める。
ずいぶんしつっこいな、この匂いは。
そう思って目を開けると、間近にいる弟の手に、例のべたべたで一杯になった蝋燭の皿があるのを見つける。跳ね起きて逃げようと思ったが、すでに、下半身を脚で挟んで座りこまれていた。
「じゃ、こっちもかたづけちまおうぜ、兄貴」
嫌味ではなく楽しそうな弟の顔。
ロイドは自分の顔―――というより身体全体から血の気の引くのを感じる。
いやだ、触るな。そんなもの近づけるな。捨てろよ頼むから。ニノのことは俺だって可愛い。出来ることなら可愛い妹が作ってくれたもんは残さず食いたい。
―――だが、人間には出来ることと死んでもやりたくねえことが―――それを俺に近づけるなっつってるだろうが。なんだその、初めて歩いた孫を見つめるじいさんのような笑顔はよ。
弟の片手が胸元へと忍び込んできて、跳ね上がっている鼓動の近くを撫で回してしている。それから、破られそうな勢いで、服の合わせを開かれる。
「ライナス、やめ―――」
「仕方ない。兄貴の分は俺が食うからよ」
ライナスが皿を傾けるから、どろりとした固まりが、腹の上あたりに流れ落ちてこようとする。
それを見ているのもいやになって目を閉じ、嘆息する。
―――泣くぞ。
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